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29話 その聖女、知らせ(2)

 


「……まあそういうことで、陛下は一度聖チアーノ収容所に『真実の聖女』と面会するために連れていかれる、というかその役目が私たちキャンドルドに回ってきたの。まあ一国の主をお招きするんだから、友好国が連れてきたほうが波風たたないと判断されたんでしょうね」


「『真実の聖女』って……確か『千里眼』の?」


「ええそうよ! 彼女は特殊体質で聖チアーノ収容所から出られないからね。こちらが行くしかないの」


「真実の聖女」の「千里眼」とは対面したもののすべてを見通す能力。

 聖チアーノの番人とも呼ばれている、嘘を見抜く能力だ。


 彼女の前にはどんな大物も丸裸同然。

 どんな罪も見逃さないとされている。



「今回陛下は一応証拠もあるし、前のパーティーでのいざこざがあったみたいだからね動機も認められる。今一番疑わしい人物だから」

「そんなっ! ルドニーク様はやってなどいないと!」

「はいはい慌てなーい! だからこそはっきりさせるために向かうのよ。真実の聖女に見てもらえば、少なくとも陛下の意志によるものかそうでないかがはっきりするからね」



 ルドニーク様に嘘が見られなければ公国の意志ではないことがはっきりする。


 その場合は本当にグレノスの者がやったのかが調べられ、グレノスの者が罪を犯しているのなら賠償金やらその他もろもろの処置がほどこされる。



 逆にグレノスの者が犯人でない場合はグレノス公国を貶めようとする第三者の犯行とみて捜査が開始されるそうだ。



「今の段階ではこっちとしてもこうするしか陛下の潔白を示せなくてね。まあもちろん陛下の次はイレーネを見てもらうことになるんだけど、証拠はあるとはいえ不自然な点があるからきちんと調べないとってことらしいわ」

「不自然な点?」



 ルドニーク様が聞き返す。

 あごに手を付けて思案顔だ。


「ええ。犯人は6人いた聖チアーノ収容所の職員を全員一突きで殺せるほどの手練てだれ。その割には証拠となり得る短剣はすぐに見つかったし、死体も魔物に食わせるつもりだったとしても中途半端に残ってた。まるで刺し傷を残さないと困るかのように……」


