第十七話 叶い難き夢 後編
山城歴157年。未探査宙域・監視衛星付近。 逆巻市出発から11日目。
警備隊員、中村美咲には秘密があった。 彼女はとある会社の社長令嬢であり、政略結婚を嫌って家を飛び出した「家出娘」なのだ。 兄が好きだった冒険小説の世界に憧れ、閉鎖的な逆巻港を飛び出し、スポーツインストラクターとして資金を貯めながら「冒険できる場所」を探し続けていた。
「そうだ、跡継ぎになるために冒険に出れない兄さんに代わって私が冒険しよう! 妬まれるかな? 喜んでくれるかな?」
しかし、現実は無情だ。 地球も山城も調査され尽くしており、未知への冒険など許される場所はどこにもなかった。 夢が遠いことを悟り、意気消沈していた彼女に声をかけたのが、機動隊の隊長だった。「君、宇宙船に乗らんか?」と。 最初は「警備船なんて退屈そう」と断ろうとしたが、訓練場所で出会った「過保護な市長」や、一生懸命な護たちの姿を見て、とりあえず参加することにしたのだ。
「あの時は、相葉ちゃんも心配になるほど可愛くて危うくて努力家だったし、護達も一生懸命だったしね~」
中村は回想を振り払い、宇宙用バイク型ユニットを走らせた。 目標の岩石に張り付く、美しい銀色の結晶を発見する。
「綺麗だなぁ……」
振動の少ない専用カッターで、慎重に切り出していく。 成人女性の拳より少し小さな結晶。これを持ち帰れば、みんなが喜ぶ。
「みんなが待ってる……。もっと冒険したいけど、君みたいな『お宝』にも会えたし、またしばらくは我慢するよ……」
少し名残惜しそうに結晶を見つめた後、持参した特殊な瓶へ納める。 その際、カッターが当たったのか小さな欠片が跳ねた。 「あちゃー。価値は下がらないって言ってたけど、悪いことしちゃったな」 欠片も瓶に押し込み、蓋をする。
よし、戻ろう。 そう思ってバイクの向きを変えようとした、その時だった。
ズズンッ。 無音の宇宙空間で、振動だけが伝わってくる。 突如として現れた熊のような大きさの箱型メカが、背後から迫っていた。
「なに……あれ……?」
思考が停止しかけたが、本能が警鐘を鳴らす。 中村は電波式救難信号を上げ、バイクを急旋回させて逃走を開始した。
「うわわ! 武器はあるけど、あんなのに通じるの――――!?」
護身用のハンドガンは持っている。だが、自分より巨大な質量の鉄塊相手に、豆鉄砲が効くとは思えない。 (護のライフルならいけるかな? クリュのチェーンガンならイチコロだよね?)
冷静に分析しつつ、小惑星の陰を縫うように逃げ回る。 一体こいつは何物で、何が目的なのか?
その時、護から通信が入った。 『――――中村さん聞こえますか! こちらは今、正体不明のドローンに……うわっ! これならど――――』 「護! こっちもなんか熊みたいな大きさのメカに襲われてるの! 合流できる……? 護!?」
応答が途絶えた。 さすがに動揺するが、とにかく船の方へ向かうしかない。 「私が単独行動しなければ……。ああ、もうどうして私は、やることなすこと全部、上手くいかないんだろ!」
自責の念に駆られながらも、中村の脳裏にある仮説が浮かんだ。 (さっき護がドローンって言ってた。じゃあ、船に居座ってた『見えないドローン君』みたいに、何かを回収するつもりなのかな? 護も襲われたってことは……狙いはバイク? 銃?)
相手の目的が「結晶」や「自分の命」ではない可能性に賭けるしかない。 中村は意を決して、バイクと自分を繋ぐベルトを外した。 宇宙服の推進装置を噴射し、バイクから離脱する。 それでもこっちに来た時のためにハンドガンを構えるが――
予想通り、ドローンはバイクだけをアームで抱え込んだ。 一度だけ、宇宙空間に漂う中村をじっと見据えた後、興味を失ったように去っていった。
「たっ、助かった~! 危機一髪だったよ……」
護の方は大丈夫だろうか? 船には松浦もいるし、きっと大丈夫だよね? 宇宙服のセンサーで船を探すが、反応がない。 ただ、衛星の場所だけはマーキングしてある。あそこまでなら帰れるはずだ。
「……帰ろう」
推進装置を慎重に操作し、衛星を目指して移動を始める。 きらめく星々。広すぎる暗黒。 酸素残量への不安と、上下感覚の喪失。 未体験の孤独が、じわじわと心を侵食していく。仲間への心配と、勝手な行動をした後悔が押し寄せる。
「……理解ってる。後悔は後。まだ最悪は考えない。出来ることをやって……決して諦めない!」
中村美咲は、ただひたすらに、希望の光を目指して進み続けた。
一方、護は必死の応戦の末、なんとか敵ドローンをライフルで撃破していた。
「――――はぁ、はぁ。松浦の相手をしてきた甲斐があったな。相手は武器もついてなかったみたいだし……疲れた」
護は荒い息を吐きながら、通信機のスイッチを入れた。 「護、無事!?」 戸賀の声だ。
「なんとか。そっちは無事か?」 『ええ。クリュは攻撃を受けた時、シールドが間に合ったみたいでそのまま交戦してるみたい。その余波でこっちの命綱が切れちゃって衛星に取り残されたけど、結果的には助かったわ。あいつら一体なんなの?』
「――――良かった……。わからないが、もうライフルも弾切れだからハンドガンしかない。万が一姉さんの方に現れたら、刺激しないように逃げてくれ。一度、衛星に集まろう。俺は、救難信号が出てる中村さんを迎えにいかないと」 『了解、中村のことは頼むわね。こっちはミナも明石さんも無事だし、後は松浦がなんとかしてくれればいいんだけど……』
クリュからは救難信号が出ていない。 動いているなら、松浦なら大丈夫だろう。輝一、広瀬さん、進藤さん、真希ちゃん……無事でいてくれ。
思わぬ奇襲を受けた御影警備隊は、なんとか初撃を凌いだようだ。 だが、状況は予断を許さない。 クリュとの連絡もつかず、中村の安否も不明。この不測の事態に、自分は隊長として対応できるのか?
護は頭を振り、不安を振り払った。 今できることをやるしかない。
結晶のあった場所からさらに距離が離れているが、微弱な救難信号は探知できている。 潮流の影響でズレていないことを祈りながら、護はバイクのスロットルを回した。




