「……のだぁ……?」
「……のだぁ……?」
雪の宮殿は、今日も白く静かであった。
だが、その一角――レイの部屋の前だけが、異様なほどに沈黙していた。
「………………」
ドアの隙間から、レイがこちらをじっと見ていた。
目はうるうる。鼻はぴくぴく。口元はわずかに下がっている。
(吾輩は……見たのだぁ……)
たった今、彼は目撃してしまったのである。
母(とレイが勝手に呼んでいる雪の女王)が、妹・スノレイナの額にそっとキスをしていたところを。
「……のだぁ……?」
声は震えていた。
⸻
レイの脳内(全力回想モード)
「えっへん♡吾輩がママの一番なのだぁ♡」
「ママ!この落書き見てほしいのだぁ♡冷気で描いたのだぁ♡」
「ママ!吾輩が地下牢で氷の家具販売してるの、褒めてくれたのだぁ♡」
(→家具全然売れてない)
「ママ!このかき氷、妹にはもったいないから吾輩が三杯食べるのだぁ♡」
(→妹は一口だけ食べて満足してた)
「ママ!この寝言、面白いのだぁ?ねぇ?ねぇ?」
(→めちゃくちゃうるさい)
「ママ!ママ!ママ!ママ!ママああああああ!!!」
(→数回無視されていた)
⸻
そして現実へ戻る
「………………のだぁ?」
レイはぺたんと床に座り込んだ。
白い廊下に、真っ白な雪だるまが縮こまる。
その姿は、どこか哀れで、そして少し滑稽でもあった。
「……ママは……妹のことだけ……
そんなに好きなのだぁ……?」
脳内で、雪の女王の声がエコーする。
「スノレイナ、よく頑張りましたね」
「スノレイナ、静かに本を読んで偉いわ」
「スノレイナ、優しい声でお礼が言えてすてき」
「のだっ!?のだっ!?のだっ!?!?
な、な、なにそれ、ズルいのだぁああああああ!!」
レイは慌てて立ち上がった。
廊下をばたばた走る。目指すは――
⸻
女王の私室前
扉の向こうから聞こえる、静かな会話。
「……ありがとう、ママ……」
「ふふ……スノレイナ。おやすみなさい」
――その瞬間、レイの中で何かが爆発した。
「のだぁあああああ!!!」
ドアが乱暴に開かれた。
「吾輩もママに“おやすみ”って言われたいのだぁあああ!!!
スノレイナだけずるいのだぁああああ!!!
吾輩は毎日頑張ってうるさくしてるのだぞぉおおお!!!」
雪の女王とスノレイナが振り返る。
スノレイナは驚き、涙目になっていた。
女王は一瞬だけ息をのんだが――やがて静かに、レイに向き直った。
「……レイ。あなたは、うるさすぎるのです」
「のだっ!?!?」
「騒ぎすぎてスノレイナの眠りを妨げています。
地下牢の囚人たちも風邪をひきました。
城の構造が崩れた箇所も、あなたのせいです」
「のだぁ……のだぁぁ……!?そんな……」
「でも」
「のだっ!?」
「……そんなあなたでも、私の子です」
雪の女王は、静かにレイの頭に手をのせた。
「……今度は、ちゃんと“静かにできた日”に、おやすみを言います」
「……の、ののの……静かに……って、どうやって……?」
「まず、今日の分のお喋りを明日まで我慢してみましょうか」
「の、のだぁ……そ、それは……し、死ぬほど苦しいのだぁ……」
「できれば、“おやすみ”を言いましょう」
「……のだぁ…………努力するのだぁ……」
⸻
その夜。
レイは自室で、手で口を押さえながらベッドに入った。
あまりにも苦しいので、寝言も封印する覚悟だった。
「……ママは……吾輩のママなのだぁ……
きっと……なのだぁ……」
白い顔は、いつも通りだった。
でも、ほんの少し、頬がしょんぼりして見えた。
かすかに、レイの目元から――
とけない、雪のしずくが、ぽとりと落ちた。




