page39「オレンジ色の光」
里奈達を乗せたセダンは、愛流が指示した裏山へと入って行った。思いの外、道は整備されており、今の所はスムーズに走行できている。
問題は、黒子の居場所だ。
先ほど愛流が言ったようにこの山に黒子が隠れ家を作っていたとしても、その具体的な位置がわからない。ここでセダンを停めて山の捜索をしているようでは、間に合うはずがない。
その疑問を、里奈は口にしてみた。後部座席で考える素振りを見せた後、愛流は顔を上げて周囲を見回す。
「とにかく、路上駐車している車を探してくれ」
「路上駐車? 何で?」
「人間二人を運ぶには、車が必要になる。つまり停まっている車の近くに、黒子の隠れ家があるかもしれない」
「今はそれに賭けるしかないか」
そう言って九十九が周囲を見回した。スピードは先ほどまでと変わらず、一切落ちていない。いくら安全装置が付いているとは言え、このままではガードレールなどにぶつかるのではないかと、里奈は内心冷や汗をかく。
それから数分ほど山を登り、三人は周囲を見回し続けた。すると、反対車線に停まっている一台の車を発見する。そしてちょうど、その運転席に乗り込もうとしている人物が一人いた。
捜査資料にある写真と比べ、かなり老け込んでいる。しかしその顔は、黒子で間違いなかった。
黒子もこちらの存在に気付いたらしい。慌てて車に乗り込む。このまま逃げ出す気だ。
「逃がすか!」
そう九十九が叫ぶと、反対車線に乗り込んだ。そして真っ直ぐ、走り出そうとする黒子の前に出る。
「まずい!」
里奈が嫌な予感を覚えるのと愛流が叫ぶのは、ほとんど同時だった。里奈は身を守れるものが存在せず、シートベルトを外して伏せるしかない。
案の定、セダンは黒子の車に真っ直ぐ突っ込んだ。鉄がひしゃげるやかましい音と一緒に、里奈の身体が上下左右に揺れる。
一瞬息が出来なくなった後、腹から空気を大きく吐き出した。身体の節々が痛むが、幸いにも骨は折れていないらしい。里奈は周囲を見回した。九十九はエアバックに顔を埋めていたが、すぐに後ろに身体を仰け反らせて大きく息を吐き出した。後部座席を見ると、愛流がシートの下から出てきた。どうやら足元に隠れることで、逃れたらしい。
「頭のネジが外れているとは思っていたけど、ここまでとは思ってなかったよ」
愛流が呆れたと言わんばかりの口調で喋る。里奈としても全くの同意見だ。しかし九十九は意に介した様子もなく、車の外へ出る。
言いたいことは山ほどあるし、身体中を鈍い痛みが走っているが、今は黒子の捕獲が優先だ。身体に鞭を打ち、里奈は外に出た。その後に愛流が続く。
互いの車のバンパー部分は完全にひしゃげ、見るも無残な状態だ。これでは黒子は無事なのかどうかと心配になるが、それはすぐに杞憂となって終わった。
車から少し離れたところで、黒子が道路の上で立ち上がろうとしていた。片腕を擦り、頭からは少しの量ではあるが血が流れている。
ひしゃげた車の方に改めて目をやると、黒子の車は運転席のドアが開け放たれていた。どうやらぶつかる直前、車から飛び出して回避したらしい。何はともあれ、命に関わるケガを負わせなかったのは良かった。
「黒子学さんですね」
里奈は警察手帳を提示し、黒子を睨みつけた。こちらを見る黒子の顔が、僅かにだが強張る。警戒しているのは明らかだった。
「あなたには、聞きたいことがたくさんあります。署までご同行を願います」
そう言って里奈は近づく。しかし黒子は身を翻し、ガードレールを乗り越えて森の方に向かって駆け出した。
「待ちなさい!」
里奈は慌てて黒子の後を追いかけた。背後から九十九も走ってついて来る。
ふと視界の端に、愛流の姿が目に映った。森の木々を避けながら、里奈はそちらに目をやる。
愛流は黒子を追いかけてはいなかった。どんどん里奈達の進行方向とは別の方に離れて行っている。
里奈は呼び止めようとした。しかしあることに気が付き、里奈は言葉を止める。
森の奥に、オレンジ色の光が見えた。その光からは、煙が上がっている。
そこでようやく、里奈は周囲が焦げ臭くなっていることに気が付いた。
(続)




