――ある聖女の記憶――
クレアはセイア王城の地下監獄に入れられていた。
石の壁と床に粗末なベッドが一つ。
食事は1日2回。しかもそれは罪人が食べるような固いパンと冷めたスープだけ。
時折虫が這うようなカサカサという音が響くたび、クレアはびくりと体をこわばらせた。
陽の光が入らない地下の牢にいるとあのパーティーから何日が経ったのか知るすべもないが、随分と時間が経ったようにも思える。
そんな生活に公女であるクレアが堪え切れる訳もなく、今のクレアはやつれにやつれ、精神にも異常をきたすほどだった。
「出ろ」
その日はいつもと違った。
眠っていたところを強制的に起こされ、強制的に歩かされた先にはセイア国王が待ち受けている。
膝をおり、手をついた床は冷たい。
「昼の聖女クレアよ。そなたは聖チアーノ収容所に収容されることとなった」
「……聖チアーノ……? なっ!?」
クレアの意識はそこで覚醒する。
勢いよく顔を上げればはるか高みにその言葉を告げた王がいる。
それでもクレアは必死に見上げ声を張るほかなかった。
聖チアーノ収容所とは罪を犯した聖職者並びにその関係者を収容する場所で、厳しい規則と就労の義務を負う場所。
セイア王国の遥か北部に位置し、年中雪が積もる極寒の地だという。
貴族であり今まで散々贅沢を享受してきたクレアでは到底受け入れることのできない罰である。
「な、なぜです!? なぜわたくしがあんな場所にっ!?」
「聖女に手を出すからだ馬鹿者が」
「っ!! で、ですが相手はあのイレーネですよ!? それなのにっ」
セイア国王はひたすら温度のない目でクレアを見ている。
そしてちらりと横に並ぶ王族に目線を送る。
その目線は第一王子ガイアに注がれていた。
「ああそれからガイア、お主も共犯とみなされた。故に共にいくがよい」
「なっ!? どういうことですか父上!!」
ガイアにとってはまさに寝耳に水だった。
何故自分までそんなところにいかなくてはならないのか、皆目見当もつかない。
「今申した通りよ。連れていけ」
兵は無常に2人を縛り城の外へと引っ張っていく。
「い、いや!! いやあああ! 王よどうかご慈悲を!!」
「父上俺は関係ありません! どうか俺だけはお助け下さい! 父上!!」
二人の叫びは誰にも届かずに扉が閉まる。
そこには既に聖チアーノ収容所の職員が迎えに来ていた。
護送車に乗せられ国から遠ざかっていく。
それから1日、クレアはずっと泣き続けていた。
「うぅ……ひっく。ど、どうしてわたくしがこんな目に」
クレアはこの世の終わりのように嘆き悲しむことしかせず、ガイアはそれに激しくイラついていた。
「うるせーな! もとはと言えばお前のせいだろうがっ!! くそっ! 巻き込まれたこっちはいい迷惑だ!!」
額に青筋を浮かべぎろりとクレアをにらみつける。
「何よ! 全部わたくしが悪いと言いたいの!? あなただって全く仕事できていなかったくせに!! それにイレーネなんかに鼻の下伸ばしちゃって、いやらしいったらないわ!!」
「なんだとこのくそアマ!! お前だってあの男に色目使っていただろうが!!」
激しい喧嘩に発展した。
両者とも両手を拘束されている状態なので口論しかできないが、護送の者たちからすれば非常に煩わしいことこの上ない。
――ガタンッ!!
「きゃあ!?」
「うわっ」
しばらくぎゃあぎゃあと騒いでいたが、護送の馬車が大きく揺れ止まったことで二人の喧嘩も止まった。
辺りはシンっと静まり返っている。
「な、なに? 何が起こったの?」
クレアは体をずらして小窓の外を見る。
そして目に映ったものは……
「――っ!?」
辺り一面の血の色。
まさに今、舞い散る赤が小窓にべしゃりと付着する。
「っあ。あぁあっ」
その赤の中からずるりと出てきたのは大きな黒い影。
魔物だろうか。
クレアは回らない頭でそう考える。
このままでは自分まで危ないと。
本能的に、あの影が自分に害を為すものだと気が付いたのだ。
奥へ。少しでも奥へ行ってやり過ごそう。
クレアはそう思いズリズリと這って身を縮こませる。
「? なんだ?」
外の様子を見ていないガイアはこの現状に気が付いていない。
するりと影が馬車の中に入ってきた。
「兄さん」
温もりが全く感じられない声が暗闇から聞こえてきた。
「ん? おお! セイブリアか!?」
(セイブリアですって!?)
クレアは物陰に隠れながら驚愕に顔を染めた。
セイア王国第二王子セイブリア・シュラトン。
その存在意義は――暗殺。
王家の敵を秘密裏に葬り去る役目を負っている人間なのだ。
その彼が来たということは……。
クレアの全身から血が引いていく。
しかしそんなこと想像もしていないガイアは喜色に満ちていた。
「お前が来たということは俺を助けに来てくれたのだろう!? やはり父上は俺を見捨てなかったのだな!」
「うん。そうだね」
セイブリアはそう言いつつも剣をガイアの胸に突き立てた。
「がっ……は。な、にを……」
「父さんから伝言だよ。”もう用済み”だって」
突き立てた刃を引き抜く。
馬車の中がガイアの血で染まった。
心臓を一突き。
ガイアは誰がどう見ても既にこと切れていた。
「……うまく隠れているつもりなんだろうけど、全然ダメだよ」
セイブリアはそのままクレアの隠れる物をどかすと銀色の光をクレアの目の前に突き付ける。
「ひっ!! ま、待ってくださいまし! っわたくしはまだやれます! 昼の聖女として、いえセイア王国の聖女として頑張りますから! どうか王にお伝えを……」
恐怖でがたがたと震え涙を流しつつも必死に言い募る。
セイブリアは相変わらずなんの表情もなくクレアを見つめる。
「貴方にも父さんから伝言。”お前ももう用済みだ。思ったよりも役に立たなかった”」
「そ、そん、な」
クレアはガクリと項垂れる。
もはや何を言ってもこの場は覆らないことを悟ったのだ。
「”ならば最期くらいは我の役にたつが良い”だって」
そう言い放つセイブリアの後ろ、小窓からは大きな赤い月が見える。
血のように真っ赤な月に彩られた剣がやけにゆっくりと振り下ろされた様な気がした。
それがクレアの見た最後の記憶だった。
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