30話 大公と真実の聖女
――聖チアーノ収容所、地下大聖堂――
シンッと静まり返ったその場所は数分で氷漬けになってしまう程冷たい空気が満ちている。
大聖堂の中心には氷の結晶のようなものがあり、その中には人間のようなものが見て取れた。
(あれが真実の聖女……)
氷の結晶の周りには床がなく、誰も近づくことができない。
その穴の底からはここよりもさらに冷たい底冷えのする風が漂ってきていた。
『来たカ。グレノスノ大公ヨ』
地を揺らすしわがれた声がこだまする。
「お初に御目文字仕る。グレノス公国の大公、ルドニーク・グレノス。貴女の力を借りたく参った」
『話ハ聞いていル。昼ノ聖女が殺されタ件だな。ゴ足労感謝すル。見ての通リワタシはココを動けなイのでな』
ルドニークはちらりと目線を向ける。
氷漬けにされた老婆。
それが真実の聖女だ。
彼女が何故ああなったのか、それは本人しか知らない。
一見氷に見えるあの結晶も、砕くことも溶かすこともできないこの世の法則から外れた代物だ。
看守は代々受け継がれて数百年立つというのに、真実の聖女は未だ代替わりした試しがないとも言われている。
『フふふ、コレが気になると見えル。マアワタシのもとに客人がクることもほとんどないのだかラ無理もなイ』
真実の聖女はルドニークの思考を読む。
氷の中では目も開くはずがないのに、今のルドニークの状態を的確に把握していた。
それこそ真実の聖女の力。
対面したもののすべてを見透かす力だ。
『ここニ来れるだけでも相当な胆力を必要とスル。だから大看守しカ来られなくてナ。退屈していタところヨ。少し昔話に付き合っテくれ』
ルドニークは話が長くなる気配を察知した。
ルドニークとしては審判だけ終わらせて一刻も早く帰りたいところ。
老人の昔話に付き合っている暇はない。
「悪いがオレとて急いでいる。国に残してきた妻も心配だ」
『そう急くデない。既ニそなたのすべては見せてもらっタ。それ故ノ昔語リだ』
「なに?」
ピクリと止まるルドニーク。
真実の聖女の言葉の意味が理解できなかったのだ。
真意を汲み取ろうと注視する。
『そう警戒せズとも取って食いハしないさ。ただそうサな。そなたの妻は守護の力を持つ聖女なのダろう? ふふ、それに目に入れても痛くなイという様子じゃアないか』
「……何が言いたい?」
真実の聖女はくつくつと声を上げる。
ひどく楽しそうに老婆は笑っていた。
『ソの妻が昼の聖女の事件ニ関わっていルかもしれないと言ったラどうするのダ?』
ルドニークはギリリと鳴るほど歯を食いしばる。
イレーネを侮辱されて殺気だったのだ。
「イレーネが昼の聖女を殺したとでも? 話にならんな」
ルドニークはイレーネがやったなどとは微塵も思っていない。
いやむしろ、やっていたとしてもイレーネの味方をするつもりなのだが。
『ホう? 罪を犯したとしテも共に背負うつもりか。いや……それよりも過激じゃノう』
またしても心の内を読まれる。
あまり気持ちのいいものではない。
ルドニークは小さく舌打ちをした。
「だったらなんだというんだ」
イレーネの敵はルドニークの敵。
イレーネを捕らえようという者や歯向かう者がいたら、ルドニークはそのすべてを切るつもりなのだ。
真実の聖女を相手に隠し事は無意味。
だとしたら下手に取り繕うよりも思っていることを言った方がよい。
ルドニークは氷の結晶を見下すようににらみつけた。
真実の聖女がイレーネに害を為すのなら、今ここで消しておくのも一つの手だ。
そう考えたルドニークは右手に魔力を集中させる。
『く、くくく、ふふははは! 面白イじゃあないか。イイだろう合格ダ』
「あ?」
その様子に耐えられないというように大きな笑い声が響く。
突如告げられた合格の声に戸惑うルドニーク。
『一応誤解ノないようニ言っておくが、ワタシは夜の聖女が昼の聖女を殺したとはいっていナイ。関りがあるといっタだけだ』
「……」
手に込めた魔力を霧散させる。
どうやらルドニークの勘違いだったようだ。
『勝手に試シたこと、まずは謝ろう。大公がコノ話をするに値するかを見定めねばならなくテな』
「……話とは」
『そうだナ。初代聖女様のことは知っているか?』
「初代の?」
初代聖女は聖女の始まりとされる人物。
数々の功績を残したとされているが、その最期を知る者はいない。
「それがイレーネの話とどうつながるというのだ」
『マあ待て。そうだなまずワタシは初代聖女様の旅のお供をしていた女だ。そして彼女の最期を知る唯一の人間でもある』
真実の聖女は語りだす。
初代聖女の最期の話は人に告げるとその人も呪われるため詳しいことは言えないこと。
真実の聖女が氷の結晶に閉じ込められたのもその呪いのせいだということ。
現代の聖女たちはその初代聖女の力を分散して受け継いでいるが、きっと初代聖女の生まれ変わりも出てくるということ。
真実の聖女の役目はその生まれ変わりを見つけこの世から呪いの元を絶つこと。
それらを語り終えた老婆は静かに溜息をついた。
『そしてワタシは先ほど、大公の魂に刻まれタ記憶をみた。夜の聖女の力ハ今までの聖女達のどれよリも強い。そしてどんどんと強クなっている。まるで力が目覚めようトするかのようニ』
「……それはイレーネが初代聖女の生まれ変わりかもしれないということか?」
『そうダ』
ルドニークはくしゃりと前髪をかき上げる。
到底信じられる話ではなかった。
だがほかでもない、イレーネに関わるかもしれないこと。
その可能性があるという時点で老婆の戯言と断定することはできなかった。
「……それが本当だとして、その呪いとやらは何なんだ?」
『呪いのことはいえナいが、全テの元凶であるヤツが夜の聖女を放っておくとは思えナイ』
「元凶?」
『……嫌な感ジがするのダ。ヤツの力が強クなっている。目覚めようとシているのがわかル』
老婆の声はフルフルと震える。
心の底からの恐怖に抗うように。
『そなたには知っていテもらわねバならない。ヤツはどんな手を使ってモ生まれ変わりの聖女を逃がさなイだろう。もしかしたら、昼の聖女の事件モヤツの思惑の一つなのかも知れヌな』
「……たとえそうだとしても、オレはイレーネに害を為すものを放ってはおかない。手を出そうとするのなら葬り去るだけだ。オレの全てを使っても」
そういうルドニークの手にはイレーネとお揃いのシルバーリング。
紫の輝きがきらりと反射した。
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