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 元軍港だった逆巻港の今  作者: RED DOG
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第三十四話 護とミナと先生

 山城歴157年。南山群→逆巻港 間航路。 逆巻市出発から12日目・夕方。


ついに御影警備隊は初任務を終え、逆巻市への帰還を果たそうとしていた。 モニターには、まだ小さいが、112日程度とはいえ、すでに懐かしい逆巻港の姿が映し出されている。 この艦の速度なら、期限内に余裕を持って到着できるだろう。


自分たちがどれほど遠く離れていたか、今更ながら実感した隊員たちは、顔を見合わせて驚いたり、冒険の満足感から笑顔を見せたりと大騒ぎだ。


しかし、そんなお祭り騒ぎの中、隊長の護だけは暗い顔をしていた。 相葉美菜に手伝ってもらいながら、提出書類や報告書、日誌の確認作業に追われているのだ。 不正(捏造)を行っているという自覚が、彼の顔を険しくさせ、独り言を増やしていく。


「いや、『故国である元リメルト共和国まで遺体を届けたい』なんて言ってる船を、ただ犯罪を犯した船として解体させるわけにはいかないだろ! しかも『攻撃してきた』なんて書いたら、またモデルAIへの風当たりが強くなるし……仕方ないじゃないか!」


艦長室すらないため、人気のない通路の隅で必死にカバーストーリーを補填する。 根が正直で、策略や陰謀に向かないこの青年にとって、この作業は戦闘以上に堪えるようだ。 側で報告書をまとめ、即興で定型文を作成するなど文才を見せる相葉も、気持ちは同じだった。


そして彼女は、昨今では見ることが少なくなった、護の苦しみながらも苛立った顔を見て、ふと昔を思い出していた。 ……昔は、こういうことがよくあったな、と。


山城歴141年。逆巻市・孤児院。


二人は同じ孤児院で育てられた。 5歳で両親を亡くした護は、育った家を追われ、ここへ送られた。 だが彼は、両親との思い出が詰まった場所へもう一度帰りたいと思い、保護者となった市長へ直談判をした。


しかし、当時よりもっと前から逆巻市は傾いており、立派な家や土地は個人の所有物ではなく、優秀な人材を得るための貴重な市の財産となっていた。 護の家だった場所には、市が望む新しい優秀な人材が住み、その人物の希望によっては建て替えられることもある。


「婆ちゃん偉い人だろ? 頼むよ……俺、もう一度あの家に戻りたいんだ」


「ごめんなさい、応じられないわ。まだ5歳のあなたに家を与えるわけにはいかないの。それに御影夫妻は優秀だったから与えられたのよ。あの広い家は、普通の人では住めないの。わかってちょうだい……」


「わかった! じゃあ、5歳じゃなくて、『ゆうしゅう』だったら家がもらえるんだな! やるよ俺!」


護は、自分が家を与えられるまでその家が残っているかなど考えもしなかったのだろう。 その時から彼は家を取り戻すべく、5歳児でありながら職員を困らせるほどの利発さを見せ、運動や勉強にのめり込んでいった。


そんな時に出会ったのが、図書室で本の虫となっていた同じ歳の孤児、**相葉美菜ミナ**だった。


彼女は髪を切ることも結うこともせず、目が見えているのか分からないほど顔が髪に隠れていた。 職員が何度声を掛けても全く反応がない。 可哀想だが、そろそろ強制的に髪を切らせて生活習慣を管理するか、どうしても駄目なら専門施設への移動も検討する――そんな相談が先生たちの間で行われていた矢先だった。


周囲の子供たちも特別悪い子たちではないが、変わったミナを揺すったり髪を軽く引っ張ったりしていた。慣れてしまったのか、彼女は無反応で本に没頭している。 見かねた護がその子たちを追い払うが、彼女は本に目を向けたまま護の方を見ようともしない。


「先生が呼んでるぞ? 早くこい」 「……」 「あのなぁ、おれたちは先生たちにお世話になってるんだ。だから、いうことをきかないとだめなんだぞ。いこう」


どこで覚えたのか、護は相手の体に負担がかからないように、ゆっくりとミナの体を持ち上げた。 それでも彼女は本を手放さなかったが、驚いたのか一瞬目を見開いたのが護にもわかった。


「軽い……軽い……」


少し無理をしているが、両手で彼女を浮かせたまま、驚いている先生のところまで運んでいく。 降ろして本を取り上げると、彼女にニカっと笑顔を向けた。


「どうだ? びっくりしただろう!」 「……うん……」


自閉症を疑っていた子が返事をしたため、先生は驚き、二人を褒めた。 そしてミナの開いた心がまた閉じないように、必死に呼びかけた。 もちろん、あとで無理をして運んだりしないように護には注意もしたが、彼が彼女を抱えている姿は度々目撃されるようになった。


