第五十八話 地球からの伏兵
山城歴157年 工作艦AR-70 ブリッジ
警備艦隊の隊員たちは、病により床に伏した隊長の護を心配しながらも遭難したと見られる輸送船を探して危険宙域を航行している。
そのため、現在は作業に追われており気が抜けない状態だ。
護の看病を明石隊員に任せているが、広瀬隊員を駆逐艦に招くために少しでも早く、停船する予定の位置まで艦隊を進めたい。
そんな思いで艦長と副長は行動を早めようとしているが、交代する人員の調整しながらの作業であり、そして未調査の潮流による各機器の混乱により、上手くいっていなかった。
工作艦の戸賀艦長も、遅々として進まない行程に苛立っている。
度々、ブリッジに足を運んでくる広瀬隊員や他の隊員からも護の容態を気にする声が挙がっているが、それはもちろん戸賀艦長も心配しているのは一緒である。
だが、今は先行している駆逐艦側の邪魔をするわけにもいかずに、とにかく予定のポイントまで艦を進めることだけに集中していた。
――――――――
閃光型駆逐艦 医務室
「隊長……。」
護はさらに熱が上がったようで苦しそうだ。
「すぐに止めて広瀬さんに来てもらったほうが良さそうなんだが、余計なことを言えない自分が恨めしいよ。」
明石隊員は心配になり、医療機器を操作し簡易だが診断システムをもう一度動かすとウイルス性の反応が出る。
「ウイルス! これは……。」
すぐに、マニュアルに従って悪質な病原菌などに対処するべく設置された設備を動かして緊急措置を行い自動で装置が、この医務室を密閉する。
「艦長、副長! 聞こえるか? まずいことになった!」
「こちら高野、なんだこの警報は? 明石さんどうしたんだ?」
「隊長からウイルス反応が出ている、今医務室を閉鎖しているところだ。」
「! この警告ってそれかよ!」
「松浦だ、明石隊員すぐに停船して対策を練るが、しばらくは二人とも外へ出せない、護を頼む。」
「わかっているがなるべく早く頼む。広瀬さんの診断前だしその、俺じゃ下手に薬も使えないからな。」
この、緊急事態により全艦は停止。
至急、広瀬隊員が急行する。
部屋の外の隔壁を閉鎖しながら、宇宙服を着た高野副長と共に医務室へ向かう。
「……ここまでか……。」
「いや、こういう時のそういう寝言はしゃれにならんぞ護。」
「すぐに掛かる高野、服を脱がせろ。」
(毎度のことながら診察のためとはいえ若い女医さんの前で裸になるのは恥ずかしいだろうが、悪く思うなよ)
高野副長は宇宙服の指で器用に、その宇宙仕様の特別な隊の制服を脱がせていく。
宇宙に投げ出された際を想定してヘルメットさえあれば短時間でも気密が確保できるようになっているこの制服は、三段階ロックで簡単には脱げないようになっているものの、自分でも毎日やることになるので慣れていた。
しかし、裸になった護のお腹を見た高野は驚愕する。
「なんだ……広瀬さん見てくれ。」
「……帯状疱疹みたいだな、しかも範囲がかなり広い。」
「帯状疱疹?」
「地球では多かったがこちらでは珍しい症例だな。そのウイルスと同じ物かはこれから調べる。それと混同して誤診に繋がったケースもあるから少し時間をもらうぞ。」
そこに真希と結衣が現れる、航行と今後の打ち合わせが終わったようだ。
「護さん大丈夫ですか? まあ、大変!?」
「許可を取れと言っているでしょう、真希さん。」
「だって……。」
「広瀬先生が診断中だから二人とも静かにな。」
結果は水痘帯状疱疹ウイルスと断定、抗ウイルス薬と痛み止めが投与される。
この病気は、水疱瘡などで過去に接触し体内に潜伏したウイルスが、免疫力が低下した状態を狙って活性化し神経を通り表面に現れるものだ。
症状が軽い場合は違和感を感じる程度になることもあるが、重い場合は高熱と発疹がピリピリ痛み、頭痛なども引き起こす。
もちろんそれは激痛である。
地球でも二週間程度の薬の投与で痛みも収まり、重篤にはなり難い。
今はもっといい薬があるが、その薬でとにかくウイルスが収まるはずだ。
そしてこれは初期の水疱瘡とは違い、帯状疱疹は他人に感染らないということに、隊員たちは安堵する。
「安静にしていれば大丈夫だろう。だが、今はなかなかお目にかかれない病気だ、もしかして護は地球への渡航歴があるのだろうか?」
「親を亡くしたのが五歳だからわからんことも多いだろうな、少なくともそれ以降では無いと思うぞ、興味があるならばあちゃんに聞いてみるかい?」
