四条秋葉
「実は本当に困りきっているんだ。私には二人の娘がいて、上の夏生は世間とうまく合わせて生きているが、下の秋葉は、部屋の中にこもってしまって出てこないのだよ。どうか……君からも説得してくれないか」
四条大五郎の顔はよく見ると憔悴しきっているようであった。苦悩によって、少し精神状態に異常を来しているのかもしれない。
私は驚いてしまった。そのような厄介なことを頼まれても、私にはカウンセラーの経験もないし、教師のようなことをしたこともない。他人様に何か説得するようなこともなかった。
「一応、やってみますが、秋葉さんはどこにいるんですか」
「階段の上のすぐ手前の部屋の中だよ」
私は、言われた通り階段をあがって、二階にゆき、目の前に見える部屋のドアを叩くのだった。
「あのー、すみません」
「はい」
「私、徳田静馬と申す者なんですが」
「はい」
「ちょっと、お話できますか」
「えっ、どうしてですか」
「いやー、その、何ていうか、私は夏生さんのボーイフレンドなんですが、一応、挨拶だけでもしておこうかなと思いまして」
「カチャ」
とドアが開いたのであった。部屋の中は、よくある女の子の部屋というとても整理されたものであった。
秋葉という女性も見た感じ、普通の女性だった。中肉中背、髪の毛は短く、地味な感じの二十代前半の女性である。
「ひょっとして、お父さんから、私が引きこもっているから、部屋から出して欲しいって説得されたんじゃないですか」
「ええ。まあ、そういうことになりますね」
「困りましたね」
「どうしてです」
「引きこもりたいからです」
「そうですか」
「ええ」
「でも、どこかでこう世間と合わさないといけないみたいなんですよ。人生ってやつは」
「はあ」
「経済的な面もあるじゃないですか」
「そうですね」
「ええ」
「じゃあ、お父さんに『出ます。秋葉、動きます』って言っていたと伝えてください」
「はい、わかりました」
私は階段を降りて、四条大五郎にそのことを伝えると、大五郎は「本当かな」という顔をしていた。それから数日後、彼女は、社会復帰目指して動き出したのだった。
それから数日後、またいつもの蕎麦屋で彼女に会うと
「けど、どうしちゃったの?あなた、説得のプロなのっ」
と私が秋葉を動かしたことを、夏生は褒め称えているみたいであった。
「いや、何か、そういう特技があるんだよ。私は昔から、『こうして欲しい』というと願いが叶うタイプなんだ」
「へえ」
「だから、あなたとも付き合いたい」
「そうなんだ」
「うん」
「でも、そうなってない」
「これは多分、理由があると思うんだ。つまり、私の中で、何か、あなたへのストッパーのようなものが働いているのかもしれない」
「ほう。私のせいではなくて」
「うん。多分、原因は私の中にあるんだ。何かがあるんだ。それは何なんだろう、というのがこの小説の眼目なんだよ」
「この小説」
彼女は怪訝そうな顔をする。いや、それは完全に私だけの問題である。
「あいや。何でもない。こっちの話だよ」
「そう」
と彼女は答える。それから少したわいのない世間話をしてから、私は彼女と別れた。日常というやつはこうやって、記述してゆくと延々と記述できるが、果たして、読者はこんなものを読んでいて楽しいのか、私は心配になってきた。




