縄文文字
繊維を葛から取り出す方法や、そこからの糸の縒り方、布の編み方、製塩方法、魚の干物の作り方などを伝授したり、そのための炉を浜の大丘で作っていた。
その合間を縫って文字の手習いをしていた。といっても、山葵が「ひらがな」の書き取りを皆に指導しているわけではなく、ゆぐりさから習っているのである。
船の話しや黒曜石について詳しく聞こうと山葵が、ゆぐりさの生まれた里に是非行きたいとお願いした結果、「妊娠していて案内は無理だから、これを持っていけ」と、縄紐の束を渡された。両端が結ばれた一本の横紐に、5本ほどの縦紐が締め込まれていて、その下がり紐にはいろいろな結び目がある。
「これは私の村の位置を表したもの。奥沢で人に逢ったらこの気風を見せ案内してもらえ。」
なんでも山奥の民は、この縄の束で情報伝達をするそうなのである。
これはまさに文字ではないか!?いや、地図か!?
「沢や谷越しに、大声でやり取りしても聞こえないでしょ? だから我らも獣みたいに鳴くんよ。『ほーーーぃ、ほーーーぃ、ほーーーぃ』」
単純だが、よく通りそうな声を張り上げてくれた。山でやる「ヤッホー!」みたいなものだろうか?
「ちなみに今のは『こっちだよーー』って意味ね。」
その掛け声の符丁を単純化して縄で示したものが、この縄の束なのだという。結びの間隔や、結びの長さがその掛け声などに対応しているという。トン・トン・トン・ツー・トンみたいなモールス符号のような発音を符丁化したものではなく、単純な意味の取り決めを符丁化したもののようだ。
「横の結び目が1つのほうをこっちの手でもって、2つのほうを反対の手で。」
左右が決まっていて見る向きがあるようだ。
「こちら側の2本は山と川の合流点をあらわしてる。その土地の者見れば、どこかわかる。」
左側2本の縦紐は途中で結ばれて一つになっている。ひときわ大きく結んであるところが村の位置で、小さな結び目は細かい支流や池などのランドマークだそうだ。川の特徴を紐の結びで表すとは、最初に考えたやつ天才だな。
「3本目は村の氏族名、4本目は私の名前、5本目はちょっとした伝言。」
メッセージの内容を聞いたら、「元気だよ。」と結ばれているらしい。彼女は説明するとき少し照れていた。宛名と差出人が書いてあるハガキみたいなものなのかな。お便り。当て字をするなら、小多縒りか。
これらの情報伝達手段は、狩猟のときに「獲物はこっちだぞ」とか、獲物の種類や数を仲間に伝える時などにも利用するそうだ。わざわざ縄を結ばなくても、そこらへんの蔦や草を引きちぎり結んだものを目の位置の高さの枝にひっかけるのがお決まりごとだそうだ。
「あとこれだけは覚えておいて、『ディェエェエエェッ!ティェェエエエエエッ!ティェェエエエエエッ!』」
甲高く、まるで猿が喧嘩を始めたような緊張感を含んだ叫び声。
「さすがに今のはわかったわ。『キケン!助けてー』でしょ?」
「残念、おしい。」と首をふるゆぐりさ。
「これは、『キケン!逃げてー』って意味。助けにいっちゃだめ。」
「え、助けるんじゃなくて逃げるの!? クマでも出るの?」
「クマなら声をだしても興奮させるだけ。目を合わせながら後ずさって逃げればいい。助けが間に合うぐらいなら逃げられる。クマなら腹をすかせてなければ助かる。もし襲われて助からなくても可愛そうな一人の被害で済む。大声だして仲間にまで警告する必要ない。」
「一体何の警告だよ!?」
「大咬む。奴らは腹が減ってなくても咬んでくるし、群れで集まってくる。もし仲間が駆けつけても囲まれたら全滅もありえる。だから声をだして威嚇しながら、てんでバラバラに風下に逃げる。村のそばなら村に逃げ帰って、村から遠かったら、川の中に逃げる。とにかく囲まれる前に逃げる。村はその間に襲撃に備える。」
大咬む・・・。狼?ニホンオオカミが・・・、そうかまだいるのか。
ゆぐりさは、紐を複数束にして逆さまに吊るす。箒を逆さまにしたようなサイン。
「これは逃げろの気風。植物がこういう風に外皮だけが剥かれていてもそう。近寄るな。このあたりに何か居るぞの気風。」




