第二十一話 隠者
山城歴157年。未探査宙域・警備船『クリュ』船内。 逆巻市出発から11日目。
松浦の猛攻により、敵工作艦のメインスラスターは沈黙した。 元旅客機が戦闘艦を無傷で制圧するという、圧倒的な勝利である。 松浦は少しだけ溜飲を下げたが、チェーンガンの残弾は残りわずか。長居は無用だ。
「――――直ちに武装を解除し……投降せよ!」 広瀬が必死に呼びかけるが、応答はない。 これ以上待つのは危険だ。松浦がトドメの一撃を加えようと操縦桿を握り直した、その時だった。
『こちらはAR-70 4号船。降伏致します。これ以上の攻撃は無用に願いたい』
通信機から、若く丁寧な男性の声が響いた。 松浦は眉をひそめる。 「――――はぁ……こちらは御影警備隊、警備船クリュ。まずは武装を解除せよ……なぜ今まで応答しなかった?」 『申し訳ありません。妨害電波を展開しており、そちらの声を拾うことが出来ませんでした。こちらも応答を迷っていたのも事実ですが、このまま破壊される訳にもいきません。直ちに武装を解除し、投降致します』
松浦は壊れたと思っていた無線機を繋ぎ直し、オープン回線で呼びかけた。 「こちらは御影警備隊の副長、松浦だ。聞こえるか?」 『はい、妨害装置を切りましたので鮮明に聞こえます』
「……お前はAIだな? しかも高性能なモデルAIだろう?」 『はい、その通りです。AR-70-4に搭載された地球型モデルAI「バル」と申します』
「艦長はどうしたのだ? 怪我人が出たのならすぐに――――」 『艦長以下、乗組員は全員死亡致しました。艦に残っているのは、そのご遺体と、私だけです』
「くっ! ――――そうか……」 今の攻撃でブリッジまでは破壊していないはずだが。 「まさか……」
『はい。戦争中にゲートが破壊され取り残された後、食料の確保が出来ず、生命維持装置も限界を迎えました。……残念なことですが、皆絶望しながらも投降を潔しとせず、自ら銃器により命を絶ちました』
船内に戦慄が走る。 つまり、この艦は50年以上もの間、遺体とAIだけを乗せて彷徨っていた幽霊船だというのか。
『信じられないと言われますが、こちらにとってそれは事実です。……主武装の取り外しが終わりました。部品も無く、作業用小型ドローンは一機しか残っておりませんので遅くなって申し訳――――』
「ふざけるな!」 広瀬が叫んだ。 「ではなぜ今になって私達を襲ったのだ? 戦争が終わったことを知らなかったとでも言うのか?」 「広瀬隊員落ち着け。窓口は頼んだが尋問は俺がやる」 「……すまなかった」
広瀬は顔を伏せた。半世紀前に亡くなっていたとはいえ、自殺と聞いて医者として感情的になってしまったようだ。
松浦が冷静に指示を出す。 「スラスターも一度外しておけ。しばらくは動けなくなって貰う。こちらの用事が済み次第、艦ごと身柄を拘束し逆巻港へ連行する。詳しい話はその道中で聞こう」
(罪状などは映像記録を見ながらだな。異例ではあるが、そこは護と相談するとして――――ん?)
「レーダーに反応! 小型艇のような……」 「カメラの映像を回せ! 確認する!」
『ご心配には及びません。こちらが資材の回収に飛ばした運搬用ドローンです』 「……妙な真似をするなよ。今度はブリッジに直撃させるからな」
戻ってきたドローンは二機。 一機は何も持っていないが、もう一機はアームに何かを抱えている。 見覚えのある形状。それは――
「あれは……中村のバイクか?」
『ふむ、一機足りませんね。何かあったのでしょうか? まあ彼らも私も、船ですら修理があまり行えずボロボロですから仕方ありません』
バルは、まるで他人事のように実情を語った。 自分がこれからどうなるかも考えていないような、不気味なほどの達観。 同じモデルAIである真希にも、その態度はあまりに異質で不自然に感じられた。
一方で、クルーたちの反応は様々だ。
(これって幽霊船ってことかな? 俺はそういうの苦手なんだよなぁ……臨検には立ち会いたくない……) そう身震いするのは、意外と怖がりな河原だ。
(昔のソフトウェアか、見てみたいなぁ。そうだ、あのレーザー砲の『赤影結晶』も手に入るね!) 御堂輝一は、技術的興味と実益を計算して目を輝かせている。
(おお? ではエンジンは昔のままか? 船ごと破棄するようなら貰ってしまおう。市長も廃品ならイヤとは言うまい) 進藤はもっぱらエンジンのことしか考えていない。
幽霊船と化した工作艦の傍らで、不穏な時間が過ぎていく。
そのころ、隊長の護と中村隊員は、なんとか衛星付近に到達していた。 無線機を入れると、すぐに戸賀に繋がった。
『無事だったの? 今どこ?』 「もうすぐ衛星からも見えると思うよ。俺も中村さんも無事だ。みんなは?」 『一人(井上)ヘソを曲げてるけどみんな無事よ。ただ、クリュはまだ戻らないのよね』 「そうか、松浦なら大丈夫だろう。しかし無線が使えるようになったのは有り難い」 『まったくだわ。とにかく待ってるから早く来なさいよね。「隊長」』 「わかってるよ。苦労を掛けるなぁ、姉さん」
『護ー! 大丈夫かー!』 「――――高野! 音量を下げろうるさい!」 『あっ、すまんすまん』
護は通信を終えると、バイクを止めて振り返った。 後ろに乗せられた中村美咲の体が、かすかに動いている。 「中村さん? 大丈夫ですか、俺がわかりますか?」
「――――護? ……護ー!!」
ガバッ! 中村が宇宙服越しに激しく抱きついてきた。 「わっ! 中村さん落ち着いてください、もう大丈夫ですから!」 「――――護! 応答しなさいよ馬鹿ぁ! あと私に敬語禁止!」
バンバン! 抱きつくだけならまだしも、パニック状態で護の宇宙服を叩き始める。 手がつけられないと判断した護は、心を鬼にして荷物用ベルトを外し、彼女を軽く宙へ放り出した。
「や……ヤダ、怖い! 怖いよ……!」 「あ、しまった……」
逆効果だった。慌てて再接触し、声を掛ける。 「お願いですから落ち着いてください。一体何があったんですか?」 「はぁ、はぁ……えーっと……ごめん取り乱しちゃった。もう大丈夫かな――――」
中村の呼吸が落ち着いてくる。 だがそれ以上に、目の前の存在(護)に強烈な安心感を覚え、依存し始めている自分に気づいてしまった。
(きゃーダメ! ダメだよ! 護には相葉ちゃんがいるの! 次点で戸賀ちゃんと、大穴で理香ちゃんも居るし絶対ダメー!)
中村が硬直して黙り込んでしまったので、護はとりあえず彼女をバイクに戻すことにした。 先程と同じように荷台に乗せ、荷物用ベルトでガッチリと固定する。
「――――はっ! なにこれ……護? ねぇ? この運び方はなに?」 「しばらくはそのままで。もうすぐ着きますから我慢してくださいね。大丈夫ですよ、浮いたり落ちたりしませんから」 「そういう問題じゃないよ! もう少し女性らしく扱ってよ! それに敬語きん――――ガフッ!」
再発進の勢いで舌を噛んだのか、中村は黙り込んだ。 完全に正気を取り戻したようだが、衛星が見えてみんなの姿が確認できるまで、彼女は無言のままだった。




