大麻草と織布
麻は日本人にとっては米よりも古い付き合いがある植物だ。
多くの人名や地名に麻の字が含まれるだけでなく、家紋に持つ家もある。宗教的にも重要な意味を持つだけでなく、七味唐辛子に含まれる麻の実のように食材でもある。だが、その真骨頂は繊維としての性能にある。
縄文から戦前までの長きにわたり庶民の衣類は麻が主な原材料であった。夏物の麻着物は軽く丈夫なのに風通しもよく、日本の高温多湿な風土にはもっとも風土に合う素材であったが、第二次世界大戦敗戦後アメリカ進駐軍による占領政策の一環によりそれまでの日本の生活様式の完全否定がなされた過程で国内では麻の栽培がほぼ禁止状態となった。原材料を調達できないため着物が庶民の服から高級品へと変わって行く。日本人の平服は洋服となり、その原材料を戦勝国から輸入されるように木綿や羊毛、化繊に変わっていった。なぜか戦後70年経った今でも温帯湿潤気候下でスーツに革靴という罰ゲームのような洋装はいまだに続けられているが、それも仕方のないことである。麻に戻ろうにもそれはもう失われてしまっているのだ。
麻の栽培が免許制となり、1954年に約3万7千人居た麻の栽培農家は2016年にはわずか37人を残すのみである。国産の純正の麻製品は絹よりも手に入らない希少品になってしまった。
麻の服なら持ってるよという人もいるかもしれない、だが国内で麻の栽培が禁止されたことで日本語が意味する麻はいつの間にか中近東で栽培される亜麻/リネンや、イラクサ科のカラムシ(別名、紵、苧麻、山紵、真麻)に挿げ替えられてしまったのだ。もはや現代人ではその違いを正確に言えるもののほうが少数になってしまっている。
麻の栽培はなぜ禁止されたのか。
薬物として有名なマリファナとは実は麻の葉のことである。マリファナには精神活性作用の成分が含まれるため栽培を禁止するとしたのが進駐軍の建前であった。大麻にはテトラ・ヒドロ・カンナビノール、THCと呼ばれるアルコールと同じようなヒドロキシ基を持つ成分があり、お酒に酔っ払ったような酩酊感覚をもたらす。そのため日本は大麻取締法により現在も所持、栽培、譲渡が制限されているのだ。
だがなんだのと理由をつけて禁止したかったマリファナはインド大麻のことで、日本の在来種の大麻とは実はほぼ別種とも言っていいものなのである。日本大麻は繊維型でTHCがほとんど含まれておらず、未成熟な状態の葉や芽芯にわずかに含む程度である。THCがおよそ2.5%ほどないと酩酊効果が得られないのに対し日本の大麻には0.08〜1.68%しかない。現在の国内栽培種はさらに品種改良がされその値はわずか0.02%。他方、麻薬として出回るインド大麻はTHCの成分をおよそ8~25%をも含む。ノンアルコールに分類される飲料はアルコール度数が0.05〜1%ということであるが、ノンアルコールビールを飲んで酔っ払おうとする程度に無謀なことである。
日本で縄文より育種してきた在来種の大麻は自然界において絶滅状態となり、その繊維をつかった庶民文化もほぼ失われた。逆にマリファナが医療用大麻としてカナダやアメリカなどでも約半数の州で合法化され、注目をされているのは皮肉でしかない。
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大麻草を引き抜いて積み重ね、一月ぐらいおいておくと茶色く枯れ腐ったような状態になる。今度はそれを小川の流水につけておいて一月ほど水に晒したのち、茎の外側を剥いで皮だけにする。それを更に灰汁で煮こんで、再び水に晒すのを繰り返し繊維だけにしたら、根気強く繊維を一本一本均等な幅で裂き、それを織って布にしていくのである。布織りは雨天や冬場の主な手仕事だ。
女たちが大麻が一面に茂る畑で根本から刈り取って一箇所に積み上げる。一月ほど前に刈った干し草の山を小川に運び、せせらぎの中に石で流れないように重しを乗せる。清流のせせらぎの中には、さらに一月前から流れに晒している、もわもわした繊維の塊が、小石に半ば埋まるようにしてあった。流されてしまわぬように、あるいは、余分なものは流してしまえとばかりに長い繊維だけが石に挟まり流れずに残っている。この繊維の束を里へ持ち帰るのだ。一抱えもあった束は一握りの束になっていた。
ののめは、ひと束だけまだ青い大麻の束も村に持って帰ってきていた。葛の束から繊維を取り出した山葵なら、きっともっと簡単なやり方を見つけてくれるに違いない。山葵に、葛布を作ったときのような炉をお願いできないか相談してみようと考えたのだ。
「あたしゃ、女の草を男に教えるのは反対だね。よその里の男といえど、ろくな事にならないよ!」
年配の姐さんが、山葵を麻布づくりに巻き込むことに強く反対する。理由を聞くと、別のお姐さんが答えてくれた。
「この草は服を作るだけじゃなくて烟って吸うと酔っ払って、痛いのが取れて楽になるのさ。だから、うちの里では女達がこれを出産のときや月ものが重たいときなどは使ったりするの。だから女の秘密の草って言ったりもするのさ。」
「昔、男どもも使ってた村があったそうなんだけど、毎日烟るだけでろくに狩りもしなくなったり、狩りに出ても大怪我して血だらけになっても気がついてなかったり、笑いながら崖から落ちてそのまま帰って来なくなったりして滅んだ里があるって聞いたよ。」
烟らせるのも女家の中だけでやるそうで、山を出歩いたり、ましてや狩りなどの最中にやるのは大変危険だそうだ。
「そういえばののめ、浜の里はお産の時とかどうしてるんだい?」
「お産のときは、樺桜の木の枝を噛んだり、皮を剥いで噛んだり、イタドリの葉っぱを噛んだり、枝を噛んだり。とか、とにかく噛む。噛んで食いしばる。それだけ。あと、痛み止め、私はやったことはないけど、本当に死にそうなほど痛いときは、というか、死んだほうがましってぐらい痛いときはくちばしの生えた鱗の無い魚を煮込んだ汁をほんの少しだけ舐める。口の中がピリピリして体の感覚だけなくなるから、それで痛くはなくなるらしい。でも、なめ過ぎたりするとそのまま息がとまる。腹の子も死ぬ。」
「なんだいそのヤバそうなのは!? だったら、こっちのほうがいいよ。あんたの言うイタドリの葉っぱって畑にあった山紵みたいなやつのことだろ? あれとは比べ物にならないから。痛いのがわからなくなると、狩りとかには危ない。だから男には内緒にするんだ。」
「ゆぐりさにも種を持たせたんだけどね、あっちのほうでは育てられてるのかね? あんたにも種と葉っぱはわけてあげるから持ってきな。」
男女が別に住んでいるこの村でしか、秘密にしておくことは難しいだろうなと思いながらも、ののめはいろいろな事を山の女達から聞き出すのだった。山葵にはあとで炉だけ作ってもらおう。




