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三題噺  作者: 夕暮 帷
23/23

金貨 ネクタイ 親指 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「んー…。どうすっかなー」

 休憩に使っていた石から腰を上げる。見る先にあるのは左右に分かれる分かれ道だ。

 片方の道は森へ、もう片方は森を迂回するように続いているように見える。

 道の分かれ道には以前はどこへつながっているのか書いてあったであろう看板が立っているのだが、長年放置されていたのだろう。風化してしまってとても読めるものではなかった。

 一応、前の町で次の町へと続く地図自体はもらっているのだが…。

 「ここまで来て地図見るってのは、なんか負けた気になって癪だよなぁ」

 最後に地図を見たのが前の町を出る直前で、この最後の道までの道のりは間違っていない自信がある。最後の最後でド忘れしてしまったのだ。

 ――――まぁ、こういう時は、やっぱアレだろう。

 懐から小さい巾着を取り出す。適当に指を二本押し込んで、適当につかんだ物を引っ張り出す。

 「お、今回は金貨か。この中に一、二枚あるかどうかだっていうのに、今回は運がいいかもな」

 この巾着は財布で、貧乏たる俺の懐事情はたいてい銅貨ばかりだ。金貨が掴み出せたのは今回が初めてだ。

 きっと今回の金貨は、俺を町へ導いてくれるだろうと期待に胸を膨らませて、金貨を親指に乗せる。

 ピィン、と澄んだ音を鳴らせて、金貨が高く舞い上がる。

 みぞおちの前あたりに握った右拳の甲を上にして、金貨が手の甲に落ちてくるや、すかさず左手をかぶせる。

 表が出たら右、裏が出たら左。

 そう口の中で確認するように言って、左手を外す。

 結果は、表。

 「…。こっちか…」

 そう思わずつぶやいた視線の先には、鬱蒼と茂る森へと続く道が続いていた。少し早まったかな。なんて言葉が口をついてくる。


 最悪ハズレの道でもたしか一週間ほどで次の町へとつながっていたはずだ。もちろん、あたりの道ならば次の町へは二、三日でたどり着ける程度の場所だったはずだが。

 「ですよねー…。なんかこうなる気がしてたよ」

 森へ入って五日目、太陽もそろそろ地平線へと帰る支度を始める頃合いだ。

 そろそろ今日の野宿する場所を探さないとなぁ、と思いながら歩いていた先だ。

 なにやら、先の方が騒がしい。

 聞き耳を立ててみると、どうやら何かが争っているようだ。鳴き声から聞いて、どうやら犬同士のようだが。縄張り争いでもしているのだろうか?

 平和で長閑で変化がない森の中をずっと歩いていた俺は、つい刺激を求めて争いの方へと進んでいった。

 近づいてみたが、やはりそこで争っていたのは犬のようだった。

 一回り大きい犬の周りに一回り小さな犬が取り囲むように唸りあっている。一回り大きな犬の後ろには何かが倒れているようで、それを守っているのか、大きい犬はすでに満身創痍だった。

 よく見ると犬の足にはブーツのようなものを履いており、どうやら知性がある動物だということがわかる。めったにお目にかかるものではないが、確かにこういう動物たちは存在している。

 ただの食物連鎖なら傍観するつもりだったのだが、知性がある動物がやられかけているなら話は別だ。素早く助けに入る。

 囲んでいる犬たちの背後へ一息で近づくと、そのうちの一匹の横っ腹に思いっきり蹴りつける。突然の乱入者に犬が驚いている間にさらにもう何匹か蹴りつけて、犬を追い払う。

 すべての犬がちゃんと逃げていくのを見送った後で俺は大きな犬の方へ振り返る。大きな犬は俺のことが先ほどの犬たち同様敵だと思っているみたいで、歯をむき出しにして唸り声をあげていた。

