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番外編 ある日の聖女

 


「はあぁ~」


 私はベッドに転がり大きなため息をついていた。

 もうべったり潰れた状態で、普段の自分であったら絶対にしない恰好だった。


 少し前から胸がもやもやするというか、ぐっと詰まる感覚がするというか。

 まあそのせいで現在絶賛落ち込み気味なのですが。


 また一回転大きな抱き枕を抱えながら転がる。


「どうしたんですか~? そんなに大きな溜息までついて~」


 本日のお世話係であるカリンも不思議そうに首を傾げた。


 私はむくりと起き上がって彼女をじっと見る。


 キラキラと光を反射させる黒い髪は高い位置でお団子にまとめられており清潔感を出している。

 瞳はグレーに染まっており眠たげな垂れ目が可愛らしい。

 メイド服は足首までの長さだが一部の乱れもなく完璧な状態で着こなしている。


 ここにはいないが、カリンと同じ世話係のミルテは艶のあるこげ茶色の髪をポニーテールにして、騎士のようにきりりとした切れ長の目を持っていてカリンとは違った魅力がある。

 ……こう、お姉様、とお呼びしたくなるような。


「はああぁ……」


 またしても大きなため息が漏れる。

 カリンを見て溜息を零すという大変申し訳ないことをしてしまった。


 でも仕方がない。

 今悩んでいることは彼女達にも関係することなのだから。


「ほらほら~。話してみてください~。すっきりするかもしれませんよ~?」


 カリンは溜息をつかれたというのに嫌な顔一つせず私の心配をしてくれる。

 見た目だけじゃなく性格までいいとは恐れ入る。


(でもそうね。一人で悩んでいても確かに解決しないことだわ)


 私は決心して気持ちを打ち明ける。


「……実は」



 ――


「え? 陛下の好みが分からない?」


「はい。いやあの、ルドニーク様の好意は伝わってきているのですが、そういえばルドニーク様の好みとか聞いたことがないなぁと思って。……この前のパーティーでもルドニーク様おモテになっていましたし、きれいなご令嬢や可愛らしい女性達と話すことも多いでしょう?」



 そう。前回のパーティーでの悶着(もんちゃく)。


 あの件でルドニーク様が女性に好かれるということを再認識させられた。

 当然もとからきれいなお顔に均整のとれた体であることは分かっていたのだが、それでも実際に他の女性に囲まれているところを見てしまうとどうしても自分は魅力(みりょく)が足りないのでは? と思ってしまうのだ。


(……ティアのこともありましたし、魅力がない私ではいつか飽きられてしまうかもしれません。それこそルドニーク様でしたらより取り見取り……)


 考えていて気持ちが重たくなってしまった。

 顔をしょぼしょぼさせる。


「それに城にもカリンやミルテ、他のメイドさんたちも素敵な方が多いです」

「キャーー!! イレーネ様に褒められた~!!」


 カリンはきゃあきゃあと喜び飛び上がっている。

 そんなところも可愛らしい。

 それに比べて私は……。


「でも私はいつも髪は下ろしたままですし、おしゃれもさっぱり」


 そう。私は服などは着られれば良いと考えていた質だし、髪のアレンジなどしたことがない。

 つまりはおしゃれに無頓着(むとんちゃく)。


 これではダメなのでは?

 パーティーの後くらいからそう思うようになった。


「このまま魅力のないままの私ではいつか飽きられてしまうかもしれない。だからカリンの力を借りたいのです」

「それはもちろんですけど~、イレーネ様はそのままでも素晴らしく魅力的ですよ~? それに陛下がイレーネ様に飽きることなど絶対にないです~」


「絶対?」

「はい~。絶対~」


 カリンはふいに横を向いて何事かをつぶやいた様だったが聞き取れなかった。


「えっとすみません。聞き取れなくて。何か言いました?」

「いいえ~? では微力ながら精いっぱいの提案をさせていただきますね!!」


 両手を前で握り、ずいっと体を乗り出すカリンの眼は爛々(らんらん)と輝いていた。

 なんとなく息も荒くなっていて怖い。


 私は尻込みをした。


(って、ダメじゃないイレーネ! 何を弱気になっているの!)


 気合を入れ直してカリンを見つめた。




 ◇




「キャーー!! 可愛らしい!!」

「次! 次こちらをどうぞ!!」

「イレーネ様が美しすぎて!! 命助かる!!」

「え?? 女神ですか??」

「ここは楽園だった……?」


「髪はシニヨンにしてみますか!?」

「いいえここは東の小国のまとめ髪はどう!?」

「ダメだわ! 全てお似合いすぎて決まらない!」

「というか今日の会食大丈夫ですか!? 陛下死んじゃわない!?」

「あんた不敬よ! でも心配だから医師をお呼びしておきましょう!!」



 あれから1時間。

 私は多くのメイドさんたちに着せ替え人形にされていた。


 いや言葉が悪かった。

 メイドさんたちは私に似合うスタイルを検討してくれているのだ。


 といってもカリンが彼女たちに声をかけたわけではないそう。

 曰く「ルンルンで衣裳部屋に向かっていたら次々と湧いて来た」らしい。


 私は知らなかったが、この城には私専用の衣裳部屋なるものがあるらしい。

 そこには世界中から集められた衣装があるそうで、王道のドレスから民族衣装までなんでもあるそうだ。

 普段の私はいつも修道着を着ているのに衣裳部屋って……。


 だけど彼女たちが持ち込む服の量を見ると間違いなくあるのだろう。



 ――コンコン


 ドアがノックされる。

 そこから顔を出したのはミルテだった。


「お前たちイレーネ様の部屋で騒々しいぞ。何をしている?」


 彼女は今日も凛々しくて立ち居振る舞いに優雅さを感じられる。

 たった少しの言葉だったのにそれまで騒いでいたメイド達が一斉に黙って私への道を作ったほどだ。


 ミルテと目が合う。


 ――ドウン!!


