大丘の浜村
山葵は、あまりの重さにへばりつつあった。今回の任務のため大きな荷物を持ち運びできるよう背負子を開発したのだが、そもそも今までろくに運動もしてこず、遠出といっても近場のコンビニに行くぐらいの生ぬるいシティ生活を送っていた者には重量がある荷物を抱え舗装もない道をすすむのはなかなか厳しかったのだ。途中の村に寄ったところで合流したお姉さんに「ずいぶん弱々しいのを旦那にしたな」とののめが詰められている。大丈夫かあれは? という疑いの目である。
最近、浜の村では評価をあげつつあった山葵であったのだが、初めて逢う人から向けられる視線はどこか浜に来たての頃を思い出させる懐かしさがあった。
一行は、鯨水や魚素水の池に通じる川の河口域を目指していた。なんでもそこには大きな丘があり、彼らの氏族の中でも最大規模の拠点集落「浜の大丘」があるらしい。
秋の集落がいくつかあるように夏の集落も海岸線に散らばるようにいくつもあるそうだ。湧き水の量がすくないので自然小規模な浜村がいくつも点在している。「飲める水があって、採集が便利なことがわかっていれば、そこを住めるようにするのは当たり前じゃないか、何言ってるんだ?」という、これまた懐かしいリアクションである。
「おぅ!よ!よ!山葵よ! おめぇ次の満月会、顔見せしてこいや。」と、厄介になっている浜の長に呼び止められ、各浜村から代表が満月のときに集まる寄り合いにののめと一緒に向かうことになったのだ。その真意は、山葵とののめの結婚の報告と、いろいろ便利なものがいっぱいできているから、他の村の連中にも見せてこいという事らしい。
「長は行かなくていいのか?」
「なに、ここの浜の全員がおっ死んでないことがわかりゃいいだけだからな!」と、豪快に笑う。
そんなわけで、縄やら編み物やら、衣服、魚の干し物、そして何よりずっしり重たい塩壺などを持たされて、浜の大丘に向かっているのだ。
日の出とともに出発できたので日暮れ前には大丘の拠点村についた。
魚の丸干しという携帯保存食があったので、途中で漁や料理をする必要がなかったもの大きい。普段は空腹になりながら満月を頼りに進むそうだ。
大丘の村が大きいといってもいままで居た浜の村の数倍程度の規模で、特徴をあげるとするならば大人が10人ぐらいは入れる寄り合いにつかわれている高床式建物が建っていることぐらいだろう。
満月にそれぞれの村から代表が集まることは予期されていたので、手厚い歓迎のもと夕餉が催された。浜からわざわざ持ってきた一夜干しの魚も、ほどよく焼かれ皆に振る舞われる、多くのものが興味津々に次々に口に運んでは、顔をほころばせていく。
こちらの人は、食事については妥協のない飽くない探究心があるのか、干物を食べたあとの「これは一体どうやってつくるんだ!!」という圧を伴った質問攻めがすごかった。ここ数日苦労して作っていた背負子は、それ便利そうだな〜ぐらいの薄いリアクションだったのが寂しい。
みなの食事が一段落し落ち着いた頃、ようやく他の道具にも興味を持ち出したのか、一方的に質問責めにされるだけの会が夜遅くまで続いた。近況を報告しあう会だったんじゃないのか。
せっかちな人は、山葵達がいる集落に人を送ると言い出し、山葵とののめはしばらくはこの浜の大丘に残ってここでも同じようなものをつくり、みんなに教えてくれと頼まれてしまった。
浜の村には戻らないことは代わりの誰かが行って伝えておくからさぐらいの緩さである。
何も持たないって自由だなぁ。