 「俺は敵じゃねぇよ。その後ろの助けてやるからみせてみな」

 そう言って犬の方へ近づく。

 「信用ならん」

 犬が返してきた言葉を聞いて、俺は思わず口笛を鳴らした。

 「まさかこんなところで『高位種』に逢えるとはなぁ…。運命ってのは面白いもんだ。ま、話せるやつが死ぬってのはどっちしろ寝覚めが悪い。いいからさっさと見せてくれ」

 無遠慮に近づく俺に犬はさらに警戒しようとしていたが、すでに満身創痍の身、俺が近づく前には倒れてしまった。あわてて走り寄る。

 「ちょっ…。おい! 大丈夫か!?」

 視界にさっと入れた限り、後ろの方で倒れていた方は目立った外傷がないため、犬の方の治療を始めようとする、が。

 「私のことはいい…。もう、長くないのはわかる。それより、彼のことを…」

 そう弱った声を漏らす。

 「あっちは目立った傷はない。君の方が重傷だ」

 「ふ、ん…。それより、彼に伝えてくれ。――――」

 犬は、その最後の一言を俺に託し、満足しきった笑顔で目を閉じた。彼を守りきったとでも思っているんだろうか。俺が信用できるやつと決まったわけでもないのに、危なっかしいやつだ。だが、一息ついて彼の首元に指を当てる。脈なし。やはりもう事切れている。

 もう少し早くここへ駆けつけていれば救えたかもしれんな、と思いながら俺は静かに黙祷を捧げるだけにした。

 「うっ…」

 後ろから聞こえた声に振り返ってみると、犬が守っていたモノが起き上がったようだ。

 「おお、起きたか」

 声の主は白いタキシードにネクタイをきりっときめた猫だった。頭には白いシルクハット。手袋まで白だ。よく旅のあいだで汚れなかったものだ。おそらく、『高位種』と呼ばれる中でもさらに高位の存在だろう。

 「失礼だが、ここは?」

 「お前の連れが最後に戦ってたところ。かな」

 そう言って、俺の後ろに隠れていた犬を見せる。それを見ると、彼の猫のように細めの目は大きく見開かれた。

 「俺がお前らを取り囲んでた犬を追い払ったら、すぐに逝っちまったよ」

 「なんということだ…」

 猫は近くに来たあとシルクハットを一度外して胸の前に持ってくると、猫はその場で黙祷をした。

 俺もなんとなくそれを見ている。しばらくして彼はまた頭の上にシルクハットを被ると、俺の方に向き直った。

 「旅の方、もし手が空いているのならば、彼の埋葬を手伝っていただけないだろうか」

 「あぁ、いいぜ。ここであったのも何かの縁だ」

 「感謝する」


 俺と猫はそこらにあった岩だとか固めの木の大きなかけら何かを使って犬が入るだけの穴を掘ると、そこに犬を埋め、適当にむしった木の種のような物と、彼がつけていた首輪のネームをそこに刺した。

