33話 玉
「うっ……。ここは……」
私は冷たい石の上で目を覚ました。
痛む頭を押さえて周囲を見ても暗闇が広がっているだけだ。
完全な暗闇。
一応体の自由は効くようだが光源がなければ下手に動けない。
「私は一体……確か、そうだ。瘴気を放つ石を見つけて……っ!?」
思い出した。
赤い獣と多くの魔物たちに囲まれて戦闘になったことを。
そして自分が稲妻に貫かれ、気を失ったことを。
急いで稲妻を受けた箇所を触ってみるが痛みは感じない。
そのことにほっとしつつ状況を確認する。
(これだけ真っ暗なのは何故? もしかしてここは死後の世界……?)
ムニリと頬をつまんでみる。
不格好に伸びる頬と引っ張られる口の感触。
「よかった痛いわ」
痛みがあるということは恐らくまだ死んではいないのだろう。たぶん。
だとしたら考えられることは一つ。
「あの赤い獣に攫われたってところかしら?」
あれだけ魔物がいても自分の体に食べられた形跡は見当たらないし、魔物だけで私を攫うなんてことができるとは思わない。
だが赤い魔物が統率していたとするのならばなんとなく納得してしまう。
(だってあの獣からは知性が感じられた)
私をあの場から連れ去った理由は分からないが、そうせざるを得ない何かがあったと考えるべきだろう。
こんな状況に陥っているというのに、自分でも驚くほど冷静だった。
むしろ普段よりも心が凪いでいる。
(目が慣れてきたらどうにか脱出する方法を考えないと)
そんなことを考えていると上の方から灯りが灯りだした。
一定間隔に置かれた蝋燭が独りでに点いたのだ。
その灯りは螺旋を描いた階段を照らし、ついに私のいる場所を照らし出した。
目の前には鉄の柵。
壁も床も石でできた巨大な檻。
窓はなく、灯りすら自分でつけることのできない遥か高みにある。
その真ん中に私はいた。
ふいにカツンという音が響いた。
灯りがついたということはつまり、何者かがここへとやってくるということだ。
(順当にいけばあの赤い獣なのだろうけど……変ね。足音は人間のような気がするわ)
カツン、カツンと階段を降りてくる足音はどう聞いても人間のそれ。
少なくともあの獣のように4足獣ではない。
とはいえ誰であろうとそれが味方であるはずがなかった。
それに私は丸腰だし、この中には少しでも身を守ることができそうなものは何もない。
(隠れた所で無意味よね)
檻の中は広かったが隠れられそうな場所もないし、相手は私が中にいることを知っているのだから。
だから私は檻の中でただじっとしていた。
やがて足音は階段を降りきり、檻に近づいてくる。
顔が見えた。
「あ、あなたはっ!!」
黒いマントに身を包み金色の髪を揺らして前に出てきたのは何度か見かけたことのある人物。
「――セイブリア・シュラトン!?」
セイア王国の第二王子。
王家の敵を秘密裏に葬り去る黒い鳥。
深い関りがあったわけではないが彼の話は耳に届いていた。
それこそ王宮ですれ違ったことも、挨拶を交わしたこともある。
だが今の彼は記憶の中の彼とは違っていた。
マントの上からでもわかる程全身ボロボロで血にまみれ、なにより黄金だったはずの瞳が赤黒く光っている。
その視線はあの獣をほうふつとさせるには十分だった。
(まさか……!? いいえ。でも彼は人間のはずじゃ)
混乱を極めた私をよそにセイブリア王子はわずかに口を開いた。
「王がお見えだ」
「えっ……」
私は気が付いていなかった。
いつの間にか彼の後ろにもう一人の人間が来ていたことに。
視線を後ろに向ける。
「っ! ……セイア国王」
色素の薄い髭を称えた年老いた王。
見間違えるはずもない。
彼こそイレーネをドーラン王国から買い取った張本人なのだから。
「ほう、我の姿を見てもそれほど動揺しないのだな」
「……第二王子が出てきたとなれば、後ろに誰がいるのかくらい想像がつきますから」
「はは、違いない」
表面では冷静を装っていたが、内心では恐怖の渦が巻き起こっていた。
昔から国王のことは生理的に受け付けないというか、近づきたくないと体が拒否するような感覚があった。
だがそれは今この時の比ではない。
たった今目の前にいる老人を見るだけで全身の血が逆流でも始めたかのように不快感が走る。
それこそ、あの稲妻に刺し貫かれたときのように。
「さて、もう気が付いていると思うがここはセイア王国だ。そなたに用があった故来てもらった」
セイア国王は悪びれた様子もなくにこやかに言い放つ。
来てもらったと言っていても要するに誘拐だし、十中八九、あの魔物の群れを差し向けたのはこの男だ。
ギリリと歯を食いしばる。
(皆は無事でしょうか……)
気がかりなことはいくつもあるが、今は少しでも弱みを見せるべきではない。
私はそう考えると目に力を入れて国王を見る。
「目的は?」
「強がっておるのぉ。くっくっく、我は今気分が良い。なにせ我が念願が叶う時が来たのだからな」
「念願?」
国王は大きく笑い、その声だけが牢獄に響く。
薄気味悪さを感じさせる笑い声だった。
「くっく。ふう。そなたまだ自分が何者なのか分かっていないのか? 呆れたものよ。せっかく我が守護膜を破る為のプレゼントを贈ったというのに」
「……なにを」
「赤い稲妻」
「!!」
私は弾かれたように第二王子を見る。
「その様子だともう気づいておろう? そうセイブリアこそそなたの見た赤い獣よ」
「……何を言っているの? だって彼は人間のはず……」
ガイア様も国王も、王家の方は皆人間のはず。
人間から魔物が生まれるだなんて聞いたことがない。
「戸惑っておるな。ああそうだとも。セイブリアは人間だ。……いや。人間だった、というべきかな?」
そう言いながら国王は懐から何かを取り出した。
「――な、にそれ」
――赤い、赤い玉
感じたこともないほど禍々(まがまが)しい瘴気を放つ赤黒く光る玉だった。
視認してしまえば冷や汗が止まらない。
どっとプレッシャーを浴びているみたいだ。
私の反応を見てさらに上機嫌になる国王。
「この玉は”災禍の玉”。遥か昔、初代聖女が封印した大魔が閉じ込められた玉よ。この玉を見てその反応をするということは、それすなわち。そなたが初代聖女の生まれ変わりであるということ」
「”災禍の玉”? 初代聖女?」
何を言われているのか理解できない。
(私が初代聖女様の生まれ変わり……? そんなわけ……)
「否定するか。だがそなたも見ただろう? 稲妻に貫かれ、初代聖女の記憶が蘇ったはずだ」
「あ、う」
すいっと指をさされる。
たったそれだけのことなのに、頭がズキンと痛んだ。
その痛みと共に再生されるのは稲妻に貫かれた時にも見えた映像。
誰かの目を通して見た映像だ。
(うぅ……。あれが初代聖女様の記憶だとでも言いたいの?)
