弓と矢
「まさかと思うが、もしかして弓もつかえないのか?」
ばれてしまった。今日はうさぎか鳥でも追おうというというので、ほのがさ、のごのねに付いて村の近くの山に入っている。
いままでは川べりや村の傍での活動だったので、浜で覚えたての事を駆使して「そんな事もしらないのか山葵」状態は回避してこれてたのだが、それもここまでのようだ。知っているフリをしてもろくなことにならないので素直に色々なことを教わるために無知については許しを乞おう。
「浜では魚の漁しかしないから動物の猟はいままでやったことないんだ。」
誤解をさせるかもしれないが、ギリギリ嘘はついていない言い回しである。浜育ちが理由かのように言っているが、ほんのしばらく前まで魚とか虫ぐらいの捕獲がせいぜいで、お肉は好きだったが、いままでは調理済みか、スーパーでパッケージされた精肉済みのものしか見てこなかったのである。肉を食べるために《《何かの行為》》が必要なのかは頭では理解しているが、好奇心が旺盛な山葵でさえも哺乳類や鳥類の命を奪うようなことは誰かに代わりにやって貰うことで直視しようとはしてこなかった。
「狩猟をするのは免許がいるからさ」などと理論武装をしたとしても本心は別にある。いざその場になれば動揺するであろう自分がありありと想像できる。海外の情報源を探るなかでオンライン上にあげられたエグイ動画にぶつかることはままある。もしかしたら、そのような先行体験が、より忌避感を強くしてしまったのかもしれない。だが、獲物の好き嫌いをして生き残れるほどここが甘い世界ではないのも明々白々。腹を決める必要があった。
この村の男子衆は村から出るときは必ず小さな石斧を携帯している。サイズ的にもこの時代のスマートフォンのようなものだ。短い柄をくくりつけて腰紐に挿すようにひっかけている。このサイズの石斧では木を切り倒すことはできないが、手で引きちぎるのが少しでも大変なあらゆるものはこの斧の一振りで処断される。ナタがわりに茂みをすすむのにも、高いとこについた実を枝ごと落とすのも、ちょっと木を加工をするのにも必需品なのだ。
「大きい動物に遭遇したらどうするんだ? 石斧で戦うのか??」
「槍とかは歩いている最中にでも手近な若木を切り出してつくれるだろ? だから、石斧だけあればいいんだよ。」と笑われた。
だがそんな彼らも狩りに出ると決めた日に小屋から持ち出すものがある。弓と矢だ。
弦の外してあった弓に体重をかけてたわませ弓を張る。弦は女たちがつくってくれた麻の紐を縒ったものだ、矢には風切り羽も鏃もついていない。先を尖らせ、後端に弦を引っ掛ける溝が掘られただけのものである。持って出る矢はそれぞれわずか2本のみである。なくなったり壊れたりした矢は随時追加される。矢は道中で補充していくので帰りのほうが矢は多くなるのだそうだ。
「山葵はちび共の練習用の竹弓をもっていけよ。」
だ、そうであるが馬鹿にしやがってという感想ではなく、むしろそれでお願いしますという感じである。
竹弓は小さく、子供の力でも引ける程度に軽い。こちらでは、鳥やうさぎは子供でも取れる手習い的な獲物だそうだ。弓が扱えなくては魚も取れないじゃないかと。君たちは弓で魚をとるのか・・・。
今度、釣りや梁漁を教えてあげよう。
この日、山葵が放った矢は一度も獲物を捉えることはなかった。ただ、2人の教えの賜物もあり、足元にポトリと落ちていたものが数メートル先ぐらいに落ちるようになったのみである。