 そして、並んで黙祷する。俺は手を合わせて、猫は再びシルクハットを胸に当てて。

 彼が再び帽子をかぶる気配を感じて、俺は口を開く。

 「――――さて、ここにはまだ血の匂いが残っていることだし、野生動物の類が来る前にさっさとここを離れよう。もう野営の準備をしないといけない時間だ」

 「旅の方」

 「ん?」

 「たびたび申し訳ないのだが、野営をご一緒させてもらっても?」

 「いいぞ。ついてこいよ」

 「ああ、感謝する」

 そう言って、俺たちは野営できそうな場所を探して歩き出した。

 しばらく歩いて見つけた場所に火をおこし、夕飯を食べるころには、やっと人心地ついたところだった。

 「そういえば、あなたは何のために旅をしているんですか?」

 食後に一杯お茶を入れてゆっくりしていると、猫がそんなことを聞いてきた。

 「んー…。そうだな。俺は、いろんなものが見たいから、かな」

 「いろんなもの?」

 「そう、いろんなもの。国だったり、文化だったり、世界の神秘だったり、そこに住む人だったり…。とにかくなんでも、いろんなものを見たいんだ」

 俺の答えを聞くと、猫はなるほどとうなずいた。

 「気の向くままの旅って感じですか。とても、興味深い」

 猫の答えに、俺は苦笑をこぼす。

 「まあ、意外と世知辛いけどな。ものを買うのだってただじゃないし、国によって相場も違う」

 「一筋縄ではいかないというものですか」

 「だな。そっちは、なんで旅してるんだ?」

 「私か? 私は、探し物をしているんだ」

 「探し物?」

 「ああ、この森のどこかにあると聞いてな」

 滅多に人の前に姿を見せない『高位種』。その中でも更に高位と見えるこの猫が、一体何を求めているのか俺はすごく気になった。

 「その探し物、一緒に探してもいいか? アンタほどの高位種が欲しがるものに興味がある。こう見えても俺、結構強いんだ。それを見つけるまでの間の護衛くらいはするぜ?」

 そういって力こぶを作ってみせる。猫は俺の提案を聞いてしばらく考えていたが、やがて頷いた。

 「ふむ。私だけでは戦力に不安があったところだ。頼もしい。よろしくお願いする」

 それを聞いてふっと笑い、俺に手を差し出してきた。キザったらしい態度だが、この猫にはよく似合う。

 もちろん。俺は笑顔でその手を握り返した。


 それからの捜索は、こんなんを極めた。…と言っても、俺にはその探し物を教えてくれる気はないようで、俺は基本護衛のためにひたすら回りの警戒をしていただけだ。猫と一緒に広大な森の中をしらみつぶしに延々と歩き続けていただけだった。

 大陸の実に三分の一を埋めるといわれている広大なこの森は、奥に行けば行くほど貴重な薬草や木の実が育っている分、危険な生物も数多く生息している。その中を、俺らはまっすぐと中央へ向かって十日以上も歩き続けていた。

 「まだ見つからねーのかよ」

 「この辺りにあるような感じなのだが…」

 あるような感じはするけど、まだ確信には至っていない。そんな自信のない表情で猫は答えた。

 「お、なんか引っかかったか」

 しかし、今までとは違うその反応に、俺としては希望が生まれた。なにせ、この十日間、何も感じないとしか言わなかったのだ。

 「…あぁ、どうやらこっちの方だと思うのだが…?」

 そう言った猫としばらく歩いた先に、開けた場所があった。

 「おお…。すげぇなここ」

 そこは、崖の上から滝が降り注ぐ、いわゆる滝壺と言われるところだった。周囲には木はなく、水が降り注ぐ場所には池のようなものができていた。そして、その滝を浴びるように木が生えていた。

 その木は虹色の葉をつけており、遠目から見ても目が痛くなるほどの鮮やかさだった。緑と青とほんの少しの花などの彩りのこの森の中で、その木は圧倒的な存在感を放っていた。

 「もしかして、あれか?」

 もしかして、と思って猫の方を見る。

 「…」

 しかし、猫は反応することなくふらふらと木の方へと歩き出した。今までのしゃきっとした歩き方ではなく、何かに誘われるようにふらふらと。

 「お、おい?」

 様子がおかしいそいつを追いかけながら、声をかける。やはり、返事はない。

 しかし、猫は滝壺の水に脛のあたりまで浸かると、はっと目を瞬いた。どうやら、意識が返ってきたらしい。

 「おい、どうした?」

 もう一度、問いかけなおす。

 「…。いや、なんでもない」

 猫は軽く頭を振ると、意識をはっきりさせるように背筋を伸ばした。

 「あれが、お前の探していたものか?」

 そう言って虹色の木を指さす。猫はしっかりと頷いた。

 「ああ、そうなんだが…。困ったことになった」

 「ん? どうした?」

 猫が暗い顔で俯くので、俺はそれを屈みこんで見る。しばらくそれを聞いても言わなかったのだが、しばらくじっと見つめて無言で圧力を放っていると、ついに折れたのか口を開いた。

 「…。……私は、泳げないっ…」

 すごい屈辱にゆがんだ顔でそういった。人間だったら顔が赤くなっているのかもしれないが、猫なのでわからない。

 「なんだ、その程度かよ…」

 思わずため息をつく。言葉も出ない。

 「その程度とはなんだっ! その程度とはっ!! 我らは泳げない種族なんだっ!!」

 イライラとした表情で言う。そんなにイラつかなくてもいいのに。

 「まったく、俺が取りに行ってやるよ。あの木の実でいいんだな?」

 俺がそういうと、猫はぽかんとした表情をした。

 「頼んでもいいのか?」

 「十日間も一緒に探した仲だろ? 水臭いこと言うなよ」

 水だけにな、と後に続けた言葉には、腰に肘が飛んでくるだけで黙殺された。


 もぎ取ってきた実も虹色で、全体的に親指よりもふたまわり大きいほどの太さで細長く、先端部分だけはとても細くなっていた。他にも、妙に変な形に膨らんだ実もあったのだが、見た目が気持ち悪いのでもぎるのはやめておいた。

 「ほら、これでいいんだろ?」

 猫に手渡しながら服を着る。潜ってみた分かったのだが、ここの水はとても澄んでいるし、魔力の濃度も高い。もしかしたら、そういう状況がこの木の発育条件なのかもしれない。

