ニホンオオカミ
「木に登れ!!」
駆け寄る狼の群れを前に狩り長が怒声をあげる。
背丈ぐらいのところで幹分かれした手近で登れそうな木に駆け寄る。どうにか登ろうと苦戦していると、すでに別の木に登っていたののめが木から降りて後ろから駆け寄ってきた。
「山葵! 屈んで! 背中!!」
驚いて少し屈むと、背中をタタタと駆け上ってそのまま登って行った。なんと身軽な。
真似しようにも誰かの背中も借りることはできず、一抱えほどある幹に抱きついて、足を蹴って登ろうとするも滑るだけで、なかなか登ることができない。
「山葵!!」
ののめは木の上から必死に手を伸ばしているが、彼女の細腕を掴んだら逆に引き落としてしまいそうだ。
狼がどんどん近づいてくる。幹から登るのを諦め、枝に飛びついて懸垂と逆上がりでどうにか枝の上に腹ばいで登ることができた。飛びついてきた狼のジャンプを避けたらバランスが崩れ、落ちそうになってしまったが、ののめが支えてくれた。体勢をようやく整えた頃には周りを唸る狼の群れにすっかり囲まれていた。
周りをみやると、みながそれぞれ木の上で狼に対峙していた。木に登るために枝の上に投げ上げていた弓などを回収して装備しているところだった。
合計16匹もの狼の群れに囲まれた。こういうときに、一瞬見回しただけで数を正確に把握できてしまう能力が恨めしい。狼が木登りができなくてよかったが、だからと言って事態は好転しない。狼は唸ったままそれぞれの木の周りに居座り、中には長期戦とばかり座り込んで待っているものまでいる。まるで諦める気配がないのだ。矢はそれぞれわずかしかなく、全部の矢を外すことなしに当てて一撃で仕留めても足りない。
「おい、おまえら! 今のうちに枝を切って手投げ槍をつくっておけ! わしとのごのねは弓矢で群れ長を仕留める。お前らは近くの体格の大きいのから狙え! 仕留めなくてもいい、こいつら全員を手負いにしてやるんじゃ!」
狩り長は群れのボスを探し、射掛けるタイミングを見計らっているようだ。
できるだけまっすぐな枝を石斧で切り出し、余分な葉などを落として投げ槍をつくる。持っている粗製な石斧では、切り口を鋭くできないので、どうしようかと悩んでいると、ののめがリュックから折りたたみの《《果物ナイフ》》を出し、切り口を鋭く整えてくれた。リュックの中に何が入っているかも、入っている道具の使い方も教えていないのに、いつの間にか使いこなしていた。
投げ槍を8本つくる。この木を囲っている狼の倍の数だ。
「のごのね! 儂に息を合わせろ! 同時に射掛けるぞ! お前らも、儂らが獲物ではないことを教えてやれ! 儂らは狩る側じゃ!!」
「応!!」
少し離れた場所でゆるりと座り込んでいるひときわ大きな頭の狼が、おそらくボスなのだろう。狩り長が弓を引き絞るのに合わせて、のごのねもボスに狙いを定める。
我々も手槍を構えた。
仕留めなくてもいいという、狩り長の言葉は少しだけだが緊張をやわらげてくれた。致命傷にはできなくとも、相手が逃げ出すほどに痛い思いをさせられればいいのだ。
一瞬の沈黙のあと、矢がほぼ同時に放たれ群れのボスが鋭く啼く。群れに動揺が走るより前に我々も次々に槍を投げつける。狼の群れはあっという間に大混乱に陥り、怪我をした仲間を咥えて引きずって行こうとする狼にも追撃の槍を投げる。人間の怒声と怒号、狼の警戒を含んだ唸り声、敵愾心を多く含んだ連続の吠え鳴きは、やがて泣くような甲高い声のみになり、やがて動くことができる狼は逃げだしていったのだった。




