アリスのための物語
一時間と少し。
食べ終わった後も、日向ぼっこのように、外の風を受けていた帽子屋を除く3名。
帽子屋は食べ終わった食器や残った料理をキッチンへと運んでいた。
アリスは手伝いを買って出たが、帽子屋に拒否され、仕方なしに未だパラソルの下でぼんやりしている。
日は高くなって、パラソルのお陰で影を作って肌が焼ける心配はない。
眠りネズミは今にも眠ってしまいそうに、テーブルに頬杖を付きながらウトウトしている。
その前の三月ウサギは本を読んでいたが飽きたのか、立ちあがっては帽子屋の手伝いへとキッチンへと向かって行った。
「ねぇねぇ、眠りネズミさん」
「ん~?」
眠たそうに半目になりながら、眠りネズミは隣のアリスへと少しだけ頭を動かす。
「私ってどこに住めばいいのかな?
このままお邪魔になるわけにも行かないし、と言っても働き口をどう探せばいいのか分からないし……」
アリスは椅子に凭れ、青いパラソルを見上げる。
彼女の言葉に眠りネズミはおおきな欠伸を一つ、座ったまま伸びをして、テーブルに残っているポットのコーヒーを選び、自分のカップに注いだ。
注ぐ際、アリスにも注ごうとするが、彼女がそれを断る。
「ん~。まぁ、別に帽子屋は迷惑とか、思っちゃいないはずだがなぁ」
「でも私の食費とか、昨日だって服買ってもらっちゃったし」
「ほんと、アリスは素敵な子だねぇ」
眠りネズミは良い子良い子といいながら、アリスの頭を撫でる。
「そういう細かいことは気にしなくていーんだよ」
「気にするから聞いてるのに……」
アリスはマトモに答えてくれない眠りネズミの反応に頬を膨らませて、拗ねたような顔をした。
眠りネズミはそんな彼女を見て、まるで恋人が拗ねた時のように愛おしそうに困った表情をしながら言葉を探す。
「ん~、そうだなぁ。
じゃっ、一つ良いことを教えてやろうか?」
「良いこと?」
「帽子屋の野郎は不器用なりに、アリスちゃんに気を使ってるんだぜ?」
「それは……知ってるようで……知らないような……」
そう思うことも多々あったが、全部罵詈雑言で記憶が塗り替えられてしまっている。
「これ」
彼女が記憶を巡っていると、眠りネズミがパラソルを指差した。
「あぁ、そっか」
「だろ? チェシャのやつも結構気を使えるやつだけど、帽子屋もアイツとはまた違った方向で気付くやつなんだよ」
アリス自身、昨日自分が日に焼けて頬が赤くなっていること自体に気が付かなかった。
それを帽子屋はすぐに気が付いて、こうやってパラソルを用意してくれたということは、たった一日共に過ごした彼女のことを良く見ているということであった。
「もう一つ、これは言ったら帽子屋が怒るかも知れないが、今日のブランチだって結構気合い入ってたぞ?」
誰もいない庭で眠りネズミが、アリスへと耳打ちする。
「勿論、アリスを歓迎するために」
眠りネズミのテナーボイスが直に耳元から聞こえ、思わず肩を竦ませたアリスに丁度やってきた帽子屋が駆けよって来る。
「おい。てめぇ、何してやがんだよ!?」
「ん? イイコト?」
「殺すぞ」
アリスからは直に見られなかった帽子屋はすでに着替えていて、上着が昨日とは少し違うコートになっただけで昨日とさほど変わらない格好に、売り物であるらしいあの黒いハットを被っている。
「あれ?出かけんの?」
「俺はお前にみたいに、暇じゃあないからな」
帽子屋の憎々しい嫌みも眠りネズミには聞き慣れているのか、気を悪くした素振りも見せずにニヤニヤとしながら言い返す。
「帽子屋のだ~いすきなアリスを放っておいて?」
「てめっ、本気で猫の餌にするぞ」
「冗談冗談」
殴りかかりそうだった帽子屋に対して、眠りネズミは失笑しながら降参の意味で両手を上げる。
「まっ、お仕事なんだろ?
頑張ってこいよ」
知っているならからかうな、と非難の視線を浴びせた帽子屋に眠りネズミは知らんふりで肩を竦める。
「念のために言っておくが、間違ってもアリスに手は出すなよ?」
それだけ言ってコートの裾を棚引かせながら、家を後にしていた。
眠りネズミは目を瞬かせて、アリスを見る。
彼女は眠りネズミと目が合うと、ぷっと吹き出した。
「ほら、ね?
まるで、娘を取られまいとか心配する親バカみたいだろ?」
「確かに」
「アリス」
笑っていた眠りネズミが途端、真剣な声色で彼女を呼んだ。
アリスはその声に幾度が目を瞬かせながら、眠りネズミへと向き直る。
「あんまり考えすぎるなよ。
お前さんが難しく考えたり、心配する必要はないさ。
なんせ、これは‘アリスのための物語’なんだから……」
「え、それって・・・」
ポンと置かれた眠りネズミの手と何か引っかかる言い方にアリスは意味を尋ねようと言葉を紡いだが、その前に眠りネズミが立ち上がる。
「さ~てさて、俺達も片づけてそろそろ中に入ろうか。
で、暇つぶしと食後の運動もかねて三月ウサギいじり倒そうぜ~」
どうやら眠りネズミはそれ以上、話す意向を示さないと察したアリスはすぐに頭を切り替える。
「それ面白そう」
アリスは颯爽と立ち上がり、眠りネズミとテーブルの上に残っているものだけ片づけに入った。
数分後、三月ウサギの悲鳴が街まで聞こえて来たそうな……
そうして昼下がり、眠りネズミは私室で昼寝に入り、アリスと三月ウサギはまるで追いかけっこをするように家中を走り回って末に疲れ果て、リビングのソファーでお互い突っ伏していた。
「もうお前、僕の視界に入るな……」
疲れ果てた三日月ウサギは、蚊が鳴いたような声でアリスに訴える。
「ごめん、私もさすがに限界……
調子に乗り過ぎたわ……」
「わかれば……いいんだよ……」
お互いの荒い息が整うまでの長い沈黙が訪れた。




