第十五話 モデルAI
山城歴157年。未探査宙域。警備船『クリュ』。 逆巻市出発から10日目・早朝。
未探査宙域を行くクリュは、不明な品々(ドローンからの贈り物)に悩まされつつも、順調に難所を越えつつあった。 エースパイロット・松浦の腕と、艦長・御影護の的確なサポートにより、当初の予定を上回るオーバーペースで進んでいる。 情報処理の河原が「このペースでは解析が間に合わない!」と悲鳴を上げるほどだ。
しかし、不測の事態は唐突に訪れる。
「――ッ! 画像解析と違うぞ!?」
松浦が叫んだ。 回避できると見ていた前方の巨大な岩塊。その裏側から、解析には映っていなかった鋭利な突起が異常に突き出ていたのだ。 この速度では、回避運動が間に合わない。
「全員! 衝撃に備えろ! 近くの物に掴まれ――――!!」
護の怒号が響く。 回避方向への急上昇と、逆噴射ブースターの最大出力。 過剰なGと抵抗が船体を軋ませるが、慣性のついた質量はそう簡単には止まらない。 突き出た岩肌が、コクピットの目の前に迫る。 (ぶつかる――!)
その時だった。 ガコンッ! という音と共に、船底の降着装置が展開した。 本来は重力下での着陸に使われる垂直スラスターが、真空の宇宙空間で火を噴く。 予期せぬ下方からの推力が加わり、機首が跳ね上がるように急上昇した。
ごうっ! 岩肌が船底をかすめ、轟音と共に通り過ぎていく。 クリュは紙一重で衝突を回避し、安全圏で微速航行に戻った。
「――――えっ?」 「……助かった、のか?」
松浦が冷や汗を拭いながら計器を見る。 「さすがだな護。降着装置のスラスターまで使って緊急回避するとは、俺も思いつかなかった」 「俺じゃないぞ? ……河原さんか? いや、あっちの端末から操船権限はないはずだ」
そこへ、戸賀が駆け込んできた。 「あんたたち何があったの!? 大丈夫!?」 「……姉さん(戸賀)?」 「? なによ?」
操縦席には護と松浦しかいない。戸賀もやってきたばかり。 では、誰が?
「……真希さん?」 護が虚空に呼びかけると、艦内放送から戸賀の声とは違う、ためらいがちな声が返ってきた。 『…………はい』
「真希ちゃん出てきてくださいよー?」 「真希さん照れることないじゃないー」 「助かったぞ真希さん、礼が言いたい」 「ありがとう真希さん!」 「「真希ちゃんばんざーい!」」
クルーたちの温かい声に促され、恐る恐る光が集まる。 現れたのは、いつもの大人の乗務員姿ではない。 少女のような姿をした真希が、コックピットのドアの裏に隠れるようにして立っていた。
「――――ふっ、船の操縦も出来るの黙ってて、ごっ、ごめんなさい……護さん……怒ってる?」
上目遣いで涙目の少女(あざといモード全開)。 いつもの毒舌な真希を知っている松浦や輝一は少々白い目を向けているが、護は真剣な顔で見つめ返した。
「はぁ……いや助かりましたよ。でも、サポートや操縦ができるなら教えておいてください。急に船が動いたらびっくりしますし、安全上の問題からも、パイロットも知らずに別の操作が入ると混乱しかねません」 「ごめんなさい、護さん。私、言い出せなくて……」
護の性格(妹属性に弱い)を熟知した上での姿に、若干のあざとさを感じつつも、護は頭を下げた。 「礼を言います。ありがとう」
皆があっさりと許し、感謝してくれるのを見て、真希はいつもの大人の姿に戻ると、けじめとして深々と頭を下げた。
「――――AIとして長く船に接する内に、次第にその船の挙動が理解ってしまって、つい操縦プログラムに介入出来るようにしてしまったんです。手元が危うい新人や、危険な操縦をするベテランが事故に遭いそうになるたび、密かにサポートしてきました……」
数え切れないほどの航海。 ヒューマンエラーによる悲しい事故、乗客の悲鳴。 それらを防ぐため、彼女は次第に本格的な介入を行うようになり――やがて、それを危険視する者たちに目をつけられた。
「『AIの暴走』を危惧する団体からマークされていました。この船を寄付した前社長は私を信じてくれましたが、代替わりしてからは運行も減り……」 「それで一番古かったこの船ごと、警備隊へ厄介払いされたわけか。不憫だなぁ」 御堂輝一がぼやいた。 「不本意だったのなら姿を現す必要なかったじゃないか。それに危ない団体に目を付けられてるならちゃんと言えよな、ったく」
「……怖かったんです……。暴走品扱いされて処分される可能性もあります。でも、みなさんは不審な物品(ドローンの贈り物)が見つかっても私を疑わなかったし、そもそもひねくれた私を船に置いてくれて……。だから私も皆さんのお役にたちたくて、つい」
いつも憎まれ口を叩く輝一の言葉に棘がない。 いがみ合っているように見えて、実は結構仲が良いのかもしれない。護以外のメンバーは生温かい目で見守っている。
松浦が感心したように言う。 「しかし、降着装置のスラスターまで使うとは熟練パイロット顔負けだな。一歩間違えれば、むしろ降着装置がぶつかって被害が拡大するところだ」 「真希ちゃん……俺はあなたを信じますよ。そんな団体が来ても守りますから、安心してください」 「ありがとう護さん。勝手な真似はもうしませんから、黙っていたことを許してくださいね」
「モデルAI(人格保有型AI)」。
宇宙に進出した人類は、その広大さと過酷さに絶望し、心身を病む者が後を絶たなかった。 そんな時、一人の技術者の気まぐれで、人間と同等の複雑な人格を持つAIが誕生する。 「管理AI」「サポートAI」として運用された彼らは、孤独な宇宙での良き隣人となり、人々を精神的に支え続けた。
桜井市長、立花、言花、そして真希。 彼女たちのように、人間社会に溶け込み貢献するモデルAIは数多く存在する。
だが、光があれば影もある。 「仕事を奪われる」「いつか人類に牙を剥く」という恐怖心から生まれた反AI団体は、彼女たちを常に監視し、少しでも理由があれば告発し、処分の対象としようと狙っている。 皮肉なことに、AIの暴走を恐れる人間たちの方が、よほど感情的に暴走しているのが現状だ。
彼らAIに、「処分」への恐怖心があるのかは分からない。 役目を終えた機械として、淡々と受け入れるのかもしれない。
だが、護たちにとってそんなことは関係ない。 人間だろうがAIだろうが、共に死線を潜り抜けたなら、それはもう「仲間」なのだから。
「よし、気を取り直して進むぞ! 真希さんも、これからは遠慮なくサポート頼みます!」 『はい、お任せください!』
クリュは再び加速する。 目に見えぬ翼を得た天馬のように、暗黒の海を駆けていった。