数日後。髪を切って見栄えがよくなったミナは、やはり本が好きで、食事の時間に呼べばなんとか来るようにはなったが、読んでいる本だけは手放さなかった。


「お前はなんの本読んでるんだ? むずかしそうだな?」 「すっ、数学、物理、ぶっ、文学、物語、色々……」


本のことなら喋るのか? と考えた護は一緒に本を読むが、彼女が読んでいる本は難しすぎた。 元々この孤児院は中学校を改装したものであり、そのまま残った蔵書は、施設にいる児童にはまだ早すぎるものばかりだったのだ。


それでも本の内容をペラペラ喋りだすミナに驚きながら、それが理解出来ないことが少し悔しくなった護は、彼女の話を理解したいと強く願った。


「婆ちゃん! ミナが読んでる本が難しすぎて話を聞いてやれないんだ。だから、俺に勉強を教えてくれよ!」


突然連絡してきた護に、市長は少し動揺した。 (どうやってこの回線につないだのかしら? ミナって誰なの?)


時折、保護者として面会はしているが特別扱いはしていない。 この孤児保護・教育プロジェクトは、決して育児放棄を助長することがないように、待遇が目に見えてよくなるような企画ではないのだ。 普通の孤児より教育費はマシになり、優秀であれば奨学金も与えられる。建前として「保護者」がいることも世間的な強みにはなるだろう。 とにかく、孤児という環境で彼らが才能を発揮できない事態を防ぐのが、このプロジェクトの根幹である。


反面、掛かった費用の返済のために彼らを市に縛りつけるという非情な面もあったが、それは仕方のないことだ。 だから、彼が言うようにやる気があるなら、勉強を教えることもこのプロジェクトには必要だ。


ただ、さすがに自身が教えに行くわけにはいかない。しかし、家庭教師として赴任してくれる人材がいない。 予算はあるが、5歳児にそれを使うのも想定外だ。 「安くて、自由に動けて、児童にしっかりと教えられる人物」。 迷った市長は、知り合いの元軍人を頼り、まずは条件を隠して相談した。


「あ~それでしたら、孫を送りますので近くに家を借りられませんかな~? 今度、中学校では物足りないというので、高校へ進学することになった自慢の孫ですよ、市長」 「お孫さん、ですか? 今おいくつなのでしょう?」 「まだ11歳ですが、しっかりしておりますし~人当たりも良い。あ~、使用人も送りますので一人暮らしにはなりませんぞ。こちらからもお願いします……孫に『物事を他人に教える』という経験をさせたいのですよ~」


この老人は既にかなりの高齢であり、話し難そうだが現役のころを思わせる口調で孫をねじ込んで来る。 失礼だが一旦保留して調べてみたところ、その少年――**速川はやかわ けん**は優秀だった。 宇宙時代を迎え、広く多くなってしまった各教科。一教科ごとになら優秀な子はいるが、まだ高校入試程度とはいえ、彼は全てにおいて成績が全体で10位以内という異例の成績を収めていた。エリート育成機関からも声がかかるほどの逸材だ。


だが市長は、11歳では採用は難しい上に、そんな人材が幼児を相手に時間を潰してしまっては本末転倒ではないかと考え、やはり断ろうとした。


しかし、通話越しに見えた護の熱心な表情が、唐突に脳裏に浮かぶ。 仮にとはいえ親として登録し、「家に帰りたい」と泣きながら訴えるあの子に何もできなかったのに、今度は勉強の熱意まで無駄にさせるのか。 市長は自身に問いかけた。


合理的な判断ではない。 しかし彼女は、異例と言える11歳の家庭教師を受け入れ、まだ空いていた近くにある「護の家」に彼を一時的に預かることにしたのだった。


それから時が経った、山城歴156年。 軍人となった速川が逆巻市の駐留艦隊司令から山城本星の参謀本部に転属になるまで、彼は護たち五人と交流を持ち続けた。 家庭教師の先生として、そして兄として、護たちに色々なことを教えてくれたのだった。


「――――よし、これで辻褄は合ったはずだ!」


護が顔を上げた。 書類作成が終わり、ようやく肩の荷が下りたようだ。 「ありがとうミナ。お前がいなかったら終わらなかったよ」 「ううん。……護ちゃん、昔から変わらないね」 「ん?」 「誰かのために、無理しちゃうところ」


護は照れくさそうに鼻をこすった。 「そうかな? まあ、あの頃に比べればマシだろ。先生(速川)に鍛えられたおかげかな」 「ふふっ、そうかもね」


窓の外には、故郷、大きく輝いている。

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