尾根別れ
迷ったら登れ。
人は迷うと、その不安から手負いの獣のように坂道を降ろうとする。
一見容易そうな斜面でも川のそばの斜面は急で脆く、少しでも無理をして降りてしまうと再び登るのが困難になるのはままあることなのだという。降りた先が川や谷、滝などで迂回して進むこともできなくなると、進むも戻るもままならず遭難してしまう。誰かの助けなしには抜け出せない状態になったとしても、この時代にレスキュー隊がくることはない。
迷ったら登れ。
山に育った奥沢の狩人達は事あるごとにこれを繰り返した。下り道は不正解を含め幾万幾億通りもあるが、登道が通じている頂上はおよそ一つしかない。登りきって見晴らしが効くようになった後に正解の道を悠々と降ればよい。
手負いの狼達も逃げやすい方へと逃げていった。追撃をしないのであれば、我々はそれとは逆方向に進むべきなのだが、こういう場合も「登れ」なのだそうだ。同じ斜面側で別方向に進んでも同じ川に出てしまえば、川沿いに移動してくる凶暴化した群れに再び遭遇しかねない。見晴らしのよい尾根を縦走したほうが危険度はぐっと下がるのだという。
その日は、冬には雪に埋まるという盆地を一望に見渡すことができる山まで進んだ。途中の小川で身を濯ぎ、返り血や匂いなどを念入りに落としたあと、平地を見つけて宿とした。
「この山から降りて川沿いに2日も行けば、大きな村に出る。猪などを囲う変わった村落じゃ。明日の朝にでもここで見送ってもいいのだが・・・。このままわしらの狩りの腕もみせずに別れるのもしゃくだのお。」
「・・・この頑固じじいは山中で狩りをしながら向かうなら、あと数日はついて行ってやるってことを言いたいのさ。」
ほのがさは笑いながら狩り長のいいたい事を要約してくれた。聞けば、弓も射れないものを狩りに帯同することもないし、女子が狩りくることもない。じじいもちょっと楽しいんじゃないのかと言う。
「カッカッカ! 大噛むの群れに襲われる以上に危ないこともあるまいて。」
最初の遭遇が、小動物でも大物でもなく、狼の群れだったこと。またそれを少人数で女子や狩りの素人をつれて乗り切ったのが、よほど嬉しかったらしい。抜いた牙を並べて、こんなに斃したんだと、みな無傷で生き残り安全が確認されたことで、今になって興奮がこみあげてきたようだ。
「みんな嬉しそうだな、逆にいまごろ恐怖がこみ上げてきたよ。」
山葵とののめは互いに恐怖を反芻していた。
それから数日、ゆっくりと山中を歩き、山のいろいろな事や獲物の追跡方法などを教わりながら、ようやく皆で大物である鹿を仕留めることができた。内蔵を取り出し土に埋めると、足を結いて天秤棒を通して2人で担ぐ。狩りはこの調子であと数匹も狩ったら村につながる川の上流に戻り、取って返すのだと言う。
狼に襲われた体験のせいで、森に対して神経が過敏になっているせいか、山葵がそれを最初にみつけた。木の上に体長1メートルを超す巨大な豹のような生き物がいたのだ。
「ほお、オオネコでねぇか、よく見つけたな山葵」
「オオネコは、こちらが気がついていないと襲われることも多いが、気がついているぞって目をあわせて近寄らなければ、あちらから襲ってくることはない。」
つまり、相手に襲われるよりも前に、こちらが先にみつけるかどうかが重要なのでそれを見つけただけで皆から褒められた。
皆の熱心な指導もあり、山葵も、そしてなぜかののめまでもが数日の間に野鳥ぐらいは弓で落とせるようになっていた。
皆との楽しい狩り道中はこうして終わりを迎えた。




