守り
鹿などの大型動物より前になんと狼を狩ることになった。よりにもよって狩るか狩られるかの瀬戸際での狩猟デビューである。もし、ほのがさ達と一緒でなければ、もしも一人で旅をしている最中なら、最初の茂みに隠れていた二頭の尖兵にやられていたであろうことは想像に難しくない。
遁走する狼の声も遠のくと、皆警戒しながらもつぎつぎに木から降りてきて狼にトドメをさして回る。怪我して逃げあぐねてるやつもいたが、不用意に近寄らず油断なく仕留めていく。肉食動物特有の酷い獣の匂と、流れ出た血、そして強いストレスから漏れ出た排泄物の匂いが強く混じりあい、あたりに漂う。山葵はその光景を臆病にも木の上から遠目に見ていた。足が竦んでいたのだ。
怨嗟のうめき声も聞こえなくなった頃、ようやく降りることができた。
皆はモクモクと狼の上顎を石斧で砕き、犬歯を抜いていた。
「大猟・・・だな? 血抜きを手伝えばいいのか?」
「大噛むは喰わねえ。顎を砕き終わったらこのままにして去るぞ。」
狼とはいえ、肉であるから食べるのかと思ったが、このまま残していくのだという。
かといって埋めて弔うわけでもなく、このままだと血の匂いに誘われて他の肉食動物が寄ってきかねない。
「・・・。もしかして、あいつらがまた戻ってくるのか?」
「そうだ、もし、骸を持っていけば、匂いを追って仲間を探すためにどこまでも追ってくる。おいておけば彼奴等も仲間が喰われないようにここで悼む、しばらくはこの山から出なくなる。」
狼といえども犬のようなものだろう。仲間を探して遠吠えをするほど仲間想いの群れで嗅覚が鋭い動物であれば、下手に村などにその肉を持ち帰れば襲撃をうけかねない。下手に死体を動かして、彷徨う群れになられては困るというのはわかる。動物が仲間の死を悼むというのは本当だろうか、不可解なことばかりだ。
「顎を砕いて、牙を抜くのは討伐した証?」
「そうだが、そうでもない。大噛むは死んでも生きる。牙を抜いておかないと噛まれてしまうからの。」
黙ってうなずいて相槌をうったが、さっぱりわからない。死んでも蘇るってことか? なんて恐ろしい。信仰とか呪術的な意味合いだろうか? そういえば大きな狼の曲がった犬歯は見ようによっては勾玉のように見えなくもない。
「強い大噛むから力を得るためにその血肉を喰ろうた者は多い。好んで食したものさえいる。筋張ってはいるが、まあ食えなくもない肉らしい。だが、食ったものは、やがて大噛むに腹の中かから食い破られて死ぬ。どんなに強の者であっても、肚の中は鍛えられん。」
「だから喰い破られないように牙を抜く?」
「ああ、腹の中から噛まれると恐ろしく痛いらしい。わしも何度となく見て来ておる・・・。どんな怪我をしても泣き言ひとつ言わなかった男が、痛みでのたうち回るのじゃ。伝え聞いた強者のなかにはやられるばかりでなるものかと自分で割腹し戦って生涯を閉じたものもいるそうじゃ。苦しむだけ苦しんでから死ぬならわしもそうしたいものよ。」
なるほど、なんとなく察しがついた。
似たような個体に復讐されるのを殺したはずの相手が復活したと勘違いし強い生命力の迷信や信仰になったのかと思ったが、よく考えてみればさもありなんである。腹が内側から噛まれて痛い? きっと回虫、寄生虫の類いだ。
腐肉を食らう肉食動物の肉を、冷蔵庫もない環境で数日後に食べるのであれば、寄生虫やその卵が肉に回っていることもあろう。しかも、村での焼き肉のようにただ炙るだけで血が滲んでるような状態で食せば、そのリスクは格段に跳ね上がる。
猟具がなければ勝てない獣に勝っても、何も道具を持たぬ目にも見えない小さきものに負けるのだ。抜いた牙をただその守りとするよりない。
山葵は黙ってその光景を見続けた。




