お留守番の村
別の川を上流に登った池のほとりにその村落はあった。
時折川から離れながらも歩きやすい尾根沿いを彼女の先導でスタスタついて歩いただけなので、別の川の上流にある別の池に来たということ程度しかわからない。こちらにも原始的な建物群が同じような数立ち並んでいた。
唯一の違いはこちらには人がいることだ。
井の頭公園と同規模の全周2キロはありそうなおおきな池がいくつか連なっている。
今朝の出発地からそう離れてもいないということは、こちらは善福寺公園の池だろうか?
「おばぁ!結婚した!だんなをつかまえたぞ!!」
ののめはというと、女性が数人集まっているところに遠くから認めると、大声を掛けながら駆け出していってしまった。彼女は鯨水の夏ノ野芽という名乗ったが、まわりからは「ののめ」と呼ばれているらしく、山葵もののめと呼ぶことにした。
山葵も興味深そうに待っている女性たちのもとに近寄っていく。
「なんだ、おめぇののめに拾われたのか!?」
おばぁと呼ばれた人物が残された少ない歯でにかっと笑いながら出迎えてくれた。
「しかし、この服はすげぇわいな! 見たこともないほど細けぇ編みだし肌触りもすごい! お前ぇどこのもんだい?」
ののめが着ているシャツを興味深そうに掴みながら見ていたおばあさん達が聞いてくる。数人がかりで脱がさんとする勢いでそれをののめが必死に抵抗している図だ。
「そうだな、こんものは大玉の長も石斧の長ももってはいまいよ!」
「ほぉよ、でもこの男は追われ人でも逃れ人でも、さすらい人でもなさそうだし、こりゃ迷い人かね?」
ずっいっと近寄ってきた婆さんが顔を寄せながら尋ねてくる。
「いやぁ、出身はここらへんなんだけれども、時代がちょっと・・・違うというかなんというか・・・。」
「ジダイ? 聞いたことない氏族だね。日か月の大川すらも超えるのかもしれんな・・・。」
その後も永遠と続く質問とともに、おばあさんたちにこってりと絞られた。
彼女達から散々と事情聴取はされたが、逆に情報もたくさん聞き出すことができた。アホの子のフリをしながらこちらの当たり障りのない情報を餌に信用を勝ち得、相手の重要な情報を抜き出す、山葵の得意技のひとつソーシャルハッキングである。
かわりに、いいものは着ているけど、何にも知らないが大丈夫かいこの旦那はという評価になってしまった。ののめまで不安そうな顔をしている。新婚わずか数時間でそんな顔はしないでください。おねがいします。
ここはいくつかの村落のお留守番組みが集まるところらしい。
夏の暖かな季節は、村の大半のものは海岸まで出て食べ物を集め、秋にはこちらの内陸のそれぞれの村に戻ってきて木の実などを収穫して冬を越すそうだ。年寄りで長い距離歩けなったものや、長距離歩けない稚児、身重になった妊婦などは留守村に集まって秋まで待つという。周囲の食べ物を食べ尽くさないように留守村は年ごとの輪番で、今回は魚素水と呼ばれるこの池の番だそうだ。
ののめは浜から干した魚や貝などを留守組に届け、誰もいない鯨水村落の様子をみたあと浜に戻ろうとして山葵に遭ったそうである。いや、ほんと逢えてよかった!
留守組の少ない娯楽の一つとして、それぞれの村の年寄りが勝手に縁組してしまうという恐ろしい風習があるそうなのだが、ののめの世代は年頃の男が近隣におらず長年決めかねていたそうだ。
「いいかげん、ののめにも旦那をつけようって相談してたところだったんだけどねぇ、まあ、頼りなさそうだけど服飾技術は高いものをもってそうだからしっかり引き出すんだよ!」
バシバシと夫婦で激励された。力強く結構痛い。
老婆に見えた女性も、皺が深く歯が少ないために年寄りに見えるが、話しを聞くと意外と若いかもしれない。おばぁと呼ばれた女性も、ののめぐらいの歳で最初の子供を産んで、その子供がこんど第三子を生むために一緒に留守組になっているという。下手をすると40歳代よりも若い可能性すらある。そんな彼女がここらへんの留守村で一番の年配者だそうだ。
「鯨水も魚素水も、水がいいから長生きするんだよ!はっはっは。」
元気に答えてくれた。
40歳前後で長生きか・・・。これは厳しいかも。
騒ぎを聞きつけて、人が集まってきた。
あたりを見回すと、服を着ていない人も多いが、なにがしかの繊維で編まれた服を着ている人もいる。土器のような土の器で料理をしている。技術水準を見るにここは石器時代よりは少し進んだ、縄文時代といったところなのかもしれない。
縄文時代。
そういえば、かの時代の平均寿命は14〜16歳程度。
なんのことはない、山葵の恋敵はただ単にその歳までも生きられなかったのだ。




