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真実

 




「待って!」



 目が覚めるとベッドの上で天井に向かい手を伸ばしていた。


「あ……」


 夢なのか、現実なのか。

 しかし、今まで見ていた幻覚のような感覚とは、また違った感じであったとアリスは確信していた。


 アリスが上体を起こしたと同時に、ノックもなしに開かれた扉の先には、垂らしたままの癖毛の髪に、コートを脱いでいて、ネクタイもなしの白のシャツと細身の黒のパンツという格好をしていた帽子屋。


「起きたか」


 と一言、サイドテーブルにハーブティーを用意し、椅子をベッドに向かい合うように持ってくるとそこへ腰掛けた。

 アリスはちらりと時計を見ると、既に正午を回っていた。


「こんな時間まで寝てて……」


 この2,3日、横になりっぱなしだったのに、そんなに眠っていた自分に呆れ半分、感心半分で零した。



「それ飲んで落ち着いたら、なんでも聞け」


「え?」



 どこから持ってきたのか、新聞を広げて足を組む帽子屋が、新聞越しに言った。



「話、あるんだろ?」



 その言葉に、先ほどの夢が現実であったことをアリスは今一度、確信したのだった。


 アリスはカップに入ったハーブティーをゆっくりと半分ほど飲んで、サイドテーブルのソーサーへとゆっくり置いた。

 食器が重なる音に帽子屋は新聞を読むのを中断して、それを畳み、彼女を真正面からみやる。

 そんな彼に反対に彼女が狼狽え、目のやり場に困るように少し視線を泳がした後、ふとアリスは言葉を紡いだ。



「フロッグさんは?」


「仕事だ」


「じゃあ、公爵夫人は?」


「仕事だ」


「魚……じゃなかった。ロウさんは?」


「仕事だ」



 短いやり取りが繰り返され、アリスは言葉を失う。


「他は?」


 そんな彼女に帽子屋は催促の言葉を告げると、アリスは困ったように眉を寄せた。


 私が……屋敷を抜け出した日。

 本当は私、すぐに倒れたりしなかったんだよね?」


「ああ」


「なんで嘘、ついたの?」


「チェシャが勝手にした」


「そう」


「と、いうのは半分言い訳だが……

 俺の了承を得る前に、チェシャ猫が勝手にお前の記憶に蓋をした。

 倒れたばかりのお前が、混乱するだろうと思ったからだろう」



 帽子屋の淡々とした声が部屋に響き、アリスが整理するように天井に目を泳がせる。


「私ね、思い出したの」


「知っている」


「広場について、そこで一人のお婆さんに会った」


「ああ」


「お婆さんが喫茶店に連れて行ってくれて、そこでお婆さんはこう言った。

 ここは死のない世界だって。それって本当?」


「本当だ。

 俺も言った筈だが、記憶を取り戻さなければ、ずっと同じ日が続く、と」


「そっか。そう言ってたものね。

 でも……記憶を取り戻す以外の方法で、ここを抜け出す方法は知らないって」


「あれは嘘だ」


「うん。だって……

 帽子屋さんのこと、住人は管理人って呼んでた。

 それに帽子屋さんが撃った銃で、お婆さんの記憶が……」



 アリスが記憶を辿るように言葉を紡ぐと、帽子屋は静かに笑った。


「記憶力だけはいいな。

 屋敷を抜け出す時も。あのバカデカイ屋敷を一度で覚えて、使用人の起床時間まで把握してるなんて。

 とんだ策士だ」


「それは……! だって……」



 話を逸らされたが、言い訳も出来ずにアリスは言葉を詰まらせる。



「それよりも」


「分かってる。お前が聞くこと全てに答える」



 帽子屋は一息ついて、足を組み替え、パンツのポケットから煙草を取り出した。

 アリスの了承を得て、煙草を吹かし始めると、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。



「まず最初に、改めて自己紹介でもしておくか」



 ふぅ、と煙を吹くと、帽子屋は立ち上がり、扉から右側。バルコニーが設けられた方の扉を開けると、アリスへと振り返る。

 ふわり、と遮光用の白いレースのカーテンが風に膨らむ。



「俺は管理局構成員の一人。

 ここ、不思議の国の管理を他の面々と任されている、審判資格を所有するものだ」



 帽子屋は説明しながら、再び椅子の方へと戻って来るが、当のアリスは大きく首を傾げた。


「まぁ、これで分かったら反対におかしいが、な」


 失笑と共に、帽子屋はアリスの頭を撫で、椅子へと腰を降ろす。



「俺たちはここの住人から管理人と呼ばれている」


「それって皆が知ってるの? 管理人の存在」

「いや、全員が知っているわけじゃあないが……

 長くいる住人たちなら、自然とわかっていく設定のようなものだ」


「また設定?」



 納得いかない、という声色に帽子屋が頷きそのまま続ける。



「まぁ、聞け。

 俺たちはここに流れてくる魂の管理、及び循環を任されている。

 ここに流れてくるのは、名前を捨てた人間たちってのはお前に説明した通り、間違ったことじゃあない。

 名前、とは存在そのものを指す。

 自分の存在を捨てたものは、魂の循環軌道に乗れずに彷徨い、最終的にこの国に辿りつくんだ。

 俺達はその魂たちを天秤にかけ、審判し、再びその軌道に還すに値する魂かを見定める役割を担っている。

 たまに間違って辿りついてくるヤツもいるからな。

 それが俺達、管理人の仕事だ。

 で、お前が見たのがこれ」



 帽子屋はそう言って腰から二丁の銃を取り出し、サイドテーブルへと置いた。

 その銃は対照的であった。


 一方は’’あの時’’住人に対して、威嚇で発砲したいかにも戦闘用といった漆黒の銃。

 もう片方は差しこんでくる陽光に反射して眩しく光る、綺麗なレリーフの掘られた銀の銃。



「これが俺達の仕事道具。

 まぁ、皆が皆、銃じゃあないが、俺は使いやすいこれを使ってるってことだ」



 一度に説明を終わらせた帽子屋の言葉にアリスは目を回す勢いで、目を泳がせた。

 意味が分からない。それが彼女の本音だったはずだ。



「え? 待って。どういうこと?

