たぶん、庇護欲⑦
薄汚れた灰色の長毛にところどころ草木を絡ませたその大きな猫が襲ってくる様子はない。
というか、こんなに大きいのに振り向くまで気付かなかったなんて。
二メートルなのか三メートルなのか、とにかく見上げるほど大きなその猫は、空のようにキレイな水色の瞳を輝かせ、喋った。
「ねえ、今のやったの、貴女?」
猫が……喋った?
目をぱちくりさせ、首を傾げるカリナに向かって、猫がまた話しかける。
「あら、私の命の恩人は耳が不自由なのかしら?」
猫は明らかに自分に話しかけている。
まあドラゴンもいて魔法も存在する世界だもんな。猫も喋るか。そりゃそうか。そりゃそうか?
動揺しているカリナの目の前で、さらに動揺することが起きる。
とりあえずハグしたいわ、と口にした猫は、みるみる小さくなり、前世で見覚えのあるサイズまで落ち着いた。
あーね、猫、伸縮自在な感じね。猫は液体だもんね。大きくなったり小さくなったりもするか。……するか?
足元まで近づいてきた猫を前にたじろぐ。なんだこの猫に見えて猫ではない猫は。
「猫……。」
頭の中はショート寸前。今すぐ帰りたいの。
「あら、お話できるじゃない!ねえ、貴女の名前は?私はシャフィ。弱ってたところを貴女に助けてもらったの。まさかまだ生きていられるとは思わなかったわ。ねえ、貴女のお家に連れて行ってちょうだい。私を飼い猫にしてくれないかしら。」
これは導かれて巡り合う運命だったのか。頭の中で月に代わってお仕置きするテーマソングが永遠ループする。
「連れて帰ってもいいけど、ほんとはこれ聖女ちゃんのポジションだったりしないかなあ……。それならちょっと困るしなあ……。」
カリナがブツブツ悩みを口にし始めると、シャフィと名乗った猫が何か閃いた顔をして、瞳をきゅるんと輝かせる。
「住んでた場所にはもう帰れないの。どうか、貴女が親切な恩人であることを祈るわ。……うっ。強がってみてもダメね、涙が出るわ。」
なんと、猫は泣き落としの体勢に入った。
シクシク、とすすり泣く猫を前に、カリナはまたもたじろぐ。
いや、かわいいし連れて帰ってもいいんだけどね。シナリオ的にどうなのかな、と思ってるんだよね。でも見放して帰るわけにもいかないし……。
悩んだ末、カリナは口を開く。
「分かった。もう分かったから。……あなたのことは連れて帰ることにするわ。シャフィって言ったかしら?私はカリナ。あなたが喋れるのはあなたが特別だから?それとも私が知らないだけで猫はみんなお話できるのかしら?」
「カリナ!嬉しいわ!ありがとう!」
涙を止めてシャフィが嬉しそうに話す。
「私が話せるのは私が上位妖精だからよ。その辺の猫ちゃんとは格が違うの。」
「え、妖精?」
妖精といえばカリーナだ。聞きたいことは山ほどある。
「ええ、この辺りでまったり過ごしていたのだけれど、少し前から瘴気にあてられたみたいで不調が続いてて……もう消滅するかと思ってたのよ。」
笑いながらシャフィが答える。消滅なんて笑い話ではなさそうだが、なんだか楽しそうである。
「ねえ、妖精のこととかあなたのこととか、たくさん聞きたいことがあるんだけど、教えてくれたりする?」
「良いわよ!もちろん!その前にゆっくり休みたいわ。先に貴女のお家に連れて行ってくれないかしら。」
汚れたシャフィを抱き抱え、たしかに、と口にする。まずはお風呂に入れてあげよう。
「えーと、どうやって帰ろうかな。」
これでいけるかな?と呟いて、我が公爵家の自室を思い浮かべる。
「ワープ」