 「ああ…。ありがとう」

 うわの空でそれだけ言うと、猫はそれを片手に持って掲げてみたり、両手で持ってくるくる回ったりと、いつもの貴族然とした雰囲気ではなく、人に飼われている猫のような愛くるしさがそこにあった。撫でまわしたい。

 しばらくそれを眺めているのもよかったのだが、あんまりやると猫のプライド的に羞恥心で死ねるだろうと思い、声をかけることにした。

 「なあ、それって何なんだ?」

 俺の声に正気を取り戻したのか、猫は虹色の実を手に持ったまま数秒固まると、それを手に担いでわざとらしく咳をした。

 「これは、マタタビだ」

 「マタタビ?」

 猫が過剰に反応するというあれか。

 「そうだ。私が求婚した娘がこれを持ってくるのが条件と言われてな…。ずっとこれを探していたんだ」

 抱えた実を愛おしそうに眺める。

 「結婚のための試練って感じか」

 「そうだ。これくらいできなければ結婚なんてできないって言われてな…」

 「ふうん。『高位種』の世界もいろいろあるんだなぁ」

 「まぁ、そんなところだ。とても貴重なものだから、探すのに苦労したよ」

 そういって猫は肩をすくめた。でも、その顔にあるのは満足感だ。

 「なるほど…」

 「もう少し取ってきてもらってもいいか? どうせならいくつか持って行っておきたい」

 その言葉に頷いて、さらにいくつか実を取り、ついでに高濃度の魔力水でさらに澄んでいるここの水は貴重なポーションの素材にできるだろうと、必要最低限の水を残して水筒にその水を汲んで、俺たちは町の方へ向かって森から出る方向へと歩き始めた。


 森の淵まで来た俺たちは、向かい合って立っていた。

 「あー。ついに森から出たな。俺は町に行くけど、そっちはどうするんだ?」

 「ああ、里に帰るとするよ」

 猫はそう言って大事そうに実の入った袋を抱えなおす。事実、大切なものだしな。

 「ん。それじゃあ、嫁さんと幸せになれよ」

 「あ、ちょっと待て」

 町に向かって歩き出した俺を呼び止めた猫の方へ向き直ると、マタタビの実をいくつか投げ渡してきた。

 「持っていけ」

 「いいのか? これ、大事なものなんだろ?」

 猫とマタタビの実を交互に見ながら言う。

 「護衛料だ。マタタビというのは、疲れ切った旅人がその実を食べたとき、また旅ができるようになったということから名づけられたと聞く。旅をしているのならば、危ないときにその実を食べれば、きっと生きる活力となることだろう。魔力濃度も非常に濃いその実ならば、腐ることもない」

 「へぇ…。すごい実なんだな」

 感慨深くその実を見る。まあ、結構森の深いところにあったしなぁ。効能も半端じゃないんだろう。

 「…まぁ、我々の一族がその実を求めて旅に続く旅をするから、“又旅の実”とも言われているらしいが。私にはどっちが本当かわからん」

 それだけ言うと、また縁があれば、どこかで。と言い残し、猫は瞬きする間に消えた。初めて見る『高位種』であったし、目の前で消えるという現実感のない最後だったが、手の中に残る実が森での体験は現実だと教えてくれた。

 「…。とりあえずは、町か」

 森の近くにいては、野生動物が襲ってくるかもしれない。とりあえず俺は町の宿屋へと行って体を休めることにした。


 宿屋で、風呂に入った俺は、森に入ってからの数日間のことを綴り、一冊の本にした。日記調だし、娯楽みたいなもんだから売れるかどうかも気にしないくらいで旅路にあったことをたまに本にして出版しているのだが、これがなかなか人気作だったりする。まぁ、内容によって売れるかどうかも大きく変わるのだが。

 今回のタイトルは、『猫と歩く森の道』だ。

 さて、今回の本は売れるかな、と、原本の隣に置いておいた金貨を手に取る。猫に逢う前の分かれ道で使った硬貨だ。彼に逢わせてくれたというご利益から、なんとなく使いにくくて他の硬貨とは分けてもっている。

 俺は親指に力を入れ。金貨を打ち上げた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

お久しぶりです


いつの間にかPV2000、ユニーク1000を突破しました!


いったい私の小説に何があったというのでしょうか…?

なんかちょっと焦ってます^^;

これ、なんか更新ペースあげろと催促されているかのよう…

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