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大嘘つき

 公爵令嬢ストリアータは生まれた時から私の婚約者であった。許嫁かつ親戚たる関係から私と彼女は幼い頃より交流がある。

 ストリアータはとても美しい少女だった。その美貌と淡い色素が、今にも消えてしまいそうな儚さを覚えさせる。おかげで初めて彼女を見た私は物語から妖精を飛び出してきたのかと。そして一目であっけなく恋に落ちた。

 心根もまたその外見に引けを取らず見事で、いつも穏やかで心優しい彼女とはそこまで年が離れていないこともあってすぐに仲良くなれた。

 彼女を知る度、私はますますストリアータへの想いを募らせた。彼女が生来私の妃になってくれることはこの上ない幸福だった。


「おじさま!」


 幸い私は彼女に劣らぬ容貌をしていて近い色味も相まって、並ぶ二人はまるで一枚の絵画のようだと称されることが多かった。

 だが今ストリアータが並んでいる男はどうだ。光を通さぬ黒髪に瞳もまた暗く、真逆の色彩を持つ姿があまりにも彼女に不釣り合いだった。

 正義の名の下に暴力で解決する野蛮な生業を行うその男は不幸にも私の叔父にあたる。私はこの男が心底嫌いだ、見目も内面も全てが不愉快だ。

 なのに父上もストリアータもこの男に好意的だった。父上はこの無骨者に相応しい態度を取れば諫めてくるし、ストリアータはこの男を連れ私から遠ざかる。

 だから私は他の男と話すストリアータを眺めるなどという苦行に黙って耐えるほかない。心優しいストリアータは争いを避けようとするものだから。

 でもいいのだ。なにがあってもストリアータは私の婚約者で、何より彼女は私を愛してくれている。彼女は私の目を見て言ってくれた。愛する方の傍に居る為にも王妃になりたいのだと。愛に蕩けた瞳を私に向けて。



「ロベルト様、本当によろしいのですか……?」

「問題無い。父上もどうせなら将来の娘に受け取ってほしいと言っていたから」

「ありがとうございます」


 ある日母上の形見である装飾品を彼女に渡すことになった。他のどの装飾品よりも厳重にしまわれていたそれは片方だけの耳飾りだった。

 保存状態が良かったのだろう。痛んでいる様子は無い、洗練されたデザインのおかげで古くさくも安っぽくも見えない。だが土台は合金のようだし、大ぶりながら石の質は良くなかった。

 宝石は私達の瞳のように透き通った物のほうが高く付く。けれど目の前の石は色の濃さで誤魔化されているが、不純物が多いのだ。大きさが大きさだからそれも仕方ないのかもしれないが。

 安物ではないが決して高価なものではない。母が残した他の装飾品の中で一番価値のない品だろう。だが彼女はそれだけでいいと。


「何故その程度の物を母上は大事にしていたのだろうか」

「ロゼッタ様から預けられた品ですから」


 今もなお名君と称される曾祖母からの贈り物。それならばどんな品であれ、この扱いを受けるのも当然か。ひとまず納得した所で私はあらたな疑問を覚えた。


「おそらくこの保管状態からして公に受け渡しがあったとは思えないのだが、何故リアは知っていたんだ?」

「我が公爵家にこの耳飾りの片割れが残っていたのです、デザインは同じですが石はロゼッタ様の瞳の色の……」

「ならばこれは」

「ロゼッタ様の王配ルドヴィート様の瞳の色でしょうね」


 私の愛しいお方の色です、とストリアータは呟く。その石を彼女は熱の籠もった目で見る。

 あまりに愛おしげな熱視線は石にすら嫉妬を覚えるほど、だがそれよりも私は歓喜に震えていた。

 ストリアータの瞳の色は曾祖母と同じ、だが我が王家は王配の色を受け継いでいた。多少の違いはあれど、それは私も例外では無い。

 彼女がこの耳飾りを求めたのは愛する者の色が欲しかったから、ああなんていじらしいのだろう。

 理解した私はあることを思い出していた。名君ロゼッタと王配はとても仲睦まじい夫婦であったと、ならば彼女達にならってみるのも悪くない。


「リア、君がその耳飾りを持つなら私にも君の家の耳飾りをくれないか」

「申し訳ありません、あの品は……」

「もしかして無くしてしまったのか?」


 私の言葉に彼女は顔を伏せる。名案だと思ったのだけれど残念だ。

 かの曾祖母の品ならともかくその王配の品、辺境伯として優秀だったというわりには記録に残っていないような人だ。それにたいした値打ち物でもない。間違って処分してしまっても仕方ないだろう。


