だれも居ない井の頭公園
都会の喧騒にまぎれた普段の井の頭公園では見たこともない勢いの湧き水がそこにはあった。吹き上がる水流で水面がもりあがり、湖面は湧水のところだけが凪いでいる。少し離れたところにできている不規則な波紋が溢れ出る水の量と勢いを表していた。
水は透明度が高く水底まで見ることができた。もわもわと舞い立つ黒い砂はまるで液体のようだ。
砂地のような培地に下から空気などを均等に送り込むと、吹き上がろうとする力と砂が落下しようとする力とが釣り合い個体がまるで液体のように振る舞うことがある。流動層または流動床という現象である。
下から吹き上がる力が働いている間は砂がまるで液体のように振る舞うが、吹き上がりが止まれば一瞬にして「土の中にいる」状態になる。
まるで異世界へと続く扉のようだ。溢れ出る湧き水の砂地に身を投ずれば、もがけども浮き上がることができずにただずぶずぶと沈みこむだけだろう。山葵も、さすがにこれにはどうなるのかの好奇心よりも恐怖を覚えた。
現代の東京は地盤的にはおよそ4つの地質パートにわけることができる。埋立地、堆積地、台地、そして山間部だ。
江戸時代以降に埋め立てられた皇居より東側の人造の埋立地、荒川と多摩川が侵食し関東平野を形成した堆積物による扇状地、そして西側は関東山地ならびに武蔵野台地からなりたっている。武蔵野台地と呼ばれる台地は、23区と市境のあたりが間際となっており、井の頭公園などはその台地の際にある。
武蔵野三大湧水池とは、井の頭公園の井の頭池、善福寺公園の善福寺池、石神井公園の三宝寺池のことであるが、これらの地点で水が湧くのは、武蔵野台地がここで終わっているからだ。台地が終わり平地に出ることで地面の中を流れていた地下水がそのまま地表に現れる。地下を走っていたはずの地下鉄が渋谷のような谷地ではいつのまにか階上3階の高さにでてくるようなものである。
縄文時代の遺跡はこれら湧水エリアから出土することが多い。
これら台地の縁では深く垂直に井戸を掘る技術がなくても衛生的な飲料水にありつけるのであるから当然のことであろう。先人達も真剣に不動産物件選びをしたに違いない。台地側に住めば大雨などで増水した川に巻き込まれることなく、安全に居住することができる。また、湧き水の量は地面に染み込む雨水の量に比例するため、地表をまだ人工物で覆っていない時代の湧き水は水量も多かったはずだ。地下水が地表にでるまで数十年の歳月がかかるため、直近に天候不順などで渇水となっても豊富な水量を確保できた。
山葵は、空になったペットボトルに湧き水を汲むと、先程、家探しをした大きな高床式の建物に戻ってきた。裸足で他人の家に上がり込み、少し濡れてしまった靴と靴下を脱いで乾かす。
「そういえば、替えの靴下は入れてなかったな・・・。」




