ウソ
「アハハハ」「キャッキャッキャ」という、子供達が遊んでいる笑い声が微かに風に乗って聞こえてくる。若い男女が川べりでキャンプをしていてテントの中から聞く子どもたちの声は、甘く微笑ましいものなのかもしれない。もし、ここがキャンプ場で周りに他の家族連れでもいればの話しだ。
だが、今は深夜で月明かりもわずか。周りには文明の灯もなく暗闇だけが広がる世界。一緒に旅をする相方以外に今日は人間に遭遇していないし、その活動の痕跡すら見かけてもいない。テントとは名ばかりの葉のついた枝を立てかけただけの頼りない壁の隙間から、どこからともなく聞こえてくる子どもの笑い声は恐怖でしかない。
杖代わりに持っていた棒を手繰り寄せ、軽く寝息を立てているののめを揺り起こす。もしかしたら河童というやつが来たのかもしれないという恐怖から手にじわりと汗をかく。
「・・・ウソだよ。ウソだから音に誘われちゃだめだよ。川に落ちちゃうよ。」
ののめはすぐ起きたが、周りの音を確認するとまたすぐ眠ってしまった。
「いや、うそじゃないって。本当だって・・・。えっ? うそ???」
うそってなんだ、幻聴のことか? と、警戒を続けながらほとんど寝付くこともできないまま朝を迎えた。翌朝、川にいくとあれがウソだよと教えてくれた。
「ほら、あそこで寝てるやつ。」
ののめが指差す先には、50センチぐらいのイタチのような動物が、川の中に作られた巣の中で横になっているのが見えた。近くの川べりには石の上に魚が並べられている。
「ほぎゃわわわ!」
ののめが、カワウソに向かって、なにごとかを言うと、
「ほぎゃわわわぁ・・・」と、眠そうに返してきた。
フレンドリーにカワウソと意味不明な会話をしながら、ののめは川べりに並べられた魚をわけてもらっている・・・。なんだこの光景は。
「挨拶すると魚をわけてくれるいいやつだよ。うちら池の民はウソを狩るようなことはしない。ウソの毛皮がほしいと殺して川に飲まれて滅んだ里もあるんだって。山葵もウソは狩っちゃだめだぞ。」
ののめは珍しく真剣に注意をしてきた。
玉石ノ大川沿いには川幅が狭くなる上流部まで川沿いには集落がない。というのも、大きな川の側というのはほんの少しの雨が降っただけで川筋が変わって、いままで川ではなかったところを川にしたり、池に変えたりするため定住には向かないのだという。そこで人々は浸水の被害が少ない高台に住み、そこからアクセスしやすく、かつ歩いて渡れる程度の川幅の支流沿いに村を建てる。
そこで彼らが新たに村を建てるときの目安になる川というのが、このウソが住んでいるかどうかなのだという。魚などを捕食するこの生き物は、水がきれいで森林資源も豊富なところでしか生きることができない。カワウソが漁をしやすく巣をつくりやすい川というのは人間にとっても漁がしやすく住みやすい川なのだ。また、同じ哺乳類が繁殖できているというのは逃げられもしないほどの鉄砲水がこないことの証左にもなっているのだろう。
カワウソは餌を捕るためであったり巣作りの関係で、倒木や川の流れを堰き止めてしまっているものをどけたりすることがあるそうだ。もし、ウソがいなくなると、堆積物で川が詰まり、大雨などのタイミングで川の流れが変わり、近隣の村を飲み込むような事態になるらしい。
カワウソは大変おしゃべりで、呼びかけると同じような人間の言葉で返してくるので、酔っぱらいが誘われてそのまま川に落ちるという滑稽噺が現代にも伝わっている。女性が叫び声をあげているように鳴く狐や繁殖期には赤子のような声をあげる猫、子供ような声をあげる獺などは人を化かすと伝えられている動物である。彼らが悪いわけでもないのだが、古代から人を化かし続けたというそれなりの余罪があるのは間違いない。
カワウソから分けてもらった魚を焼いて朝食にしながら、山葵は思い出していた。
かつての日本にはニホンカワウソという生き物がいた。ニホンカワウソという生き物は、日本のみに生息する固有種であったが戦後間もなく絶滅したのだ。川に住むかわうその毛皮は厚くてあったたかいため、乱獲されたことと河川付近の自然破壊が相俟ったことが原因である。




