番外編 グレノスの愉快な日常
「ルドニーク様! 見てください! お手紙が届きましたよ!!」
朝、イレーネが嬉しそうに執務室に駆けてきた。
ルドニークはそれを笑顔で迎える。
「そうか。新しい友達だったか? よかったじゃないか」
「はい! ティアからの手紙です!」
今まで友人ができなかった反動なのか、イレーネは友人を特別大切にしている。
今も宝物を扱うように手紙を大事に抱えていた。
「そういえば、ティア留学に行くことになったんですって!」
ルドニークの頬が僅かに動く。
「留学?」
「はい。ええっとミュルヘンダーク学園ですって。ご存じですか?」
「いや?」
ルドニークは笑顔のまま答える。
嘘である。
本当は知っていた。
ミュルヘンダーク学園とは10歳から18歳までの貴族たちが通うことのできる世界でも有数の教育機関だ。
世界中から生徒が集う6年制の学校で、108もの厳しいルールに従い生活する。
その厳しさはどれだけわがままに育った貴族たちも1年もすれば品行方正な貴族の鏡になると言われているほどだ。
イレーネは知るはずもないが、ティアラローズをそこへ向かわせるように仕向けたのは何を隠そうルドニークであった。
「学園なんて行ったことないので一度見てみたいものです!」
ルドニークの嘘に気が付かないイレーネはうきうきと想像を膨らませてニコニコと笑っていた。
「そうか。返事はもう書いたのか? 留学に行くのなら早く返事を書いてあげないとな?」
「あっ! そうですね! 今から書いてきます」
そう言ってイレーネは自分の部屋へと戻っていった。
「……はあ~」
ルドニークは深く息を吐きだす。
机に両肘をつき目を隠すように手を組んだ。
「なんだあれ……。ばかわいい……。イレーネを貶した国にお咎めがないと思ってる……。可愛い……」
「陛下……」
顔を隠していてもハートのオーラが漏れ出ているルドニーク。
ついに黙々と作業していたルスランが書類から顔を上げた。
その顔は何かを言いたげだ。
「違うぞ? オレのいう『ばかわいい』とは『馬鹿にならないほどかわいい』の略だぞ?」
ルドニークは全く見当違いなことを弁明する。
ルスランはそれに深いため息をついた。
「はあ~。何を言い出すのかと思ったら……」
続く言葉は「仕事してください」か「大公という意識をしっかり持ってください」か。
その口が開くのを待つ。
「……めっちゃわかります」
「だろ~!?」
ルドニークとルスランは固く手を結んだ。
ルドニークたちはイレーネのことになると知能指数が著しく低下する生き物だったのだ。
ルスランは丸眼鏡を光らせて語りだす。
「僕の思うイレーネ様の可愛らしいポイントは何と言ってもお祈りしているときですね!」
(わかる~!!)
ルドニークは深く頷いた。
誰も止める者がいない会話はヒートアップしていく。
「いつ見てもお祈りは神々しく、初めて見た時などは『え?? 女神様降臨?』と思いましたね。お祈りしているときはすごく凛々しく素敵なのですが、お祈りし終わった後に僕らを見つけると急に笑顔になる。そういうギャップというのでしょうか。あれにもうぎゅっとやられます」
「わかる~」
大公の威厳はどこへやら。
もはや口調がでろでろに溶けていた。
「今、イレーネ様の話してましたぁ?」
天井の一部がボコンと開きカリンが顔を出す。
カリンはそのまま床に降り立った。
「どこから来ているんだお前は」
「天井通路で~す。任務のご報告に参りましたぁ」
しゅびっと敬礼をするカリンは黒一色のパンツスタイル。
非常に動きやすそうな恰好だ。
実はカリンは別任務で秘密裏にポプリンゲルグにまで行っていたのだ。
「ご苦労。首尾はどうだ?」
「はい~。ポプリンゲルグからグレノスまでの道路整備を全面的にあちらに任せることで締結しましたぁ」
「そうか。よくやった」
ルドニークはあのパーティーでのことを許してはいなかった。
当然だ。何よりも大切にしている者を貶されたのだから。
大公妃を貶めたのだ。それ相応の報いは当然受けてもらわねばならない。
それ故の賠償交渉がカリンに任せられた任務であった。
断るようなら両国間の諍いに発展しただろう。
