小魚おやつ
人類の死亡率を下げ、寿命を延ばすことに最も貢献した近代の発明は車でもテレビでもなく、冷蔵庫だという説がある。冷蔵庫が発明されるまで食べても病気にならない食事は実に得難いものだったのである。電気が使えるようになる前、つまり冷蔵庫が普及する前に人類が食品を保存しておく方法はかなり限られていた。
「しょっぺっぇぇええ!!」
山葵は、食品の長期保存ができる方法を考えようと製塩方法を発明しようとしていた。
途中でテストを兼ねて小魚まるごとの塩干をつくってみて、通りすがりのたぐむに食わせてみたのだがしょっぱすぎたらしい。塩梅がわからず煮詰めすぎ濃すぎる塩汁に漬けてしまった。自分で食べる前にちょうど食いしん坊が通りがかってくれてよかった。
砂浜に二軒目の小屋を建てた。
天井は高めだが、そこらへんの適当な葉を葺いただけで壁はない。雨もろくに防げないだろうが寝泊まりするようではないので構わない。作業小屋である。小屋の真ん中には炉があり川岸で作った繊維煮出し用のものよりは少しだけ深めの鍋状になっている。ここで海水を煮詰めて塩をつくってみようと考えたのだ。
幸い海岸には恐ろしい量の流木があり、薪は取り放題である。
森で伐採する人がいないので木は生え放題で自然に朽ちるのを待つよりなく、大雨など何かのタイミングで川から海に流れたもののすべてが海岸に貯まるのである。何十年分、何百年分ともわからない量の流木が海岸に溜まっているのだ。
「お前そんなやり方で塩をつくろうとしているのか?」
む、生意気な。
さっきまでしょっぱいしょっぱいと騒いでいたたぐむが鼻で笑うよう嘲笑まじりに言ってきた。なにやら挑戦的である。海水を煮詰める方法は、現代先進国でも通用する伝統製法のはずだ。
「ほんとは秋の奥池村に帰る前に皆んなでやるんだけどな。」
と、言いながら砂浜に打ち上げられた1メートル近い褐色の藻を何本か拾ってくる。玉藻とも呼ばれるホンダワラという海藻である。
これを海岸の日当たりのいいところに生えている木の枝に吊るし、下に海水をいれた土器を置く。ポタポタと海水が土器に滴る。海藻が乾燥してきたら、また土器の海水につけるのを繰り返す。器からも海藻からも海水が蒸発して、やがて、海藻の表面に塩が浮き出す。
あとはこの海藻を焼けた石の上におき、ゆっくりと焦がさないように灰になるまで熱するのだという。藻塩と呼ぶらしい。よく聞くと、いままでも料理にはこの塩が使われているという。少し味見をさせてもらったのだが、悔しいけれども美味かった。海藻成分がダシというか旨味成分をたした調味料にもなっているに違いない。塩なのに尖った塩辛さがなくまろやかだ。海藻という洗濯物を干すぐらいの感覚でできるので省エネである。わざわざ火を炊いて煮詰めてまで塩をつくる意義はたしかに見いだせないかもしれない。たぐむのくせに・・・悔しい。
煮詰め方式では海藻を天日干しするより大量に塩をつくることができた。だが、たぐむが「そんなにつくってどうするんだよ」と笑っているように、使いみちがみあたらない。当初は海産物の塩蔵に使おうと考えていたのだけど、自然の恵みのほうが村人より圧倒的に多い今、食べきれないほど保存してもしょうがないのも事実。調味料の品質としても、既存のやり方を超えることができない。
塩は他になにか使えただろうか? 家の周りなどに撒けば雑草は生えなくはなるだろうけど、塩害もおこすので禁じ手のような気もする。家の中の土間の病害虫対策は、灰と塩だとどちらがいいのだろう? 塩も蟻よけぐらいにはなるかもしれないけれども・・・
よし、ま、作れるのがわかっただけでもいいか!
塩田みたいな大掛かりなものを作ってからじゃなくてよかった。いつか、大量の塩が必要になる時代もあるだろうと、炉で焼き上げたお手製の壺の中にしまうのだった。
山葵の塩作りへの挑戦はここでそっと幕を閉じた。
・・・はずだったのだが、それからしばらくして、何故か魚の干物が村で流行りだした。水分の多い魚や貝でも、塩をまぶせば乾物にできるとわかり、塩が下ごしらえの段階でも使われるようになっていったのだ。かたーいとか、しょっぱいーとか言いながらいろんな海産物を干している。皆のおいしい食べ物への探究心は半端ない。
小魚の丸干しも人気だ。網や籠がつくられ、潮溜まりで小さな魚までもが苦労なくとれるようになったことで、これらが食されるようになったのだ。煮詰めた海水に漬けて干したり、すこし大きめのものは縄に連ねて干すというお手軽さから、余った魚はみんな干されるようになった。小腹がすいたときなどに形態保存食として食されるようになった。いつの間にか皆んなに浜につくった製塩用の作業小屋の使い方を把握して活用されていた。教えてもいないのにどうしてなのだろうか。
そのなかで、やたらと塩っ辛い小魚の丸干しを好んで作るたぐむの姿があった。




