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縄文エスノグラフィ  作者: のはうず
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第一村人と結婚

状況を整理するに自分はどうやら結婚をしたらしい。


草の煮汁を飲んだだけで小一時間もしないうちにすっかりよくなったのを伝えたら、じゃあ今晩は近くのおばあ達がいる集落まで行って、結婚を報告しにいこうということになった。

彼女の話す言葉は現代語ではなく山葵わさびが脳内で独自に翻訳したものであるので、自分の理解を現代語に翻訳すると「結婚」という概念になるのだが、あまりに突飛な解釈に果たしてそれがあっているかを確認する必要があった。



「え? 俺ら結婚したの!?」


と、軽くジャブを入れて確認をしたら、申し出ておいて、これは勘違いでしたからと断るのか? それはいったいどういう了見ですかと、涙ぐみながら怒られてしまった。私だって悩んだが受け入れたのだと。あなたも婚姻の印も受け取ったじゃないかと。


彼女をなだめながら、それとなく文化風習の差を埋める。若い男女が互いに身に着けているものを交換するのは、つがいになることの申し込み、つまりプロポーズにあたるそうだ。あれ・・・、意識もうろうとしていたけどめっちゃ心当たりあるな。






大抵のハッカーは多言語使用者(ポリグロット)である。日本語と英語とかそういう複数の話語を操れる多言語話者(マルチリンガル)としてでなく、目的用途に応じて様々なコンピューター言語を操る必要があることに由来する。


多言語使用者ポリグロットは日本語ができる、英語ができる、中国語が喋れる、ラテン語が読めるというようなそれぞれの言語を学習し体得するというような丁寧な修練の結果ではなく、比較言語学上のインド・ヨーロッパ語族だろうがシナ・チベット語族だろうが、人間が意思疎通につかっている言語なんだから共通機能はあるよな? じゃあ、そこから逆アセンブルすりゃぁいいじゃねぇのという乱暴なものだ。


ハッカーがこのような能力を持つのは、プログラミングをしようとすれば機械語に近い低水準言語から、高水準言語までいろいろ文法や機能が違うものをあやつらなきゃいけないし、コンピューター系のリファレンスは英語だし、調べようとすれば最近はいろんな言語で書かれた文献を漁らなきゃならない。お作法、プロトコルが違う双方向通信にも慣れてるし、ハッカーコミュニティではネット越しにいろんな母語を持つ人達とコミュニケーションが必要となるからだ。だいたい暗号ですらなんとなく素読できるんだから自然言語はなんとなく主要な文脈が雰囲気でわかればよい。論理記述されていない言語なんて雰囲気で十分だ。



語学として文法上正しい話法で話すのではなく、コミュニケートできればいいやという実利に特化した能力は、たとえ相手が日本語に似てはいるがなにか別の言語をしゃべる人であっても、聞き取りや発音が容易でありさえすれば身振り手振りを交えるだけで意思疎通が可能なのである。なぜならハッカーだから。



だが、まあ、それは意思疎通ができるかどうかの話しで、コンピューター相手であればなにか間違えたことをしてもエラーを吐くだけだが、人間が相手だ時には取り返しのつかないことになることがある。なぜなら人間だから。



まあ、でもやっちまったもんはしょうがない。

いきなり結婚とは対人関係において初手でいきなり取り返しのつかないことをしたものだと思いつつも、結婚についてこだわりも願望もなかった山葵わさびとしては、ここまで悲しませるならこのまま結婚してしまってもいいかなと考えていた。


人がいないか探していたのはこのまま遭難したような状況では生き残れないからだと考えていたからだし、もし集落などにたどり着いたら、次の段階として親切な村人とかになんとかして受け入れてもらわないと再び遭難状態になってしまう。じゃないと、あのゴムみたいな泥臭い貝を食って毎日お腹壊すよりほかない。ここではいくらネットショップをポチったところでダンボールはとどかないのである。



それにこの出会ったばかりの娘が行き過がりの人間相手にプロポーズを受け入れてしまうということは、それだけ人間同士が遭遇する可能性の低さを表しているように思えた。日本でもほんの数世代前までは相手の顔をみたこともないまま嫁いでいくというような時代であったが、あきらかにその時代感よりも前である。なにせ若い娘がろくな服も着ていないのだ。もしかしたら、この時代は恋愛を楽しむ人生の余裕などなく、もっと死が身近な時代なのかもしれない。



というより、自分も先程まで生死をさまよっていたところを助けてもらい、しかも美味しい料理で胃袋を落とされたら、その気になるのもいたしかたないところ。つり橋を歩くドキドキが恋と錯覚して恋に落ちてしまうという吊橋効果である。どうせ現代に戻ってもモニターを前に部屋に引き籠もって荷物が届くの待ってるぐらいだし、自分が今がどこでなにしているのかもわからないままだけど、それにこの子よく見たらかわいいし、なんていうか好きだ!

あの花には惚れ薬とかでもはいっていたのだろうか? 思考回路がまだおかしいかもしれない。だがこういうのは勢いと流れだろ。



「俺の名前は時枝山葵ときえだわさびだ。こちらこそ末永くよろしく。」


こうして山葵わさびとののめは夫婦になった。

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