「抗うか。早く受け入れてしまえばよいというのに」
「っ……。何故受け入れなければいけないの? 私はイレーネ。グレノス公国の夜の聖女。それだけよ!」
痛みを振り払うようにキッとにらみつければ、国王はさらに愉悦に歪んだ顔を向けた。
「ああそなたが苦しんでいるのを見るのは好きだからなぁ。むしろじっくりと苦しんでほしいのだが、こやつが早くしろというものでな?」
国王は歪んだ顔のまま抱えた玉を撫でつける。
「そなたが覚醒しないと意味がないのだよ。”災禍の玉”に掛けられた忌々(いまいま)しき封印を解くには、覚醒した初代聖女の生まれ変わりの血が必要なのでな」
「!!」
血が必要
その言葉にサアっと血の気が引く。
「気が付いたか? そう。そなたを生贄にこの大魔は蘇る! そうなれば我が悲願も叶うのだ! この世界は我の手に落ちるだろう! ははははは!!」
気がふれたように笑い続ける国王に身の毛がよだつ。
私の眼には、既に国王も壊れてしまっているように映った。
それだけでも恐ろしいというのに、国王の続けた言葉は私をさらに絶望へと落とす。
「それさえ叶えば今までのように奴隷を生贄に力を取り戻す必要もない!」
「奴隷を生贄に……?」
セイア王国は滅んだ王国であるドーラン王国から定期的に商品を買い付けていた国。
私もその一人として売られたわけだが、まさか……。
「まさか……。それ、なら……今まで売られてきた人は……もう」
「くく。その通り。今ではこの玉の糧になっているさ」
笑みを深める国王に、心臓が大きく音を打った。
湧いて来たのは怒り。留まることのない激流だった。
「何故そのようなことを!! 人の命をなんだと思っているのですか!!」
私たちは生まれる国を選べなかった。
望んでその身分に生まれたわけでも、まして自分で望んで商品になったわけではない。
散々奪われてきた人たちから命すら奪い取った。
その事実が許せない。
涙が一筋落ちた。
「ふはは! いいぞその顔だ!! もっと怒るがいい! 悲しむがいい! そうだな何故、か。生贄を使って我の言うことを聞く魔物を作る為、かな」
「魔物を……作る?」
「災禍の玉は生き物を魔物に変える力を持つ。封じられているとはいえこの通り、瘴気は漏れ出ているからな」
得意げに語る国王は隣を見る。
そこにいるのは当然セイブリア王子。
「……まさ、か。自分の息子を……?」
「ふふ、そう。セイブリアは我の最高傑作でな。魔物の戦闘能力に人間の知能、そして我の命令には絶対に逆らわない。どうだ? 最高の兵器だと思わんかね?」
そう言って笑う国王にはひとかけらも悪びれた様子がない。
本当に何とも思っていない顔だった。
激しい嫌悪感が広がる。
「なんて非道なことを!? 息子でしょう!? 愛情はないのですか!?」
「愛情か……。それならばある。我の役に立つこと。それこそが我の愛を受けるただ一つの方法だ。そういう意味では我はこよなくセイブリアを愛しておるとも」
国王はそこで一度区切ってセイブリア王子を見た。
そこには人に対する愛などない。
あるのは便利な道具を使う所有者の目。
私にも覚えのある目。
国中から向けられていたただの道具を見る目だ。
「それにな、我は昔からそなたが怪しいと踏んでおった。だがそなたは守護を司る聖女。並大抵の魔物では攻撃すらできぬだろう。そこで考えた。害意を向けるものを弾くのが守護の力なのなら、その害意すら出さぬ魔物を作ればよいとな」
「そんなことできるはず!!」
「できるのだよ。言っただろう? 最高傑作だと。セイブリアはな生れてくる前より災禍の玉に触れさせ自我が生まれる前から瘴気を取り込ませ魔物化させた自我のない人工魔物なのだよ。故に害意も持たぬ。玉から削りだした石の稲妻がお主に届いたように、セイブリアの剣は難なくそなたに届くだろう」
セイブリア王子の手元を見れば白銀に輝く剣が握られていた。
もしも私が覚醒してしまえば、彼は戸惑うことなくその剣を私に突き立てるだろう。
ぶるりと悪寒が走った。
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