和竿和弓
矢がなんとか前に飛ぶようになり、やがて飛んだ矢が地面に刺さることが増えてきたのを見計らい、のごのねは竹弓の弦を強めに張り直してくれた。子供用の弓で、さらに弱めに調整されていたようだ。どうせ最初は飛ばないだろうと見越してなのだろう。正解。のごのねはできる男だ。弱い張りから試せたので、コツがつかみやすくおかげで上達も早かった。
弓づくりには材を完全に乾かすのに最低でも半年程度も時間がかかるそうだ。竹弓のようなものであれば切り出せばすぐにでも使えるようになるが、それでも完全に乾燥する半年ぐらいは頻繁に調整が必要になって使い物にならないのだという。彼らが使っているような木材から切り出して作る丸木弓は乾燥する前に曲げてしまうと木に変な癖がついてしまうので更に長い時間をかけて作らねばならない。村にストックしてある予備の材を使うことになるだろうが、狩りがてら補充のために材を採りにいこうということになった。
「竹だと柔らかすぎて鳥ぐらいしか取れないな。子供用だ。」
竹を割って短冊状にした長い定規のようなものだ。よく使い込まれていて飴色になっている。たしかにこれを大の大人が力まかせに引いたら折れてしまうだろう。
「ほのがさ達の弓はどんな木をつかってるんだ?」
「ケヤキとか赤松は手頃で材を調達しやすいから最初はここらへんじゃないか。丈夫さを追求するならカヤやイヌガヤ、山桑を使うやつもいる。だが、俺はイチイをつかってる。弓の木と呼んだりするぐらいイチイがやっぱり一位だな。」
「・・・俺は夜糞がいい。」
ほのがさがペラペラと弓の木について話してくれたあとで、のごのねがなにやら不穏な単語をぼそっと発していたが、臭木といい、お前ら臭いの大好きだな。
「引くのがやたら重い夜糞を使いこなせるのは、のごのねと狩り長ぐらいなもんだ。山葵は真似すんなよ。」
ほのがさの忠告はありがたく頂戴しておこう。
しばらく行くと、大きく根を張っている大木をペタペタと樹表を撫ぜながら石斧で切りこみを入れる。
「これが夜糞の木だ。こうやって切るとたくさんの樹液が溢れ出す。」
「な、変なもん食って深夜に腹痛で飛び起きたときみたいな匂いだろ?」
ほのがさがケタケタと笑っているが、いや、この匂い、現代人には筋肉が炎症をおこしたときに使う湿布とか塗り薬の匂いなんですけど・・・。一体何食ったらこんな匂いになるのか。
「この樹液は熱がでたときに飲むと治る。山葵も覚えておけ。」
湿布を飲むの・・・?
夜糞を見つけたので、このまま木を切り倒したり枝を落とすのかとおもったらそうではなかった。弓に使えそうな材を探すという本当の意味がわかってなかったのだが、育ちきった木を切り倒して切り出して使うのではなく、生えてまだ3〜4年の若木を根本から切り出して使うのである。しかも弓がとれるほど幹がまっすぐで、しかもその部分に枝などの余計な節がないものを探さなければならない。赤松やケヤキが見つけやすいといったのは、生える本数も多いので見つけやすいという意味だったのだ。
「鏃や風切り羽を付けたほうが威力があがるのにつけないの?」
と、聞いたら、そんなことも知らないのか山葵と言われて笑われてしまったが、これも同じ理由らしい。
「ほんとおまえどこで育ったんだ? わかってないな、鏃なんて石があるところなら、もののついでにすぐ作れるけど、本当に作るのが大変なのは矢柄だぞ? まっすぐのびた枝とか木なんてなかなかないんだ。ちょっとたわんでるだけで、矢がまっすぐ飛ばなくなる。今日使ってるのだって、遠くまでは飛ばない失敗作、捨て矢だ。」
「鹿とかを射るときは鏃をつけたのを使う。矢先は獲物にあたったら壊れる。だから壊れてもいいように作る。矢柄は再利用するから、中子で矢柄と継ぐ。鏃は壊れてもいい。」
この何日か弓の練習をしながら狩りをして、山の中を歩き回るついでに弓や矢の材を探すことでわかった。自然界にまっすぐ伸びた都合のいい規格品なんてほとんどないのである。あ、これまっすぐかも! と思って切り落としても、眇めつ正眼に構えて回転させてみれば、どこかしらが撓んでいるのである。矢をまっすぐ飛ばすのもまっすぐな矢をつくるのも実に難しい。樹齢10年程度の幹を途中でぶったぎると、横から何本も細い幹が立ち上るので、彼らも非常用にはそれをつかっているそうだ。半年程度で急激に伸びる枝は非常に柔く使い捨てに等しいが、それでも矢柄がなくなるよりはましである。
何本かの材を抱えながら、帰り道、川に寄った際に彼らに釣りを教えた。彼らが矢竹と呼ぶ細い竹の自生地を教えてもらった。急造の矢柄さえ確保できなくなったり大量に必要な時には矢竹をつかうのだそうだ。
竹やぶで竹のとり方を教えてもらったお礼に、竹の釣り竿をつくってみた。
釣り糸には麻の紐を、釣り針には竹の枝の又のとんがったところをつかった簡易的なものだ。
それを持って川に出て釣りをしてみると、「こりゃ矢で射るより楽でいいや!」と、ほのがさなどはだいぶお気に召したようである。
のごのねがいつの間にか弓から弦の片側を外して、竿と釣り糸にしていた。それを見て、ほのがさまで真似を始める。大切な弓をそんな風につかっていいのかと言いたくもなったが、しなやかで丈夫な麻の紐は、たしかに今までみた繊維の中でもっとも釣りにも向いている。また切りたての竹よりも、手に馴染んだ弓のほうが弾力もあり握りに安定感もあるのだろう。彼らは合理的なのである。
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現代の和弓は標準的なもので七尺三寸、221cmもの長さがあり、これは世界的に見ても異様なほど長い。栄養状態のよくない江戸時代の日本人男性の平均身長が155cmだったと言われているが、身長よりも長いものを扱うために、弦の中央を引き絞るのではなく下部から1/3程度のところを握って引き放つ、これまた世界でも類をみない射型である。
武人が馬上から使うために長くなったのではないかという説があるが、弓騎兵を擁したフン族は、馬の左右どちらからでも撃てるように取り回しのよいコンポジットボウ、短弓でモンゴル帝国を築いたのである。馬に右を向いてもらわなければ獲物を射れなくするように弓が長くなっていく進化は通常に考えるとありえない。
発掘される遺物から縄文時代にはすでに160cm程度の長さがあったのではないかと言われ、弥生時代の銅鐸には下側を把握する弓の絵が書かれ、魏志倭人伝には和弓は上長下短の記述がある。
なぜそのような形式となったのかは未だ謎であるが、川幅の狭い日本で用いられる釣り竿は短いものが7〜11尺、2〜3mである。偶然の一致か、きっと何か合理的な理由だあったのかもしれないが、その理由を知るものは誰一人としていない。