「……つまりわざと証拠と現場を残して捜査の眼をグレノスに向けたかった誰かがいる、と?」



 確かに言われてみれば状況ができすぎている。


 手練てだれならば証拠は現場から離れた所で処理するだろうし、魔物に食べられた形跡が残っているのに刺し傷がある部分をわざわざ残して魔物が去ったとも思えない。


 偶然というにはあまりに不自然だ。


 グレノスを犯人に仕向けたい者がいると言われたほうがしっくりくるだろう。



「でも一体誰が……?」


 私は頭をフル回転させる。


 この場合怪しいとするならグレノスに敵意を持っている人間、それも聖チアーノ収容所の護送車がどのタイミングで迎えに来るかを知ることのできた人物が候補に挙がる。



 一番心当りのある人はクレア様及びガイア様。


 二人は私たちのせいで聖チアーノ収容所に行くことになった為グレノスを憎んでいるだろう。


 でもその二人は今回の事件の被害者だ。

 自分たちが死んでしまっては元も子もないので恐らく違う。



 次点ではセイア王国の王侯貴族。


 彼らならクレア様たちがどのタイミングで連行されていくか知っていたはずだ。


 だが自国の王子を殺害する意味が分からない。

 彼らが死んで利点があるものが共謀きょうぼうして犯行に及んだか……。


「あるいは昼の聖女たちから情報が漏れることを危惧きぐして口封じをした、かだな」


 ルドニーク様もそう考えていたようで口を開いた。



「考えたくないですがそうですね。聖女の殺害は大罪です。だけど口をふさぎたかったからグレノスに罪を背負わせようとした」


 私がそれに相づちを打つとルドニーク様は驚いたように瞬いた。


「驚いたな。イレーネの前ではあまり血なまぐさい話をしたくなかったんだが、意外と冷静に分析しているし、この状況にも狼狽うろたえていない」

「えっ? ……ああ。セイア王国では王子の代わりに軍備の統括とうかつや作戦を練ることもありましたから、ある程度の話は慣れています」



 私はセイア王国では様々な仕事にたずさわったことがある。

 軍部会議にも王子の代理として出たことがあった。


 ……意見は全く聞いてもらえなかったし、何なら邪険にされてしまっていたが。



 そこではたと気が付く。

 グレノスに来てからは皆優しいからそれに甘えていたが、女が軍の話に参加するなどあまりいい顔をされることではないのではないか、と。


 さあっと血の気が引く。



「あっ、出すぎたことを……」

「いや、感心していたところだ。妃にそういう知識があるとオレとしても助かるしな。公国民としても心強いだろう。これならオレが少し国をあけても大丈夫そうだな」



 そういって私の頭を撫でてくれる。

 その手はとても優しい。


(そう、そうね。この人が疑われているのなら、一刻も早く解消してあげたい。そのためにも私がこの国を支えなければ)


「ありがとうございます。私精いっぱいこの国を支えますので、ルドニーク様はご自身の疑いを晴らしてくださいませ」

「ああ。少しばかり離れる」


 ルドニーク様は私を抱きしめると名残なごり惜しそうに額に触れるだけのキスを落とした。




「まーお熱いこと」


 隣から聞こえた声に振り返るとルイがニヤニヤしながら頬を染めていた。

 そういえば皆いるところで……。


 ぼっと顔が熱くなる。


「あ、いや。あの、これは……」

「あはは! いーのいーの! 感動のお別れだからね。と言っても陛下を護送できるのは早くても明日なんだけどね!」


「え?」

「だってあたしだけで行くわけにもいかないじゃない? 後続の部隊が到着するのがたぶん明日なのよね」


 そうなのか。では今のお別れの挨拶の意味がなくなってしまう。

 せっかく気合を入れた所なのに出鼻をくじかれた様な気分だ。


 結局その日はいつも通り過ごすことになり、私はとりあえず睡眠をとるために自室に向わされたのだった。




「大公陛下、お迎えに上がりました」


 翌朝、後続の部隊が到着した。

 キャンドルド聖神国の者達は皆見知った顔だった。


 昨日のルイもそうだったが、そこにはルドニーク様を疑っているような雰囲気はない。



 だが何故か私の中には嫌な予感めいたものが渦を巻いていた。

 今日別れを告げたらもう二度と会うことができなくなってしまうような、そんな漠然ばくぜんとした不安だ。



「話は聞いている。無実を証明するために参るとするか」


 ルドニーク様は既に支度したくを済ませている。

 私がよくわからないモヤモヤを抱えている間に、後は乗り込むだけになっていた。



「そうだイレーネ。手を出してくれないか?」

「え? はい」


 ルドニーク様は私の左手をとると、薬指に何かをつける。

 見れば銀色の光が反射していた。


「これって……」

「お守りだ。つけていてくれ」


 紫色の小さな光がたくさん散りばめられたシルバーリング。

 そこに口づけが落とされる。


『我が半身はこの者とともに』


 ぽうっとリングが熱を持った。


「必ず君のもとに帰るから。何があっても君を守るから。少しだけ待っていて」



 そう言って微笑むルドニーク様に私は何故か泣きたくなった。


(でも、彼の方が不安なはず。それなのに私が心配させてはいけないわ)


 だから不安を押し込めて笑う。

 彼がいない間は私が国をお守りするんだ。


 そう強い意志を込めて。


「はい。おかえりをお待ちしております。国のことはお任せください!」


 そういえばルドニーク様は安心したように微笑み頭をひと撫でし、額に口付けを落とす。


「ああ、行ってくる」


 ルドニーク様はそう言い残し連れられて行った。


 彼の隣にはルスランが追従する。

 彼は優秀な聖魔導士。


 だからきっと大丈夫。

 信じよう。彼らが帰ってくると。



 見上げた空は相変わらずどんよりと曇っていた。




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