「ええ!? み、ミルテ!?」


 吹き飛んだ。

 比喩(ひゆ)ではなく真剣に吹き飛んで、部屋の入口と反対側の廊下の端にまで飛んで床に転がっていた。


 慌てて駆け寄ると床に手をつき立ち上がろうと……あいややっぱ無理そうだ。

 そのまま崩れ落ちた。


「っく。わが生涯に一片の悔いなし」

「っちょまって。死なないでミルテ!! なんで!? なんでなのミルテさん!?」


 助けを求めてメイドさんたちを見れば皆やり切った顔で親指を立てていた。

 訳が分からない。



「あはははミルテ死んでる~」


 笑いながら寄ってきたのはカリン。

 助かったと思いカリンを見れば目隠しをしたままのカリンがいた。


「……え?」


「あっこれですか~? 直視したら死ぬので今日一日はこれでお仕えしようかと」


 あっけらかんと言ってのけるカリン。

 というか見たら死ぬって……。


「私呪われているんですか!?」


 泣きそうになる。

 そんなはずはないと思うのだが。


「いや呪いというか祝福? 可愛らしすぎてもはや光源(こうげん)なんですよ~」

「光源??」


「大丈夫です~! 特殊な訓練を受けているので視界が無くてもいつもとそう変わりませんよ~……ぐっ……けはぁ!!」

「!?」


 カリンが耐えきれないというようにぶるぶると震えたと思ったらいきなり吐血した。

 どういうことだ。


「ふっ、お前のことだ。聴覚に意識が集中しすぎてイレーネ様の福音に耐えられなくなったのだろう」


 膝に抱えていたミルテが薄目を開けてカリンを見て笑った。

 もはや混沌(こんとん)と化した部屋の前。



 いつの間にか部屋にいたメイドさんたちはいなくなっており代わりに遠くからメイドさんに連れられてやってくるルスランとルドニーク様の姿が見えた。


 どうしましょう。

 カリンもミルテも今は動けない。


 というか、二人が私を見てこの状態になったのだとしたらこれ以上犠牲を払う前に部屋に引きこもるべきではないか。


 そうは思えど、既に後の祭り。

 ルドニーク様達はもうすぐそこまで来ていた。



「!! い、いけません! 私を見ると……死にます!!」



 咄嗟(とっさ)に私の口から出た言葉は触れるモノ皆傷つける、悲しい化け物の言葉だった。


 私の叫びを聞いたルスランが理解するよりも前にルドニーク様を庇うように前に出る。

 そして私と目が合う。


 ルスランのルスラン(眼鏡)が割れた。

 ついでに顔から変な液体を噴き出し、溶けていった。


「ル、ルスランーーーー!!!」


 崩れ落ちるルスランに叫ぶ私。


 ああ、また1人犠牲者を出してしまった。



「うわっなんだこの液体! どうしたルスラン!」

「う、うぅ。へ、陛下。見てはいけません。最悪死にます」


 そう言い残し廊下に倒れるルスランにルドニーク様は首を傾げこちらを見る。


 見てしまった。


 瞬間ぴしりという音がした。


「あ、あのルドニーク様」

「……」


 いくら待てど他の3人のような変化が見られないルドニーク様に少しだけ安堵した私だったが、ルドニーク様は一向に視線を反らさない。


「……? ルドニーク様?」

「……」


 あまりにも動かないことに心配して、突っ立ったまま意識を失っていたカリンを寝かせてからルドニーク様の元へと移動する。


「あの……?」

「……」


 不自然過ぎたので手を顔の前で振り、口元に当ててみる。

 息をしていなかった。


「し、死んでるっ!! だ、誰かーーーー!! メイドさんたち来てくださいいいい!!!」



 ――



 これがのちの時代まで語り継がれるグレノス強者たちの瞬殺事件である。


 イレーネがどんな恰好をしたのか、それは秘密である。


 ただイレーネはその後3日間は傷ついて引きこもっていたし、側近たちも思い出してはダメージを受けるのでいつも通りになるまで1週間はかかったという。


 イレーネのおしゃれの道は険しい。




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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだ、このカオスは・・・。 天国なのか地獄なのか・・・。
[一言] ꉂꉂ(˃ᗜ˂๑)笑ꉂꉂ(˃ᗜ˂๑)笑ꉂꉂ(˃ᗜ˂๑)笑 :(´ཀ`):グフッ ٩(*´ཫ`*)و♡ な状態になっちゃったんですね。 きれいすぎて直視出来ないと。
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