旅出
この世界に来てからは生き残ることを第一に、そしてできることなら快適に暮らせるように技術の習得を第二の目標になんとかかんとか多くの人に助けられながら生きてきた。なにもしなくても必要なものが宅配ボックスに届く、快適で自堕落な生活までは果てしなく遠い道のりだ。
ののめは、村のみんなから選別でもらった麻の束を腰から馬のしっぽのように、ぶら下げて歩いている。それでは邪魔だろうと彼女が持っていた杖の先にこれをしばりつけてやった。
いずれ弓作りができるようにと、イヌガヤで120センチ程度と長めの杖を作って彼女に渡していたのだが、これでは火消しの纏だ。ご機嫌に左右に振りまわしてぬっさぬっささせている。余計に邪魔臭くなってしまったが・・・。いまこれを取り上げるとご機嫌を大変損ねそうなので、このままにしておくことにした。
山葵とののめ、そして奥沢の狩人四人の一行は、さらに奥地にあるというイノシシを飼うという大きな村落を目指し山中を進んでいた。峰の上に立つと、南方に赤茶けた富士が《《2つ》》見える。ここは元居た世界とは時間だけでなく位相もずれた別世界なのかもしれない。
ひとつの狩りのチームが戻って来たら次のチームが出ていく互い番だそうで、一緒に住んできた、ほのがさやのごのねは入れ替わりで狩りに出るらしく、山葵はどうするかを聞かれた。
「狩りについてくるか? ここに残るか? それとも浜に戻るか?」
そんな判断を迫られたのである。
「お前らはいい奴らだから、浜には帰らずにこちらに住まないか?」とも誘われたのだが、まだどこかに定住するつもりはないので、これは丁寧に断った。
浜に戻るという選択肢もあったのだが、当初の目的にあった黒曜石をまだ手に入れていない。ここよりさらに内陸の大きな村に行けば、それが手に入るかもしれないが、浜に戻って条件を整えてから再びこちらに来ることができるかわからないし、うまくいってもどれだけ先になるかもわからない。
ようやくお子ちゃま程度の狩り技術を身に着けた腕前で本格狩りに同行するには不安が残るが、それでもこちらの実力を見知った仲間に帯同して向かうなら単独で見も知らぬ人里を探すよりは勝算が高い。
「山奥の村に行きたいんだが、途中まででもいいから一緒についていっていいか?」
この世界の情報収集は足でおこなわなければならないのだ。僅かな伝でもあるならば、それに頼るよりない。この村に最初に案内してくれたゆぐりさのおじが次のチームの狩り長らしく、「山が無くなるところまでなら一緒に行ってやる。」と帯同の許可を得られた。
ののめは逢いたがってたミマツ兄と逢えて嬉しそうに話し込んでたので、ここに留まって着いてこないかとも思ったのだが、「俺は奥の村を目指すけど、どうする?」と聞いたら、また怒られてしまった。「私を置き去りにしたいの?」と、少し泣きそうである。なだめるのに封印していた飴玉が必要だったほどだ。ようやくごきげんが持ち直し、今では元気いっぱいに纏を振り回しているというわけだ。
山中にだいぶ分け入ったころ、先頭を歩いていたのごのねが、不意に立ち止まり矢をつがえ、近くの茂みに放った。「ギャヒンッ」という短い悲鳴とともに、狐のような動物がよろめき唸りながら歩み出て、数歩歩いてから斃れた。頭だけが異様に大きくアンバランスな動物だ。
みなの顔つきが途端に険しくなる。
茂みからでてきたもう一匹に、ほのがさたちが、すかさず矢を射掛ける。
のごのねが倒れた獣達にとどめを刺して回る、みなは矢をつがえ警戒したままだ。
のごのねが息絶えた獣の口を開いて、牙を見せてくれた。
「これが大噛むだ。」
腰に刺していた石斧で上顎を砕きその立派な犬歯を引き抜く。
「大噛むを倒せれば狩人として一人前。」
狩り長が、首に掛けた狼の牙を連ねた首輪を出して見せてくれた。
「狼は群れで移動するから、出たら、風下に行って川をわたるんだっけ??」
「・・・いや、もう遅すぎるな。」
峰の向こうから、吠えながら駆け下ってくる十匹を超える獣の黒い影が見えた。




