第七十六話 需要
山城歴157年 進入禁止宙域
閃光型駆逐艦 ブリッジ
予想外の事態に困惑しながら、閃光型駆逐艦は転進する。
降伏した艦は微動だにせず攻撃できない、敵艦隊の中間にいた艦は閃光型を見て逃げ出してしまう。
後方にいた大型艦は潮流の中程から、同じ艦隊の逃げ出した巡航戦艦に攻撃を掛けており、注意がこちらを向いていないため、本来であれば攻撃したいところだったが、相手は潮流の中にいる。
射程距離の短いレーザー砲を使うために、潮流に入り込んでまで攻撃することは躊躇らわれた。
そのため、攻撃する予定だった先行してきていた降伏した敵艦を、別のポイントへ逃す。
そして、姿を表した状態では長距離から砲撃される事になるため、自分たちも一度別方向へ転進し、もう一度身を隠すことにしたのだった。
敵から遠ざかりながら、艦長である松浦もブリッジに設置された砲撃手の席から操縦席に戻り、副操縦士の席にいた護も高野と交代で艦隊の司令官として座っていた艦長の席へ戻る。
「すぐ次の作戦を練らないとな、まったく。」
「拍子抜けというかなんというか。」
「一隻減ったと、考えるべきでしょうか?」
「いえ、あの艦のAIは何か変でした、壊れている……暴走している可能性があります。急に考えが変わって攻撃を仕掛けてくる事も考慮にいれてください。」
「バルのように物分りがいいといいのだがな、ポイント到着後に武装を解除することまでとりあえず送信しておいた。」
「今、丁度返信が届いたところだ。結衣さん、開くから輸送船みたいにシステムが乗っ取られないように注意してくれよ。」
「高野、なんて言ってきたんだ?」
「整備用のドローンや機器は搭載されていないため、本艦による武装解除は不可能、とのことだ。」
「相手は私と同じAIです、役に立たないなら存在意義もないでしょう、自沈するように言えませんか?」
「AIがどのように判断するかはわかりませんが人間だったら降伏させておきながら自沈するように言えば、反発しかねません、今は放っておきましょう。解析室へ連絡、忙しいでしょうが停船させたポイントに近づいたら撮影用のドローンを一台飛ばすので、モニターして降伏した艦の見張りをお願いします。」
「画像の映りまでは保証できないけど、やってみるよ隊長。」
「整備班よりブリッジへ、レーザー砲の電力は一度抜くっすよ。」
「そうしてください。それと警戒レベルは下げないので、まだ宇宙服は脱がないでくださいね。」
「閃光型が武器を使わずに収めるなど、恐らく前例がありません……少なくともこの艦ではありませんでした。」
「相手に困らないのはうらや――――」
「松浦、それ以上は不謹慎だから止めとけよな。」
「さて、あの二隻がどう動くのかによって再攻撃するかどうかが決まるけど。」
「はいはい、解析室からだよ。リアクター反応があった艦が副砲機銃、なんでも使って僚艦を攻撃してるみたいだ。」
「草壁さん、攻撃されてる相手の方はどうでしょうか?」
「逃げようとしてるところまでは確認した、反撃はしてないと思うよ。潮流の中だし詳しいことまではわからないけど。」
「想像するに上司が逃げた部下を一方的に殴ってるのか? きついぜ、そういうのは。」
「そうだな……とにかく、少し移動して仕切り直しだ。みんな、交代でまた仮眠を取ってくれ。」
「了解、相手は不眠不休で動けるからなぁ、こっちの休息時間は大事だな。」
「結衣さん、抜けた分のサポートをお願いします」
「了解しました。」
――――
進入禁止宙域 艦載戦闘機 蒼鷹
閃光型駆逐艦が予想外の事態により後退を余儀なくされていた頃、救助に成功した工作艦と敵艦隊のだいたい中間に位置する潜伏中の蒼鷹は、撃ち漏らした敵艦や別位置からの追撃に備えて待機している。
かなり大きめの戦闘機であるこの機体は副操縦士ともう一名パイロットを乗せ、交代で詰めることも想定されて設計されているため、コックピットとは別に休憩室が一部屋だけ用意されている。
もちろん狭く、睡眠と食事を取ることができる程度の空間だが、コックピットで常に気を張っているよりはマシだ。
今まで数時間、先行して輸送船と接触してから潜伏、待機を続けてきたがなかなか連絡がない。
そのため、パイロットの二人は交代で休息を取っていたのだった。
「まずい……。」
現在、菅原隊員が前にして口にしているのは、狭い戦闘機内でもそのまま食べられる、固形物やゲル状など数種類のレーションだ。
常温でも、温めても食べられるが、その味は隊内でもかなり不味いことが知られている。
それが食料箱いっぱいに詰められており、万が一母艦である駆逐艦が沈んだ場合でも工作艦と合流後に逆巻港に帰還できるようにとの配慮により、かなりの量が載せられた。
そんな配慮と知ってはいても、この量を見ながら味を知ってしまったら、たった数回食べる間にうんざりしてしまうのも仕方のないことだろう。
腹に収めれば食べた「気」は、するが色も香りも味もしないような白い粘土を固めた固形物、これは口に入れると食べ物という感じはせず体が拒否反応を示しとにかく苦痛になるほど気持ち悪い。
ひたすらドロドロの液体を喉の奥に流し込むだけのゲル状の物も同様で、地球で盛んだった検査に使うバリウム、とまでは言わないが飲んでいる感覚で吐き気さえしてくる。
更に液体の方には少々風味があるが、それがまた微妙で、その香りが食後も口の中を満たし、後味も悪かった。
「……なんでこんな携帯食が存在するんだ……?」
――――
このレーションを製造していたメーカーはすでにない。
戦争中から存在し、要塞逆巻から逆巻市に変わる際にも残った外付けの工業地帯。
そこにあった軍需物資の工場が一部、民営化した際に立ち上がったその会社は、四十年近く経営を続けていたらしい。
最初は、居住地としてそして資源中継基地として人々が行き来し、船内用品の需要は高かったようだが、業績は徐々に低迷。
去年、遂にその長い歴史に幕を閉じていたのである。
不況のためか? 味のためか?
それは調べてみなければわからない。
抱えていた在庫は、会社と縁が深かった老夫婦が経営する小売店がその全てを引き取り、その店の商品として安い値段と在庫数だけを掲示したまま、倉庫で眠ることになる。
しかし、山城歴157年 三月。
十二名分の非常食として一ヶ月分程度の量が購入される。
そして、九月。
十七名、一ヶ月分が更に購入され倉庫から出された。
それから、十一月。
十八名、一ヶ月分。
二十二名、二ヶ月分
それぞれ買われていったことで遂に倉庫の在庫は尽きる。
引き取ったはいいが途方に暮れていた老夫婦は涙を流し、その全てを購入していった黒髪の女性に深々と頭を下げて見送った後、店を閉める決心をしたようである。
購入理由はもちろん、安さとまとまった数があったことであり、味や利便については二の次だ。
かくして、購入費用が予算内にしっかりと収まり、準備時間を大幅に短縮できたため、三日という速さで準備を整え、警備隊は出港できたのだった。




