帽子屋のブランチ 2
促されたのは、家に一番近い日の差さない場所。
上には、何故か日よけのパラソルまで付いている。
「お前。昨日、バカ猫にどこ連れられて行ったのか知らねぇが、顔が赤くなってたぞ」
どうやら彼なりの気遣いのようで、驚いたアリスは彼の顔を凝視するが、帽子屋はそれを交わすようにさっさと踵を返した。
「三月ウサギ。まだ食べるなよ」
ふと、帽子屋が話しかけた先には、三月ウサギが今か今かと、フォークとナイフを持って待ち構えていた。
「あっ! 三月ウサギさん!
おはようございます!」
彼女の歓喜の声が入り混じった挨拶に、三月ウサギと「げっ」と漏らし、顔を顰めた。
「来んな来んな!」
アリスは三月ウサギの方へ一目散に走って行くのを見て、三月ウサギはフォークとナイフを前に付きだして、接触を防ぐ。
「私はもっと、三月ウサギさんと仲良くなりたいのに~」
断固拒否されたアリスは口を付きだして、ムクれた表情をするが、三月ウサギに一蹴される。
「そんな顔したって可愛くないからな!」
「え~い。なら、強行突破!」
言いながらアリスはそのまま三月ウサギを抱きしめた。
「やめろ~! 離せぇぇ!」
アリスの中で暴れるものの、体格の違いに足掻くだけ無駄に終わった三月ウサギを見て、眠りネズミは楽しそうに近寄って来る。
「お~、仲良いね~。
俺も混ぜてよ」
「早く助けろ~!」
「え~、俺もアリスちゃんに抱きしめて欲しいなぁ」
「バカか!」
セクハラ発言の眠りネズミに、持っていたトレ―で後ろから頭を叩きながら言ったのは帽子屋。
「ほら、アリス。お前も馬鹿なことしてないで、さっさと席に着け」
やっと助け舟を出したのは帽子屋。
アリスは納得いかない表情をしながらも三月ウサギを解放し、眠りネズミは少し頭を押さえながら三月ウサギの前へと座った。
「そっちが紅茶で、そっちが珈琲だ。
好きな方を飲め」
テーブルの両端に、置かれたポットを指差して、帽子屋が説明する。
そのテーブルの中央にはイングリッシュマフィンが大きな皿に山積みにされていて、その周りにはジャムやバター、蜂蜜、オランデーズソースがある。
各自、自分の手元にはカップと皿に乗せられたポーチドエッグ、ベーコン。
そして2人ずつ、手が届く範囲にミルクと砂糖の入った瓶に、切り分けられたアップルパイとアイリッシュスコーン。
それで全部であった。
「すごい……
これも全部、眠りネズミさんが?」
昨日の晩御飯が美味しかったのもあり、眠りネズミの料理はハズレなし、とインプットされていたアリスが尋ねると、隣の眠りネズミは彼女を見て、幾度か笑い声を上げた。
彼は持っていたフォークで、彼女の目にいる帽子屋を差した。
「昨日はコイツが機嫌悪かったから俺が作っただけで、大体帽子屋が料理をしてるんだ」
「え、ほんとに?」
まさか、あり得ない――そんな聞こえない声が後を付いてくるようだった。
実際、そう言おうとしたアリスであったが、沸点の低い帽子屋がキレると困るので口の中に留めておいた。
「なんだ? 文句あるなら食わなくても、良いんだぞ?」
聞こえない声を察したのか、気を悪くしたような帽子屋は紅茶に砂糖を入れてかき混ぜながら言う。
「全然、そういうわけじゃないです」
すぐに弁解の言葉を述べ、マフィンに手を伸ばす。
「帽子屋の料理は、城のシェフに負けないくらい美味いんだからな」
斜め前の三月ウサギがアリスを睨みながら、頬張り過ぎて汚れている口で呟いた。
期待しながら、温かいマフィンにポーチドエッグを乗せて一口。
香ばしいマフィンの香りと半熟のポーチドエッグが良い具合にマッチしていて、思わずアリスは頬が緩んだ。
そこにベーコンを乗せ、オランデースソースを加えれば、更に美味しいエッグベネディクトの完成である。
「美味しい~」
頬張りながら呟いたアリスは、口一杯に詰め込みながら食べている三月ウサギの気持ちがすぐに分かったようだ。
「ちなみに、そのマフィンも帽子屋が生地から練って作ったんだぞ?」
まるで自分の母親を自慢するように、三日月ウサギがモグモグさせながら付け足す。
アリスは前の帽子屋を見るが、帽子屋は視線に気が付きながらもカップを口につけ、目を合わせない。
「おいおい、照れんなよ~。帽子屋」
「うるさい、死ね」
眠りネズミのからかいに帽子屋はいつもの調子で返し、それにアリスが失笑する。
「ごめんなさい、帽子屋さん。
凄く美味しい!」
「そうか。良かったな」
帽子屋はまるで他人事のように、小さな声で返した。
そうして温かいブランチの時間はあっという間に過ぎて行った。




