第二十四話 魔法
山城歴157年。未探査宙域・警備船『クリュ』船内。 逆巻市出発から12日目。
御影警備隊の初任務は、ようやく終わりが見えてきた。 数々の想定外――亜空間潮流、結晶の発見、ドローンの襲撃、そして工作艦との戦闘。 これだけの異常事態なら引き返すのが定石だが、彼らは「逃げない」ことを選んだ。 その結果、襲撃犯の確保と高価な結晶の入手という、上々の成果を挙げつつある。
しかし、まだ終わりではない。 工作艦の拿捕に向かう道中、船内には微妙な空気が流れていた。 幾人かが、これからの仕事への覚悟や、今回の騒動の責任について考え込み始めていたのだ。
そんな空気を変えるように、中村美咲が唐突に声を上げた。 「じゃあ、開けるよ?」 彼女の手には、銀環結晶の入った特殊な瓶がある。
「なにが『じゃあ』なんだ中村? まだきついなら安静にしていろ」 広瀬が心配そうにたしなめるが、井上は目を輝かせた。 「お宝っすか!」
護も諭すように言葉を継ぐ。 「工作船まで一時間もないから、別にあとでもいいんじゃないですか? その戦闘艦を修理するか牽引するかして、酸素を充填させてからゆっくりと……中村さん?」
中村は少しムッとして、ビシッと護を指差した。 「……護! 敬語禁止! あなたは隊長なんだからね!」 「――――それなら、まず隊長って呼んでくださいよ」
やれやれと護が肩をすくめた隙に、中村は瓶の蓋を開けた。 軽く振ると、銀色の輪をまとったような結晶の欠片が転がり出る。 その神々しい輝きに、一同が目を奪われた。
だが次の瞬間、欠片が不自然に脈動し、激しい光を放ち始めた!
「……これ、もしかして注意事項にあった『原因不明の爆発事故』と同じか?」 河原が呟く。 「ああ、確か爆発して消えちまうんだったよな?」
「! みんな、伏せろ! 中村! 井上! 離れろ!」 「ローン……――――」
護と高野が叫ぶより早く、進藤が動いていた。 機械トラブルへの嗅覚が鋭い進藤は、呆然としている中村と井上の首根っこを掴むと、一気に結晶から引き離し、自らの体で覆うように伏せた。
カッッッ!!!
まともに見れば失明しかねない閃光が船内を焼き尽くす。 しかし、衝撃はない。 ただ、強烈な光だけが通り過ぎていった。
「め、眼がやられた――――!」 井上が目を押さえて転げ回る。 「爆発するというのにボーっとしてるやつがあるか! 宇宙服の遮光バイザーなら、閃光弾でも眩しいだけだろう!? シャキっとせんか!」
進藤の怒号に、護が頭を下げた。 「すいません、進藤さん。判断が遅れました」 「隊長や副長が遅れるのは仕方ない、現場の勘みたいなもんだ。……こいつ(井上)は駄目みたいだが、なに、お前も整備に進めばすぐ反応できるようになるぞ」
気絶しかけている井上のことはさておき、護たちが恐る恐る顔を上げる。 「結晶は……報告通り消えてるな。消えたのは欠片だけか?」 「おう、瓶の中には、まだ本体があるぞ」 「ミナ、大丈夫? 広瀬と中村は?」 「こっちは大丈夫だ。……びっくりしたー、何が起こったんだろ」
その時、真希が姿を現し、一点を指差した。 「護さん、あれです! 何かいますよ?」
指差す方向――光が収束した空間に、サッカーボールより一回り小さいメカが、ふわふわと浮いていた。
「――――また、厄介ごとかしらね?」 戸賀が眉をひそめる。 高野はニヤリと笑った。 「また、面白い事が起きたな」 「あれが……不明品を回収して箱に入れてたドローンか……?」
後にいくつかの仮説が立てられたが、結局真相は闇の中だ。 ”亜空間を漂っていたドローンが、クリュに侵入して住み着いていた。そして今回、銀環結晶のエネルギー反応によって小さなゲートが開き、亜空間の狭間から『こちら側』に戻ってきた” ……隊員たちはそう解釈することにした。科学的に解明できないことはオカルトだ。気にしても仕方がない。
「おお! お前さんかい? 箱に物を入れてくれてたのは?」 「高野、とりあえず捕まえろ!」 「結晶はしまっておきなさい! また爆発するかも!」
船内は大捕り物となった。 素早く逃げ回るドローンを、護たちが追いかける。 最初は呆然としていた中村も、なぜか笑顔になって参戦した。 「待てー!」
逃げ場を失ったドローンは、観念したのか相葉美菜に近づくと、ちょこんとヘルメットの上に乗って動きを止めた。
「やっと、止まったな」 「こっ、これどうしたらいいの護ちゃん?」 「ミナ! そのまま、そのまま……あっ!」
相葉がおそるおそる頭上のドローンを掴んで目の前に持ってくるが、もう逃げる様子はない。まるで懐いているようだ。
そこへ、騒ぎを聞きつけた御堂がやってきた。 「護、どうしたんだ? 誠(松浦)が見て来いっていうから来てみれば、なんの騒ぎだよ」
状況を把握した御堂と、なんとか復活した井上がドローンの解析を始める。 「こいつは面白いっすよ? 戦闘用じゃないっすけど、確かに駆逐艦光輝型に乗ってたドローンっすね。宇宙だと小さ過ぎて使い難いから、あんまり普及しなかったタイプっす」 「うーん、特別変なプログラムは組まれてないな。余った箱を置いて『ゴミ拾い』させてたっていう記録の通りだね」
ドローン騒動は一段落したが、問題はこれからだ。 護が頭を抱える。 「もう、これ以上は何も起きないでくれ。日誌にどう書いていいかもわからんし、どう報告すればいいんだ、こんなの?」 「何もなかった! 俺たちは私物のドローンを持っていて、遊びで食料箱や工具箱にゴミを入れさせていたんだ!」 「婆ちゃんや調べに来た議員たちがそれで納得するならいいんだけどな……不明品についてはもう一報もいれてあるし」
そこで、相葉がぽつりと言った。 「そうだ……なっ、名前決めなきゃ!」 「「「え?」」」
護の中で何かが弾けた。 「――――わかった、じゃあこうしよう」
『一連の不可解な事件は、すべて隊員の悪戯であり、特別な超常現象は何もなかった。犯人は、コーヒーを飲んで体調を崩しても報告をしなかった半舷(松浦・高野)および共犯者数名である。以後の始末書と処罰をもって罰とする。以上』
「「「ええええええ!?」」」
このドローンは、なぜか相葉に懐いたため、所属データを書き換えて「彼女の私物」とした。 そして、それを持ち出して船内を混乱させた(悪戯をした)主犯を、高野と松浦が担当。 その悪戯を黙認していた他の三名も同罪。 規律違反として反省文と、場合によっては減俸処分。
「……説明できない都合の悪いことは、なかったことにする。時にはそういう仕方ないこともあるか……」 明石が苦笑いする。 「癖になって悪い大人にならないといいんだけどね」 真希も微笑んだ。 「そうですね。船の中だけとはいえ、長年お客様を見続けてきた私もそう思いますよ。……でも、安全に差し障りが出たら忠告しましょうね?」
新たに小型のドローン(ペット?)を加えた一行は、工作艦が待つ場所へ間もなく到着する。 これにて一件落着……ということにしておこう。