「じゃあリア、代わりの……」


 代案を出そうとして私は口を噤む。彼女は石を眺めるのに夢中で、私の話に気付いていなかったからだ。

 掌の石へ蕩けた視線を向けるストリアータ。恥ずかしがり屋な彼女が時折見せるその恋情が私はなにより愛おしかった。

 同じ色が私の瞳に宿っているのだ、どうせなら私を見つめてくれればいいのに。馬鹿馬鹿しいと思いながらも嫉妬の感情を私は覚えずにはいられなかった。



 歳を重ねるごとにその美貌と才に磨きをかけていくストリアータ。彼女が王妃となることを皆が望んでいた、もちろん私だって喜んでいたのだ。

 ストリアータを愛していた。確定した未来、すなわち自由が無くなる日を私は待ち遠しいと思っていた。けれど私はまだ大人になりきれていなかった。

 それはちょっとした悪戯心。少しくらい遊んで良いだろうという油断。それから彼女にもっと求めてほしいという欲求からの行動だった。


 彼女に冷たい態度を取るなんてできない。ただ他の令嬢達との付き合いを良くしただけ。始まりは軽い気持ちだった。彼女が嫉妬してくれたら止めようと。

 だがストリアータは何もしなかった。嫉妬してみせたり、己を諫めたり、相手の女に苦言を呈したり、そんな様子を一切見せなかった。ただ困ったように自分を待っているだけ。

 父上や他の家臣、あの野蛮人は何度も忠告してきたのに。彼女は何も言ってくれなかった。それがとても寂しくて。

 だから意地になってしまったんだ。私の女遊びは徐々にエスカレートしていき、三年も経った頃には一夜を過ごすことも少なくなかった。

 それが私の評判を著しく下げることとなろうともかまわなかった。私はたった一人の王太子、私の代わりはいないのだから。


「ロベルト様、もうあの方と関わるのはおやめください」


 ずっと待ち望んでいた反応。初めて行われたストリアータの忠言に私は舞い上がった。その場では彼女に素気なく対応してしまったが止める算段は付いた。

 後日あの男までも押しかけてきたのは不愉快極まりないが、それを差し引いても私は喜びに満ちていた。だが次第に憂鬱になってくる。

 ストリアータを愛しているのは事実、だが今の愛人であるマリーを愛しているのも事実だった。だからマリーとの愛を終わらせなければならない事が心苦しい。


 マリーが何者なのか私はわかっていない。街へお忍びで出会った彼女は振る舞いからして、上流の生まれであることは明らかだった。夜会で見かけたことは無いから大商人の娘辺りなのだろう。

 彼女が教えてくれたのは愛称だけ。本当の名も身分も明かしてはくれなかった。最初はそれでも良かった。

 本気になるつもりなど無かったから。けれど彼女は私にあの瞳を向けてくれたから、ストリアータのように私が愛しくてたまらないのだと一心に伝えてくれるあの視線を。

 自分でも単純すぎて呆れるが、他のどの娘も与えてくれなかった物を私へ捧げてくれた彼女をいつの間にか愛していたのだ。

 だがそれも今日まで私はこの国の王太子、ストリアータ以外と結ばれる運命などありはしないのだから。


「そうですか、ならば私は家に戻りますね。ロベルト」


 別れを切り出した私にマリーの反応はあっけないものだった。にこやかに微笑む彼女、だがその瞳の奥底に見えた何かに私は恐怖を覚えていた。



 そこから私の運命はあらぬ方へと向かっていった。

 突如父上に呼び出された私は廃嫡とマリーの懐妊、隣国の王女との婚姻を告げられた。それにより私はマリーが隣国の王女マルグレットであることを知った。

 私がいなくなったら次代の王はどうなるのかと尋ねたならば、父は「もはやお前には関係ない」と切り捨てた。おそらくは傍系の子息から養子を取るのだろう。いずれは隣国にも知らされるけれども。

 この国に最早私の居場所はない。その日から私は隣国へ向かう日まで幽閉される事となった。


「……リア?」


 城の一室に閉じ込められ、この国を出るまで後数日となったある日。私の所に思いもよらぬ来客があった。

 ずっと会いたいと願っていた人、でも叶うわけがないはずだった愛しい人。

 意味がないと分かっていた、けれど私は彼女に謝りたかった。裏切ってすまないと、あれほど私を愛してくれたのに。そう口にしようとして私は言葉を失った。

 俯いていた顔を上げた彼女の瞳は憎悪に彩られていた。その視線だけで殺されてしまうのでは、そう思わせるほどの鋭さに身震いが止まらなかった。

 あの心優しいストリアータがそんな顔を見せるなどと私は思ってもいなくて、それだけのことを私はしたのだ。

 どんなに恨まれてもしかたない。殺されたって文句は言えない。今後のことを考えれば賢い彼女がそんな真似をするはずがないのに、私は本気でそう思った。

 いかなる罵倒も受け入れよう、覚悟した私に対して彼女は憎悪を向けるのを止めた。その瞳にはもう何の感情も映っていなかった。


「役立たず」


 表情を抜け落としたストリアータはその一言を私に浴びせた後、早々に去って行く。部屋が再び静寂に浸る。

 私は動けなかった。彼女の言葉の意味が理解できなかった。だが考える時間は腐るほどあった、私は愚かだが聡くもあった。それが絶望に繋がるとも知らずに。


 王妃になれなかったから?これは違うだろう、きっと彼女は私の代わりとなる男と結ばれる。彼女ほど王妃に相応しい女性はいない。それに彼女の家は王家に嫁げるならば誰が相手でも良いのだ。

 それに彼女は私の傍にいたいから王妃になりたかったと言っていた。だから、そんなことは、絶対に。


「……ち、がう。わ、たしは、」


 彼女との思い出を浮かべ、ふと鏡に映った己の顔を見て私は気付いてしまった。

 何故私は今まで気付かなかったのだろう。ストリアータは私の妃になりたかったのだ、そうすれば皆の願いが叶うから。

 乾いた笑いが漏れる、頬へ涙が垂れていく。狂ったように泣き笑う私の瞳は彼女によく似て、白く、淡い――

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