第二十二話 広瀬の迷い
山城歴157年。未探査宙域・警備船『クリュ』船内。 逆巻市出発から11日目。
松浦副長と御堂は、投降した敵艦『AR-70』を油断なく監視していた。 現在、レーザー砲や機銃などの武装解除は完了し、機動力を奪うためのスラスター取り外し作業が、敵の小型ドローンによって行われている。
船内には、戦闘中の張り詰めた空気とは違う、重苦しい沈黙が流れていた。 原因は、敵の運搬用ドローンが持ち帰ってきた「戦利品」――中村美咲のバイクユニットにある。 バイクはある。だが、持ち主がいない。 それは最悪の事態を想像させるのに十分だった。
「…………うぅ……ぐすっ……」
すすり泣く声が響く。 救護班の広瀬理香だ。 彼女は取り乱さないように必死に気を張っていたが、同僚の死を予感し、耐えきれずに泣き出してしまったのだ。
松浦が溜め息交じりに、しかし優しく声をかける。 「そろそろ泣き止め、広瀬隊員。……そう落ち込むな。平気な顔をしている俺達三人がおかしいだけで、お前の反応が普通だと思うぞ?」
御堂もコンソールから目を離さずに言う。 「そうだよ理香先生。恥ずかしいなら俺達誰にも言わないから気にすんなって。そんなに溜め込まれたら、こっちまで病気になっちゃうよ」
「――――すまん……。やはりこういうのは堪える……。医療現場でも度々注意されていたが、もっと気丈にならないとな……」 広瀬は涙を拭いながら詫びた。
すると、機関室から進藤の豪快な笑い声が響いた。 「ガハハ! 気にすることはない! 確かに医療に携わる者として死との遭遇は避けられん。その場で気丈に振る舞うのも仕事だが……泣いてくれるのは有り難いことだぞ、広瀬の良いところだな」
「進藤……」 真希もホログラムで寄り添う。 「ええ、進藤さんの言う通りです。皆さんだって、一人や二人は自分のために泣いてくれる人がいるのでしょう? 少なくとも隊長さんと艦長代理さんは泣きそうですから、安否を気遣われるような無茶はなさらないでくださいね」
広瀬理香は、かつて研修医だった。 優秀だったが、感受性が強すぎた。重傷者や患者の死に遭遇するたび、現場では気丈に振る舞いながらも、裏で一人涙を流していた。 「医者が患者に感情移入しすぎるな」と先輩に注意され、次第に心は摩耗していく。 医療ミスへの恐怖。終わらない激務。 限界を迎えた彼女は、ある日、自室に引きこもった。
数日後。出勤か退職かの決断を迫られた日。 気晴らしにふらふらと街へ出た彼女は、偶然、ある男性に遭遇する。 休日に若い隊員へナンパの極意(?)を教えていた、機動隊の隊長だ。
広瀬は気づいた。彼が、自分が駆け出しの頃に担当した患者だと。 「あの時の!」 嬉しくなって詰め寄った広瀬に対し、色白の美女から声をかけられた妻帯者の隊長は、照れ隠しに自慢の筋肉をアピールし始めた。
「見てくれこの上腕二頭筋! あの時の傷もこの通り完治だ!」 「ふふっ、素晴らしい回復力ですね」
バカバカしくも温かいやり取り。 隊長は、彼女が恩人であると知ると、以前から探していた人材の話を持ちかけた。
「君! 宇宙船に乗らんか?」
それは、目指していた医療の最前線からの逃走かもしれない。 だが、広瀬はその手を掴んだ。 市長の配慮により病院も円満退職し、彼女は「船に医者がいない」という無茶な若者たちの元へ飛び込んだのだ。
「――――通信妨害が解除されているなら、無線が通じるはずだな」 松浦の声で、広瀬は我に返った。
「中村隊員も、あのドローンから送られた動画データを見る限り、バイクを奪われただけで怪我はないようだ。安心しろ。恐らく姉さん(戸賀)か護が回収に向かっただろう」 「――――ああ、そうだな……。気を使わせてすまん、もう大丈夫だ」 「では御堂、広瀬。しばらくあいつ(敵艦)の相手は頼むぞ。こちら松浦、衛星修理班聞こえるか?」
ザザッ……。ノイズの向こうから声が届く。 『こちら、衛星修理班の高野だ。やっと通じたな松浦!』 「そちらの状況はどうだ? こちらは騒ぎの元凶と見られる敵艦を降伏させたところだ」 『さすがだな。相手が何にせよ、お前が負けるなんて誰も思っていなかったが……本当に凄いよなお前さんは』
高野の言葉には、親友への絶対的な信頼が滲んでいた。 戸賀の声も割り込む。 『ここに一人、信じきれなくて落ち込んでる(井上)のもいるけどね。攻撃を受けたようだったけど、クリュは大丈夫だったの松浦?』 「こちらは大丈夫だ、亀裂は入ったがな。護どうした?」
再び高野が答える。 『中村さんの救助中だ。そろそろこちらへ合流する、とのことだ』
「そうか。中村隊員には、合流したら『落とし物を拾っている』と伝えておいてくれ」 『おう? それで、どのくらいでこちらに来れそうだ? まだ酸素は大丈夫だが、一人取り乱して大変なんだよ』
『宇宙怖い、帰りたいっすー! もう嫌だぁー!』 井上の情けない叫び声が聞こえてくる。
「了解した。いつとはまだ言えないが、出来る限り早く合流する――――通信終了」
松浦は通信を切ると、小さく息を吐いた。 「――――中村は無事か。よかった……」
(これで別働隊がいなければ終わりだな。こんなヒリつく戦闘の機会はもうないかもしれん、惜しいことだ) 不謹慎な感想を飲み込み、モニターに向き直る。
『副長殿、よろしいですか?』 敵艦AI、バルからの通信だ。 『こちらの作業はほとんど終わりました。データを送りますので、そちらの要求通りかどうかをご確認ください』 「ふむ、了解した。……確かに武装とスラスターの排除を確認した。大人しくしておくなら、破壊しないことを約束する」
『はい、こちらもそれ以上は望みません。ただ……』 バルの声に、わずかに懇願の色が混じった。 『乗組員のご遺体を保持する機能(冷凍睡眠装置の維持)の事もありますので、エンジンは動かしたままであることをお許しください』
「……わかった。許可する」 「はい。では、お戻りをお待ちしております」
松浦は操縦桿を握り、警備船クリュを回頭させた。 進路、監視衛星。 傷ついた船体を引きずりながら、仲間たちの待つ場所へと急ぐ。