 魂って……え? 生きてる人間じゃないの?」


「残念だが、ここにいる住人は生身の人間じゃあない。

 俺達管理人も含めて、な。他は?」


「ちょっと待って。

 意味わかんない。全然説明になってない」


「なってるだろう?」


「なってないってば!

 それになんで自分の存在を捨てなきゃいけないの?

 名前をなくすとか聞いた時もそうだったけど、どんなに自分の名前が嫌でも、改名したりとか色々出来るし、それに……

 とにかくおかしいよ!」



 アリスは混乱して、声を荒げ、訴える。

 帽子屋はそんな彼女に「落ち着け」と一言、盛大にため息を吐きだした。



「分かりやすく教えてやるから、ちゃんと聞けよ?」



 帽子屋は紫煙を吐き出すと、ソファーの前のテーブルから灰皿を持ってきては煙草を押しつけて消し、続きを離し始めた。


「人間ってのはな。バカで愚かでどうしようもない生き物なんだ。

 だから、窮地に追い込まれると悪魔の囁きに耳を貸しちまう」


 声を低くしてそう言う帽子屋の言葉にアリスは益々訳がわからなくなって首を傾げた。


「昔にある悪党がいた。

 そいつは人間を利用してゲームを始めた」


「ゲーム?」


「人間の名前、つまり存在を賭けて、一つなんでも願いを叶えてやる。

 そう窮地に陥った人間に提案するんだ」



 ゆっくり、まるで怪談でも話すように声を顰めて話す帽子屋の話にアリスは一つひらめいた。


「もしかして……」


「そうだ。悪党は願いを叶えてやる代わりに人間に無理難題を押し付ける。

 それがやり遂げられなければ、‘名前(そんざい)’を頂く、との交換条件でな。

 まぁ、実際その無理難題をやり遂げて願いを叶えたやつもいたらしいがな。

 管理人ってのは名前と存在、その人間の魂を管理し、循環を守るのが仕事だ。

 そんなのやられたら管理局(こっち)がてんてこ舞いだってのに……」


「つまり、その悪党に名前を取られた人たちが・・・不思議の国の住人ってこと?」


「そういうことだ。

 一度取られた名前はそう簡単に取り戻すことは出来ない。

 けれど、救いがなければならない。

 だから俺達がいるんだ」


「なんか……正義のヒーローみたいね」


「バカ言え。

 それに俺達は審判者であって、全員を全員助けることは出来ない。

 俺達は‘上’が定めた人間を救うだけだ」


「上?」


「ああ、悪いが……そこは説明出来ない決まりになってる」


 説明を求めたアリスに間髪いれずに帽子屋は付け足した。


「もうないか?」


「だから、ちょっと待ってってば。

 混乱して整理出来てないのに……」



 行きかう言葉にやっと沈黙が訪れた。

 アリスはゆっくりと頭を整理するように、目を右へと左へと、たまに天井に向けたり、枕へと顔を埋めたりして、やっと元の位置へと落ち着いた。


「つまり」


 そう彼女は切り出す。


「私が出来ることは相変わらず、記憶を取り戻すだけってこと?」


「その通りだな」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             


 帽子屋はいつの間にか3本目の煙草を灰皿に押し付けた。

 アリスは口元へ手をやり、考えるように再び沈黙した。


「アリス……」


 そう呟く。


「アリス?」帽子屋が呼びかけた。


「ねぇ、なんで私がアリスなの?」


「なんでって……」


 アリスの言葉に、帽子屋は初めて動揺を見せた。


「だって、住人が言ってたでしょ?

 アリスを食らえば、ここから抜け出せるって……

 それは……‘アリス’が特別だからなんじゃないの?」


 帽子屋は痛いところを突かれたように、顔を曇らせる。


「あれは……アリスを食らえばここから出られるなんてのは、全くのデマだ。

 気にするな」


 首を緩く左右に振った帽子屋にアリスは少し目を見開いた。


「それ……」


「あ?」


 アリスは自分の耳を差す。


「そのピアス」


 次は帽子屋の左耳を差すと、そっと彼の髪に手を伸ばして左耳を隠す髪を耳へとかけた。

 そこには銀色の十字架のピアスが揺れていた。


「眠りネズミサンも……管理人なの?」


「お前は……察しが良すぎるだろう?

 そうだ。管理人は皆、このピアスをつけている」


「そっか~。じゃあ、今度気をつけて見てみようかなぁ」



 アリスがどこか楽しそうに笑ったのを見て、帽子屋は呆れて言葉を失った。


「お前、良くこの状況で笑えるな?」


「だって、なるようにしかならないし。

 どうせなら楽しい方がいいかなって」


「能天気なこった。

 他はないのか?」


「今じゃなきゃ答えてくれないの?」



 既に冷めたハーブティーを一度に呷り、尋ねたアリスに帽子屋は一つため息をついた。


「思いついたら聞け。

 答えてやるよ」


「ありがとう。

 じゃあ、さっそく……」


「あ?」


「私、帽子屋さんの家で住みたいな」


「は?」








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