それだけティアラローズのやらかした罪は重いし、その罪に年齢など関係ないのだ。
パーティーの場で怒り狂わなかっただけルドニーク達は我慢した方だった。
「まあそんなことより~。あたしのイレーネ様の魅力だと思うところは何と言ってもお優しいところですね~」
((わかる~))
ルドニークとルスランがシンクロしながら頷いた。
ここにいる者達はイレーネのことになると知能指数が著しく低下するのだ。
重要な報告を「そんなことより」で片づける程、彼らにとってはイレーネが第一。
「知ってます~? イレーネ様あたし達みたいなメイドやシェフ、庭師なんかにも微笑みながら挨拶してくれるんですよぅ。も~、そんなことしてくれるのなんてイレーネ様くらいなんじゃないかって~。そりゃあ民たちからの支持率がエグかったりイレーネ様にお仕えしたい競争が開催されたりするのも無理ないですよね~」
「「わかる~」」
そうそう。誰にでも優しくできるっていうのは美徳だよな。
などと言いながら頷き続ける三人。
ツッコミは依然として不在だった。
こんなところをほかの人に見られたら大惨事であること間違いなし。
そこに音もなくドアから覗いている人物が1人。
ミルテだった。
「まったく皆揃って何をしているのかと思えば……」
ぬるりと入り込んで静かにドアを閉め大きく息を吸いこんだ。
「イレーネ様の魅力は何と言ってもその寝顔ですよ!!」
「わかる~!!」
ミルテもまたイレーネのこととなると知能指数が残念なことになる人間の一人であった。
今までと違うのは、彼女の言葉に同意を示すのはカリンだけということだ。
「寝顔……だと!?」
「ぐっ。僕には無理なところをついてきやがった!!」
謎に悔しがるルドニークとルスラン。
ミルテは勝ち誇ったようにドヤ顔を決めた。
「それはそうですよ。わたし達がイレーネ様の就寝時に部屋に立ち入らせると思いますか?」
「それは……。というか今イレーネはどうしている?」
「お眠りになりましたよ。今は護衛騎士に守らせています。それよりこちらをご覧ください」
ミルテが取り出したのは一枚の便せん。
“ティアへ~~~”とだけ書かれている物で、「へ」の後にミミズが走ったようなインク跡が残っている。
「そ、それは……?」
「イレーネ様の寝落ちによる書き損じです」
その瞬間ルドニーク達にはなんの変哲もない便せんが光り輝いたように見えた。
「「「ね、寝落ち!?」」」
キュンの嵐が執務室に吹き荒れる。
「そうです。イレーネ様、ウキウキで書き出したはずなのに10時になったらうとうとしてしまって。眠気に抗うことなくお眠りに……。ふふ」
「ちょ、ちょっと待て。ということは!?」
ルドニークが何かに気が付いたように声を上げた。
にやりと笑うミルテ。
「はい。お姫様抱っこでベッドまでお運びいたしました」
「なんてことだ……」
ルドニークは言葉を失った。
尊さと羨みで感情がごちゃまぜになったのだ。
すっと無表情で手を上げる。
「競り落とそう。いくらだ?」
「陛下、非売品です」
「そうか……。では仕方がないな?」
そう言うルドニークの眼は微塵もあきらめていない者の眼だった。
他の二人も加わって実力行使での奪い合いに発展する。
ドタンバタン!!
荒れる執務室。舞い散る書類。
その時ドアが控えめにノックされた。
「陛下? 先ほどから少々騒がしいようですがどうかなさいましか?」
城の兵だ。
4人はぴたりと動きを止め瞬時に部屋の片づけをしだす。
その間、僅か数秒。
国のトップと幹部が揃っている部屋で、こんな幼稚な乱闘が起こっているなど他の者に知られては沽券にかかわる。
「陛下? 侵入者ですか? 入りますよ」
ギイっと音を立てて開かれたドア。
兵が見たものはきれいに片付けられた執務室とぴしっとした表情で仕事をしている4人の姿だった。
「……あれ?」
「どうした?」
兵は不思議そうに見ていたがやがて何でもないですと言い残して出ていった。
今日もまた、この4人がイレーネのことになると知能指数が著しく下がるという秘密は守られた。
そんな昼下がりだった。
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