道具のための道具
打製石器と磨製石器という言葉を記憶している人は多いかもしれない。打製石器とは岩石を打ち欠いて作るもので、磨製石器はそこからさらに研ぎ磨いたものである。全体を磨くものもあれば刃部だけ研ぐものなど種類も様々である。
だが、この磨製石器が人類史に登場する最古級のものが、その時代どこの大陸とも陸続きになっていなかったはずの島国日本やオーストラリアからだけなぜ出土するのかについては未だ結論を得ていない。そして32000年〜30000年前頃という大変古い地層から北は東北北部から南は九州離島という広範囲250近くの遺跡から900点以上も出土している地域は日本だけなのである。
これについて仮説はおもに2つ考えることができる。古代地質の調査できているのが日本だけだからというものと、磨製石器は日本での発明だからというものだ。
遺跡が登録、発掘されている数は日本は世界でも断トツに多い。国土に平地部が少なく、水害や狩猟採集天然資源へのアクセス容易性を考えると、同じような高立地の条件はあまり変わらず、旧石器時代の人も、新石器時代の人も、縄文時代も弥生時代もはたまた戦国時代の人も、さらには現代人までもが住みやすいところに家を建てようとすると昔の人とかぶってしまうのである。
また、日本が経済成長を成し遂げたあとは文化財の調査をする余力があったことや、義務教育で人々に教養がでてきたことも要因にあげられる。実際国内の石器時代の遺構の発見には多くの研究者ではない人々の貢献によるものも多くある。文化財の調査などのために経済的損失を負ってまで建設中断に理解を示す国民は、世界広しといえどそう多くはないだろう。
磨製石器は日本で特異に発展したのではないかという考えも、地質的な状況を考えればありうるべきことである。天然砥石は現代でも日本のものが珍重されているが、これは日本に様々な岩脈が地表付近にまで露出しているからである。これは日本が4つものプレートが折り重なり、世界全体の0.25%しかない国土面積に世界の7.0%、なんと108個もの活火山があり、地球上でおきるマグニチュード6以上の地震の2割は日本でおきるほど地質活動が活発なことに由来している。
ことわざに「他山の石」という言葉がある。
一見どんな役に立たなそうなありふれた普通の石でも、他山の石であれば磨きあげることができる、そこから、他人の意見はどんなにつまらなくても自分を磨き上げるのに役立たせることができるという意味の言葉だ。この言葉の裏の意味をとると、同じ山からとれた石では磨きあげることができないことを昔のひとは知っていたことになる。
岩石にはいろいろな種類がある。粘りがある岩石、割れやすい岩石、キメの細かな泥岩、粗い砂岩、マグマが深層でゆっくり固まった深成岩、噴火によって急激に冷え固まった火山岩、気泡を多く含む軽石、鉱物を含むものから硬度が異なるもの、生成の過程も違えば化学的組成も異なる。だが同じ山であれば大抵は同じ生成過程でつくられた岩で同じ種類の岩石になる。
もし、同じような岩石しか露出しない地域で磨製石器を作ろうと思ったら途方もなく長い時間、磨き続けなえればならないだろう。なにせ研ぐ側も研がれる側も同じだけ削れてしまうのだ。石を叩いて割ろうとしても1/2の確率でどっちが割れるかわからないというのでは加工はただのギャンブルになる。研ぐ石より硬い石があれば加工や削り出しに使えるし、柔らかい石であれば仕上研ぎや磨きに使うことができる。
だから磨きたい石があるならばそれを持って、他の山に登るのは必要なことである。しかし、日本の河原には上流の様々な組成の山から流れ出た石が見本市のように落ちている。磨製石器を作ろうとした場合、極狭いエリアの石を選り好みするだけで作ることができるのである。
道具に関してチンパンジーと人間の違いは何であろうか。
チンパンジーも枝などを加工して道具として利用することがあるし、実験ではコインなどを使って自販機から物を買うというような比較的複雑な行為もすることができる。
人と猿を分かつのは道具を作るための道具を作ることができるかできないかにあるとも言う。道具のための道具というメタな視点を獲得するためには目的のために先を予見する力や計画性が必要であり、より高次な脳の発達が必要となるからだ。
巧みな大工は、自らの道具の自作や調整が行える。鉋一つにしても調整が必要なのだ。コンピューターという道具においてユーザーとプログラマーを分つのは、道具の上に道具を作り出すことができる否かである。中でもハッカーと呼ばれる人たちはさらに道具つくるための道具、自作のツール作りに極めて長けた人たちの事を指す。誰かが作ったコードを利用するだけの坊やはスクリプトキディと揶揄されお子様扱いされるのだ。
水に浮くために浮くものを抱くのは、身近なものを道具として利用する行為である。浮くものを船として加工することや、加工をするための道具を作成するのは、道具をつくるために道具をつくる行為である。石斧をつくるために、石を磨いだり、柄をつくったり、それを結びつける紐をつくったりするためには、道具をつくるための道具を作る能力が必要だ。
石を利用して石を割るという単純な行為からはじまり、道具のための道具を種々折々積み上げて現代文明は成り立っている。そしてそれこそが我々の祖先が猿から別れた瞬間でもある。




