電子書籍配信記念ss ルドニークの不調②
「お前のせいだ!」
かけられた言葉に、血の気が引いていくのを感じた。
顔を上げると、目の前には泣きながらも怒りを露わにした少年の姿がある。
少年はオレをにらみつけ、もう一度その言葉を口にした。
「お前のせいだっ! お前が関わったから、イレーネは……皆はっ!!」
オレはその少年を知っている。そしてこの場のことも。
ここはイレーネと出会った孤児院。
そしてこれは、イレーネを攫われてしまったときの記憶。
あの日から繰り返し見る、悪夢の中だ。
もう何度、この夢を見ただろう。
何年経とうが薄れることのない記憶は、未だにオレの心の底に自責と後悔の根を張り、取り除くことができないらしい。
けれどもう、あのときとは違う。
イレーネはもう取り返した。救えたはずなんだ。
そう伝えたくて口を開く。
「僕は……?」
そうして気が付いた。
声が違う。
まだ声変わりもしていない、少年の声――。
ふと見ると、いつの間にかオレはあの日の自分と重なっていた。
大切なものを奪われたのに、何一つできることがなかった無力なあの頃の自分に。
「お前のせいだっ!」
目の前の少年はもう一度、その言葉を紡ぐ。
僕はなにかを言いかけたけれど、結局なにも紡げなかった。
開きかけた口を閉じてうつむくしかできない。
だって、僕にそんな資格なんてないから。
だって全部、僕のせいなんだから。
どうすればよかったのだろう。
どうすれば防げたのだろう。
その問に答えなんて出せる訳もなくて、僕は気が付くと逃げるように走り出していた。
ジッとなんてしていられるわけがない。
あの惨状が僕のせいだとしたら、それを作り上げた人に心当たりがあったから。
「兄上!!」
いつの間にか戻ってきていた公爵邸で、目当ての人を見つけ詰め寄る。
「どうして! どうして関係のないあの場所を襲わせたんですか!? どうして!!」
どうして、どうしてと喚く僕を見て、兄上は嬉しそうな顔で見下ろした。
『その顔が見たかったからだ』
「……それ、だけ?」
僕を苦しめたい。それだけのために――
「イレーネを売ったの……?」
その呟きは、声になっていたか分からない。
だってそこから先の記憶は、ひどくおぼろげだから。
次に意識がはっきりとしたのは、辺り一面の砂漠の中だった。
右手には血の付いた短剣を握り、それ以外には何も持たずにひたすら砂漠の中を歩いていた。
恐らく兄上を切り付けたのだろう。
でもそんなことどうでもよかった。
僕の心を支配していたのは、早く「セイア王国」に向わないと、という焦燥感だけだった。
その国はおぼろげな意識の中、兄上が怯えたように口にした国の名前だった。
イレーネを売ったという相手の名だ。
でも9歳の子供の足で他国へ向かうなど、無謀でしかなかったらしい。
僕は結局、砂漠の中で倒れてしまった。
ひどく体が重い。
(……ああ、このまま死ぬのかな)
冷えていく体もそのままに、ぼんやりとそんなことを思った。
でもそれもいいかもしれない。
だって僕と関わる人は、皆不幸になる。
家族からも疎まれた。
身なりだけはいい自分が近づくと、民は怯えて逃げていく。
イレーネだって……僕のせいで……。
……だから僕はいない方がいい。
(僕なんて……生まれてこない方が良かったんだ……)
意識が薄れていく。
でも、確かな安堵感があった。
もう終わらせられるのだと――。
『――』
そんな霞がかった意識の中、誰かの声が聞こえた気がした。
◇
「……う」
「あ、気が付いた?」
意識が引き戻される感覚に目を開くと、僕を覗き込んでくるオレンジ色と目があった。
「師匠、この子目を覚ましましたよ。どうします?」
髪も目もまぶしいオレンジ色のその少女は、近くにいたらしい大柄の男性に指示をあおいでいた。
男性の方は白い服に身を包み、柔らかい雰囲気を持っていた。
本で読んだことのある“聖騎士”のようないで立ちだったから、恐らく聖騎士なのだろう。
その人を師匠と呼んでいるところを見るに、オレンジの少女も聖騎士見習いなのかもしれない。
一生懸命に僕の治療をしようとする少女からは、たどたどしいけれど凛としようという意気込みを感じた。
……どうやら僕はこの人たちに保護されたらしい。
「覚えてる? あなた、砂漠で倒れていたのよ。いったい何があったの? ……でもまあ、無事でよかったわ」
「……よ、かった?」
少女が発した言葉に、反射的に反応してしまった。
だって助かってよかったなんて、そんなこと――
「――いいわけがない。なんで助けたりしたんだ!!」
どうして僕だけ助けられたんだ。
僕のせいで巻き込まれた人は皆、助からなかったのに。
そんなのおかしいじゃないか。僕が一番助からなくていい命だったはずなのに……。
「なんで僕は……僕はっ!」
助けてもらっておきながらこんなことを言うべきではないと、頭では分かっていた。
でも止まれなかった。
少女が驚いたように目を広げたのが見えたけれど、それでも止まることはできなかった。
いつの間にか僕の目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。
「……っ! どう、して……っ!」
悔しいのか、悲しいのかなんて分からない。
ただひたすら落ちてくる涙を止める方法だって分からない。
僕はなにも分からない。なにもできない。そんな非力な子供でしかなかった。
「――神の導きに従った。お前は、まだここで死ぬ運命にはない」
そんなとき、場違いなほど穏やかな声が聞こえた。
顔を上げると、それまでずっと黙っていた男性が、僕を真っ直ぐに見ていた。
「まだ、やるべきことが残っている。だから助けた」
「……やるべき、こと……?」
男性は静かにそうだ、と言った。
その声があまりにも凪いでいたから、彼の言うやるべきこととはなんなのかと思考が逸れた。
(僕の……やるべきこと)
あの惨状を思い出すと辛くて息がつまりそうになるけれど、それでも考えずにはいられなかった。
(……そうだ。僕のせいで引き起こされた悲劇なら、僕がけじめをつけなきゃいけない)
僕のやるべきことは、きっとイレーネのこと。
関わった人を不幸にしてしまったのなら、その不幸を相殺する義務が、僕にはある。
(それから逃げちゃ、ダメだ)
このまま死んでは、なんの責任もとられない。起こってしまった悲劇を覆すこともできない。
自分が引き起こしたことを、そのままにしてはダメだ。
だから僕は――オレは生きることにした。
決意したように男の服を掴むと、彼は傷を癒せと言い、国へ連れていってくれた。
そこは山の上にある小さな国――キャンドルド聖神国。
オレは男性を師匠と呼び、彼の元で過ごすことになった。
師匠はキャンドルド聖神国の聖騎士団長であり、国を納める大神官の右腕だった。
剣技は美しく、聖魔法の腕も一級品。
そんな彼は忙しいだろうに、その合間を見てはオレに様々なことを教えてくれた。
戦い方、力の使い方、そして守り方――。
オレはひたすら打ち込んだ。
自分の責務を、役目を全うするために。
いつか必ずイレーネを助けに行く。
そのために。




