第四十四話 騒がしかった過去 後編
山城歴155年。逆巻市。
恋は盲目と言うが、ここまで周りを巻き込めば、それはもう災害だ。
相葉組(護たち)と黒沼組の対立は、当初の目的を離れ、泥沼の様相を呈していた。 「隣町に負けんなよ! 俺たちの意地をみせてやれ!」 「宇宙にあってもテニス部は不滅だ!」 「大学で試験的に作られた競技用ロボットを提供する。性能差を見せつけろ!」
情報が拡散されるにつれ、暇を持て余した学生、名を上げたい技術者見習い、果ては実験場を求める科学者候補までが参戦。 「大学対抗の抗争」という尾ひれがつき、暴走する車両がニュースになるほど事態は悪化していた。
「どうしよう護」 「正直予想外だ。このままだと本当に収拾がつかなくなる」 高野と護が頭を抱える。 血の気の多い松浦でさえ、顔色が悪い。 「楽しくなってきたからって、長々と争いすぎたな……」
だが、彼らにはもっと恐ろしい懸念事項があった。 「……ヤバすぎる。速川兄貴(師匠)にバレる前に事態を収拾しないと、殺されるぞ」 「婆ちゃん(市長)から伝わるのも時間の問題だ」
駐留艦隊司令官である速川健を怒らせれば、逆巻市において生きる場所はなくなる。 護は決断した。 「和平しかない。外堀から崩す。黒沼の行為が『一方的なストーカー』であることを周知し、争う大義名分を奪うんだ」
護と高野、御堂は各グループを回り、説得と情報操作(事実の公表)を行った。松浦も、説得に応じない相手を物理的に黙らせ、時には頭を下げて回った。 「色恋沙汰の片棒を担ぐのは御免だ」と、多くの参加者が手を引いていく。
これで終わるはずだった。 だが、当の本人――黒沼だけは違った。 相葉からの「断りの手紙(という名の絶縁状)」を受け取り、彼はなぜか舞い上がっていたのだ。
「返事をくれた! やはり脈はある! ……相葉さんに思いを伝えようとしているだけなのに、なぜ邪魔をするのか? 最後と言うなら、私も地球からの貴族の端くれ! 決闘を申し込む!!」
若さゆえの暴走か、彼は決闘の申し込み動画を配信してしまった。 これに呼応した野次馬たちが提案する。 『最後に決闘を行い、その様子を配信して、その結果を持って決着とすること』
場所は、とある建設現場。 「まだ市の防犯カメラが設置されていない」という無法地帯だ。
建設中の高級住宅地。 そこに集結したのは、黒沼組の残党と、護たち相葉組。 そして、無数の野次馬と配信ドローン。
ゴゴゴゴゴ……! 地響きと共に現れたのは、黒沼組の支援者が持ち込んだ大型の工場用作業ロボットだった。 「おいおい、正気か!?」 「形振り構ってられるか! やれ!」
巨大なアームが振り下ろされ、建設中の柱がひしゃげる。 生身では対抗できない。護たちが防戦一方になる中、高野が叫んだ。 「松浦! 時間稼ぎを頼む! 俺の『アレ』を持ってくる!」 「おう! 死ぬ気で耐えてやるから早くしろ!」
松浦が鉄パイプを手にロボットの足元へ特攻する。 その混乱の中、護は一点を見据えていた。 この騒動の元凶、黒沼だ。
「黒沼ァ!!」 「御影ェ!!」
ロボットの足元を潜り抜け、二人の男が激突した。 護の拳が黒沼の頬を捉える。黒沼がよろめくが、すぐに踏みとどまって殴り返してくる。
「出会ってすぐに一目惚れなんてのは幻想だ! お前にあいつの……ミナのなにが分かる!」 護が叫びながらボディに膝を入れる。 「ぐっ……! 愛は時に突然、咲き誇るものなのです! 知り合う時間が必要だというのならこれから作ればいい! 部外者が口を出すな!」
黒沼はしぶとかった。 格闘技術では護が圧倒している。何度もダウンさせているのに、その度に「愛の力」とやらで立ち上がってくるのだ。 「貴様ごときに、私の情熱は消せない!」 「いい加減に目を覚ませ! それが迷惑だって言ってんだよ!」
護の渾身の右ストレートが炸裂し、黒沼が派手に吹き飛んだ。 大の字に倒れた黒沼を見下ろし、護が肩で息をする。 「はぁ、はぁ……これで終わりだ」
その時だった。
「待たせたな! いくぞ!」
高野が戻ってきた。 彼が乗り込んでいたのは、大学から借りてきた競技用ロボットだ。 作業用ロボットに比べれば小型だが、機動力は段違いだ。
高野の操るロボットが、華麗なステップで作業用ロボットの攻撃を躱す。 懐に飛び込み、関節部に打撃を叩き込む。 「うおおおおお!!」 火花が散り、オイルが飛散する。
激闘の末、高野の一撃が作業用ロボットの制御系を破壊した。 バランスを崩した巨体が、建設中の高級住宅――その心臓部である「管理コア」の上へ倒れ込む。
ズガアアアアン!!!
轟音と共に土煙が舞い上がる。 爆発と重量衝撃により、建設中の三棟がドミノ倒しのように崩壊し、地下のコアが粉砕された。
「……勝った、のか?」 護が呆然と呟く。 その足元では、黒沼も瓦礫に埋もれながら目を白黒させていた。
土煙が晴れた後に残ったのは、廃材と化した高級住宅地の残骸と、顔面蒼白になった学生たち。 作業用ロボ一台全損。競技用ロボ一台全損。 そして、高級住宅地三棟、全損。
死者が出なかったことだけが、唯一の奇跡だった。 この「騒がしかった過去」の代償として、彼らは莫大な借金を背負い、警備隊へと身を投じることになるのである。