「いや、たまに地球でしか起こらないような風土病に似た病にも遭遇することもあるから不思議でもないんだ。しかし、世の中何が起こるかわからない。」
「そっか、ヤバいもんじゃないならいいんだが。」
「うーん、意識を失っているのは気になるが、これは痛みが残ることもあるがきちんと対処すれば障害も出ないとは思う。」
「でも、でも……本当は山城星外に存在する未知の病原体だったら……。」
「真希さん、人間の医者が付いているのですから落ち着きなさい。それと、問題がなければ出発しますからすぐに船に戻るように。」
「はい……。」
すると、すーっと真希と結衣は立体映像は消えてく。
「高野たちは落ち着いているな……もちろん心配はしていない訳ではないんだろうが、そこは見習いたいものだ。」
「慌ててもしょうがないし、護がそれを望まないからな。それに競技なんかじゃ常にチームに頼り頼られだ。だから、こいつなら大丈夫なんて勝手に思っちまうのかもしれん。」
「そういうものか……私なんかより立派なオトナだな高野は。」
「おおっ、俺は言われたことがないセリフだ。まあ、俺たちは実際に結構丈夫な方だし、なんかあったら広瀬先生も信じてみてくれて構わないぞ?」
「そうだな、その時はやってみるとしよう。」
「食事の準備をしないと、もう出ても大丈夫かい広瀬さん?」
「ああ、そうだな他者に感染の恐れはない。護には私がついていよう。」
「そうか、医者がついていると思うと本当に安心だな。」
そう言うと明石隊員が笑顔で食堂の方へ去っていく。
「高野はブリッジに戻るのだろう? 松浦と工作艦のほうにも私がこっちに居座ると伝えてくれ。」
「了解した、って広瀬さん、それはちょっとまってくれ、すぐに部屋から出るからさ。」
高野が慌てて医務室のドアを開けて外へ出ると、そこには宇宙服でこちらに向かってくる亜月隊員の姿があった。
「高野副長、護さんは……?」
「カナちゃんも来てたのか、もう大丈夫だそうだぞ。」
「そうですか。」
「あっ。」
亜月隊員が医務室へ入ろうとするので高野副長が止めようとするが間に合わなかった。
そして、ベッドで寝ている半裸の男と、その場で窮屈だった宇宙服を脱いで下着だけになりかかった女医がいるのを目撃してしまう。
宇宙服は進化していた。
空気が充填されており、なおかつそこが無重力の場合は簡単に脱げるようになっており、古来より必要だった冷却下着ではなく普通の下着でも着用が可能となっている。
もちろん長距離、長時間の遊泳を目的としたフル装備の場合は別だが、船から船へ移動する程度ならばその必要はない。
「おお亜月、それは着替えか? そうか持ってきてくれたか。」
「……はい、広瀬さん……広瀬さんなら患者から離れないだろうって中村さんが……あの……。」
「救助と決まったら戻る、中村にもそう伝えてくれ。」
「はい……きっ、着替えをお手伝いしますのですぐにその……。」
「お? すまん、そうだな見苦しいな。ここに医務室用に備え付けの白衣があるはずなんだが。」
「いえ、そういうことでは……。」
(眠っている護さんが目を覚ます前に)
亜月隊員はケースを開けると白衣ではなく、制服を取り出した。
そして彼女は宇宙服であるにも関わらず、そこが無重力とは思えない素早い動きで小柄な広瀬隊員を振り回し着付けていく。
「おお? おお?」
「いかがでしょうか?」
「この制服は着るのが面倒だというのにあっという間に、凄いのだな亜月は。」
「! いっ、いえそれほどでもありません……! しっ、失礼しました。」
亜月隊員は急に褒められたのと、ちらりと隊長の裸を見て恥ずかしくなったのか慌てて退散していった。
広瀬隊員は驚いていたが服を伸ばしたりして微調整したあと三段階のロックを掛けていく。
「宇宙服でなければもっと細かく着付けが出来そうだな、楽だから、また頼んでみよう。」
隊長が早々にダウンするという異例の事態に艦隊は混乱するが、今ここに平静さを取り戻す。
しかし、彼らの捜索任務は、まだ始まったばかりである。
この作品はフィクションです。
病名や対処法などが似通っていたとしても
実在するモノとは一切関係ありません。
ご了承いただきたく思います。
広瀬先生の白衣について書いてなかっただと……
先生のものぐささ以外の部分が出てしまう所でした。
修正しています失礼しました。




