第十七話 叶い難き夢 前編
山城歴157年。未探査宙域・監視衛星付近。 逆巻市出発から11日目。
御影警備隊はついに、目標である資源警備用・監視衛星へと到達した。 ここからは船を限界まで寄せ、船外活動による直接修理を行わなければならない。
ハッチ付近では、未だに整備班の二人が「どっちが行くか」で揉めていた。 「俺は行かんぞ!」 「俺も嫌っすよ!」
見かねた真希が、ホログラムで現れ提案する。 『そこまで仰るなら、古式ゆかしい決闘方法で決めましょう。地球の文献にある公平な儀式……「ジャンケン」です』
「……上等だ」 「受けて立つっす!」
「じゃーん、けーん……」 『ぽん!』
あいこ。 『ぽん!』 あいこ。 まさかの4連続あいこ。 整備班として息が合いすぎている二人の熱戦の末――井上高志が膝をついた。
『素晴らしい勝負でした。ですが勝負は勝負、井上さんも受け入れてくださいね』 「納得いかないっす! もう一回勝負するっすよ先輩!」 「見苦しいぞ井上! さっさと行ってこい!」
勝者・進藤の高笑いが響く。 井上は駄々をこねているが、それは進藤が嫌いだからではない。ただ単に「働きたくない」という自分の欲望に正直なだけだ。 むしろ、技術屋として進藤のことを尊敬しているからこそ、この理不尽な勝負の結果にも(文句は言いつつ)従うのである。
役割分担が決まった。 船内に残るのは、パイロットの松浦、整備班長の進藤、情報処理の御堂、救護の広瀬。彼らも念のため宇宙服は着用済みだ。 それ以外のメンバーは船外活動へ向かう。
ハッチが開き、機材の搬出が始まった時だった。
「じゃ、行ってくるね!」
結晶の回収を任されていた中村美咲が、誰よりも早く飛び出した。 宇宙服とは別に用意していたバイク型移動ユニットに跨がり、ベルトで固定するや否や、スラスターを全開にする。
「ちょっと、中村! 待ちなさい!」 護が叫ぶ。 結晶までの距離はそう遠くない。修理が終わってから船で近づくのが安全策だ。 しかし彼女は「時間が惜しい」と単独行を主張し、制止を聞かずに加速していく。
「そんなに遠くないから、すぐ戻るって!」 「え? 中村さん!? なんで? 戻ってください! 中村さん!」
艦長代理の戸賀も声を張り上げるが、中村は振り返らない。 バディ制が原則の船外活動で、この単独行動は明らかに異常だ。普段の彼女ならありえない。
「くそっ、追いかけるぞ!」 「待って護! もう一台のバイクが出せないわ!」
中村が使ったのは、すぐ出せる端末室にあった一台。 予備のもう一台は、なんと「座席室の床下」に収納されている。 取り出すには座席を全て外し、天井側へ追いやり、艦長権限での承認ロックを解除し、さらに軽い組み立てまで必要という、元旅客機ならではの欠陥仕様だった。
「姉さん、手伝ってくれ! 急ぐぞ!」 「もう、あの子なんなのよ! 今日はなんか変だったけど……!」
二人が必死で座席を解体している横で、修理班が出発する。 「先に行くっすよ……」 「行ってくるから後をよろしくな、みんな」 「通電したらデータを調べないといけないからって、俺まで行くことになるとは……。なんかあったらほんと頼むよ、隊長」
井上、高野、そして河原が、宇宙服の推進装置を頼りに衛星へ向かう。 「わかってますよ河原さん! ……あーくそ、ネジが固い!」 「姉さん、ここの承認コードは!?」 「今やってるわよ!」
一方、工具運搬を担当する相葉と明石もハッチへ向かっていた。 「じゃあ相葉くん、外に出るから推進装置を慎重にね……って、炊事班の俺が言うことじゃないか」 「はい、明石さん大丈夫です。これでも宇宙船と船外活動のライセンスも持ってますから!」
ヘルメット越しに見える可愛い顔で、相葉が胸を張る。 明石は(失礼だけど本当に意外だな……)と思いつつ、頼もしい背中を見送った。
宇宙服の性能が向上し、学校でも遊泳訓練が行われる現代とはいえ、ここは居住地から遠く離れた危険地帯。 慎重すぎるくらいで丁度いいはずなのに、なぜベテランの中村があんな暴走をしたのか?
その答えを知る間もなく、ようやくバイクを引っ張り出した護が、中村を追って飛び出して行った。
「姉さん、ここは頼んだ!」 「ええ、気をつけてね!」
船内、コックピット。 周囲からひと気がなくなり、静まり返った『クリュ』のレーダーが、異音を発した。
ピコン。
レーダーの効きにくい小惑星帯の真ん中。 今までになかった反応が、一点を示している。
「……なんだ?」 松浦の目が鋭くなる。 この宙域では誤作動も珍しくない。だが、彼の勘が警鐘を鳴らしていた。
「御堂! 周辺を再スキャンしろ。今の反応、ただのノイズじゃない!」 「了解……。おいおい、マジかよ」
解析データを睨む御堂の声が低くなる。 岩塊ではない。デブリでもない。 明確な意思を持って、こちらに近づく影がある。
「おかしい……これはいつもの誤作動じゃない。これは……何かいるかも知れんな」
本来、誰一人寄り付かないはずの未探査宙域。 そこに潜む不審な影が、手薄になった警備船『クリュ』に、静かに忍び寄っていた。
松浦が通信機を掴む。 「姉さん(戸賀)! 応答しろ! 接近する反応がある!」




