page7「雨の日の夜に」
――助けて!
沢良木七海は必死になって口を動かした。しかし声が出ない。口には鉄の味が広がり、血が溢れてリビングの灰色のカーペットを汚す。
息ができない。口だけでなく、腹部からも血がドクドクと流れ出てくる。
嫌だ、死にたくない――七海は這いつくばりながらも身体を動かした。その姿は芋虫のようだ。普段からリーダーシップを取りたがる七海は、どのように他人から見られるかを意識することが多々あった。いつもならこのような姿はプライドに大きく関わるが、今はそのようなことを言っていられる時ではない。
電気のないリビングの中。激しい雨が窓やら壁やらを強く打つこの空間内で、一人の男が椅子に座っていた。前のめりな姿勢を取り、黙って七海を見つめている。
明かりがないはずなのに、その目だけはなぜかこの闇の中でハッキリと見えた。血走り、正気を失った瞳。それが七海をジッと見つめ続けている。
まるでこれから死ぬ七海を観察しているかのように。
それでも七海は縋った。縋るしかなかった。
死にたくない。私はまだ、望んだことを一つも果たしてはいない。
七海は必死で口を動かす。声が出るかどうかなどもはやどうでもいい。
ただ黙っていたら死を待つしかなくなる。そのことが何よりも恐ろしい。
男がゆっくりとした動作で立ち上がった。そして七海に近づいてくる。
――届いた!
素直に七海はそう思った。
自分の助けてほしいという思いが、ついに伝わった。きっと私を助けてくれる。
冷静さと十分な思考能力を失った七海は、安堵の笑みを浮かべて目の前の男に手を伸ばした。しかし男は冷徹にもその手を軽く払う。そしてその場でしゃがみ込むと、感情のない声で七海に対して言葉を発した。
七海は一気に表情を固くした。そしてようやく悟る。
自分はもう、助からないのだと――
(続)




