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縄文エスノグラフィ  作者: のはうず
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ゆぐりさ

ゆぐりさは玉石ノ大川奥から昨秋嫁いで来たばかりである。最近懐妊がわかった新米妊婦で出産はこの冬ごろになる見込みだ。彼女が織物づくりに大変な興味を示したのは、彼女が居た氏族では織物や縄というものが日常的におこなわれていたからだという。だが、こちらでそれを再現するには必要なものが足りず、浜村ではまだしっかりした服をつくるまでのことができていなかったそうだ。確かに彼女の着ている服だけ模様がついていたり一人だけ服のレベルが違う。他の者が着ている服は彼女の、なんていうか失敗作という感じだ。事実そうなのかもしれない。



「こんな綺麗に糸が取れるならば服作りが一気に進むわ!」と興奮ぎみに喜んでいる。


こちらの技術の伝播は非常にゆっくりしていて、主には、結婚などで発生する人身交換、またはそれに伴った物流に伴って行われる。そのため技術や、特産品を持つ氏族はほかの氏族より優位となり服作りが得意な氏族から彼女を迎えるために、次の浜村の長とまで嘱望されていた有能な若い男と、溜め込んでいたできのいい貝器などをたくさん持っていかれてしまったのだという。


多大なる交渉の末ようやく迎え入れた彼女だが、こちらではまだろくな服をつくれずにいた。彼女がいたのは、大きな河川の上流域、山岳地帯に近いところで、山葡萄などつる植物の固くなった鬼皮を使い、それをロープにしていたそうだ。これら木の皮を剥いでつくるロープは引張には非常に強いので、川岸から船を引っぱたりするのなどに使ったりするのだという。そのような過程から木材由来の繊維取り出す技術が発展し、また、冬場の寒さを凌ぐ必要から衣服関係の技術が断絶せずに継承し続けたのだろう。



だが、秋の池の村でならまだしも、夏の浜の村では素材にできるような木やツルが見つけられずにいた。植生が違うのだ。馴染みだった山葡萄などもなく低木の草のような植物ばかりで繊維としても弱く途方にくれていたのだ。だが山葵わさびが持ち込んだ繊維作成方法で、これでようやく服づくりに取り掛かれるという喜びはなかなかのものであったようだ。期待されていたよそ者が実際に来てみたら役に立てないという言外のプレッシャーは、なれない環境と相まって、そうとうストレスだったのであろう。あらたな繊維は孤独を感じていたところへ現れた光明であった。




山葵わさびも喜びを覚えていた。

「船を引っ張ったりって、え!? 船あんの!!?」



浜村に来た当初、船について村人に聞いて回ったことがある。

丘の上から海の沖のほうを指先し「あちらにはいかないのか?」と。たぐむが「沖に出てでかい魚を獲ったことがある!」と自慢してくれたが、よく聞くと、流木を抱えて泳いでいったらしい。ああ、知りたいのはそんな方法じゃないんだな・・・。他の人に聞いても、浜で十分に食べ物がとれるのに、なんで足もつかない沖に出るんだ? 危ないぞと逆に嗜められてしまった。


稀に海の民が船のようなものに乗って村に来る、というか、難破などして流されてこっち側にきてしまうことがあるそうなのだが、その海の民の村はどこにあるのかと聞くと遥か対岸を指さして、あちら側だという。船の技術を手にいれるには、船が必要というデットロックが発生していたのであっさり船のことは棚上げしていたのだ。


たぐむは「だから!流木を抱えて行けばいけるぞ!!」とかしつっこく食い下がってきたが、だれがそんな命知らずなことをするか。どうみても対岸まで10キロ単位であるではないですかと。


そう、おかしな話しなのだが、ここはアマゾン川でしょうか? 黄河ですか?というほど対岸まで数キロもある巨大な河が東京湾に流れこんでいるのだ。丘の上からでも見えるそれは、ほとんど湖のようにみも見える。

皆の話しを聞くとどうも湾の北部はまるごと果のない川につながっているのだという。対岸にみえるのはおそらく房総半島だと思われるのだが、はるか沖合に浮かぶ島のようにも見える。「あそこは陸続きではないから歩いては行けないよ。」と言われても、うん、見たまんまだねという感じである。


大河の河口は、ゆったりとした流れに見えるが水流は意外と早く、流されてしまって泳ぐのは大変らしい。対岸に行くためにはある程度上流まで行って、たぐむの言うように木を抱えて流されながら反対側に渡るのが、こちら側に流されてしまった人たちの戻っていくやり方らしい。まさに命がけだ。



ゆぐりさが教えてくれた船は、狩った獲物を山から下ろすときや、逆に上流に運ぶときに使うそうだ。木をくり抜いたタイプもあるそうなのだがそれは中流域でつかうもので、主には丈夫な蔓で縛ったいかだをつかうそうだ。乗るためのものというよりは、運ぶためのものという感じである。聞いたかぎりでは山岳地では、木材加工や狩猟も盛んなようだ。



糸の撚り方を教えるのを手伝ってくれていたゆぐりさが、絡めてこんがらがってしまった人の手から繊維の束をとりあげる。


「貝刃ではしっかりした繊維はなかなか切りないんだよね。」


ゆぐりさはそう言うと、小さなナイフでほつれた部分をスパッと切った。

彼女の手の中で黒曜石こくようせきでできたナイフが静かに輝いていた。


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