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愛流録2――過去からの種――  作者: 夢見歩人


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page34「憧れと再会」

「いらっしゅいま――なんだい、また君かい?」

 店に入るなり、茂が呆れたと言わんばかりの表情でため息を吐いた。しかし九十九はそれぐらいでは動じない。

 人にどう思われるかなど一々気にしないし、そもそもどのような感情を向けられようと慣れている。

 警察は犯罪者、一般人問わず、怒りや恐怖、憎しみと言った感情を向けられていると言っても良い人種だ。それに比べれば、ただ鬱陶しいと言わんばかりの呆れ顔など、可愛いものだ。

「何度でも来ますよ。俺はまだ、あなたから満足に話を聞けていないんだ」

 九十九はドカドカと歩き、カウンター席に座って肘をついた。茂は鬱陶しそうにしながらも、こちらを力づくで追い出す仕草は見せない。

 現在、夢見署内はてんやわんやな状態となっている。連続殺人事件の容疑者が自殺し、証拠も十分には揃っていないのだ。おまけにマスコミが、SNSに自殺宣言をしたのは本当に加藤夫妻だったのか? なりすましのアカウントではないのか? などと騒ぎ立てるため、上層部は緊急でこの後記者会見を開くこととなった。

 九十九は警察の言い訳じみた言葉の羅列や、記者たちに質問攻めされて狼狽えるお偉いさんの姿などに、微塵も興味がなかった。そこで隙を見つけて署を抜け出し、茂に会いに来たのだ。

 以前、伊勢陽子と言う女子大生から話を聞き出している時、事情聴取を里奈と愛流に任せて、茂に質問したことがあった。あの姉弟のことは目障りではあるが、利用できるならそれに越したことはないし、ようやく警視庁内で今でも語られる天馬茂に会えたのだ。目的を果たさない訳にはいかない。

 九十九が茂に会いたい理由。それは、どうやって警察署内で一人で生きていったのか。その術を知ることだ。

 かつて茂が解決した事件に、他の刑事の話は出てこなかった。茂の活躍の陰に隠れたのか、それとも本当に全て一人で解決したのか。いずれにせよ、茂がそれだけの実力を持ち合わせていたのは確かだ。

 九十九はもはや、誰のことも信頼しないと決めている。吊るんだところで、どうせロクな未来など待っていないのだ。とは言え他にやりたい仕事もないので、警察を辞めるつもりもない。

 だからこそ、茂から聞き出さねばならないのだ。一体どうやって、一人で活躍できるだけの実力を身につけたのか。一々うるさく言ってくる組織の中で、いかにしてその声を黙らせるのか。

 それなのに前回は、ただはぐらかされて終わってしまった。気付けば署に戻ることとなってしまい、九十九は今でもその時の無念を引きずっている。

 だから利用できるものは何でも利用する。自分が一匹狼の刑事をしていくにはどうしても茂の話が必要なのだ。そのために以前は、話したくもない身の上話を――かつての友に裏切られ、そのせいでもう一人の友を失うと言う、思い出したくもない過去を彼に話したのだから。

「さぁ、いい加減話して下さい。あなたが現役の頃、どうして一人で活躍できたのか。その方法と訳を」

「君もしつこいな。どうして一人にこだわるんだい? 以前聞いた話には、なるほど理解できる部分もある。だけど、それでも組織で動いた方が効率的だろうに」

「それ、本気で言っていますか?」

 九十九の投げかけに、茂は一瞬だが狼狽した様子を見せた。すぐに無表情を装いはしたが、それ以上言葉を発する様子はない。図星と捉えて相違ないだろう。

 やはり茂もわかっているのだ。一人で動いた方が、断然組織として動くよりも早いのだと。

 組織の一員として動けば、確かに人海戦術を利用して一度に多くのことができるかもしれない。しかし臨機応変な動きができるかと言われれば、決してそうではない。

 所詮はあらゆる価値観で動く人間の集まりでしかないのだ。かならず勝手な行動をする者、他者の考えに背くような動きをする者が出てくる。そうなれば組織の動きなど簡単に瓦解してしまう。そしてその不和によって、動きはさらに鈍くなる。

 結局は諸刃の剣みたいなものなのだ。何より、大なり小なり組織を裏切っている人間など、必ずいると言ってもいい。かつての九十九の友がそうであったように。

 ならば最初から一人で動いた方が、何のしがらみもなく捜査できるに決まっている。

 茂もそのことを理解しているに違いない。九十九はそう睨み、今思ったことを全て口にした。

「――あなたも、実際は同じ考えなんじゃないですか? だから現役時代は、一人であらゆる事件を解決した。俺は別に出世だの功績だのに興味はありません。けど上のうるさい連中を黙らせるには、それ相応の実績って言うものが必要になる。だからあなたの話を俺は聞きたいんです」

 カウンターから身を乗り出し、九十九は言った。しかし茂は今度は表情を変えず、カップにコーヒーを注いでそれを九十九の前に置いた。

「君は、若いね」

「は?」

「ただ、きつく言うようで申し訳ないけれど、今のは良い意味で言ったんじゃない。若さ故の傲慢さ、もとい、世間知らずな面が出ていると言う意味で言わせてもらったよ」

 そう言って茂が笑いかけてきた。しかしそれはただの笑みではない。

 明確な軽蔑が含まれているように九十九には思えた。実際、言葉にはかなり鋭利な棘が含まれている。

「何が言いたいんですか?」

「月並みな言葉さ。一人で何でもできる。自分ならこれぐらいのこと、耐えられる。そんなものはただの思い上がりだと、そう言っているんだよ」

 茂が呆れたと言わんばかりのため息を吐き、九十九を睨んでくる。彼の敵意とも言える態度が九十九には理解できず、ただ戸惑うしかない。

「君の過去には、確かに同情する。しかし僕には、今の君が怯えているように見えてならない」

「怯える? 俺が一体、何に怯えるって言うんです?」

「人間さ。いや、信じることそのものと言ってもいい。君は誰かを信じて裏切られることを恐れている。だから他人を拒み、何が何でも自分一人で生きていきたいと、そう願っている。そして僕のことを聞き、どういう風に捉えたのかは知らないけれど、同じようなものと解釈して近づいてきた。そんなところだろう」

 茂の言葉一つ一つが、九十九の心をざわつかせた。表情に出さないよう意識しながらも、上手く隠せているかは、自信がない。

「俺の何を知って、そんなことを言っているんです?」

「何だい、知って欲しいのかい? 君自身のことを。まぁだからこそ、身の上話をしてくれたんだろうけど。ただ僕は、君に力を貸そうとは思えない」

 九十九は言葉を発することができなかった。出してはいけないと思った。

 完全に茂のペースに巻き込まれていることを、自覚せざるを得なかった。このまま言葉を交わし続ければ、話したくないこともさらけ出すことになりかねない。それは九十九のプライドが許せなかった。

 しかし茂の言葉を止める術もない。

「改めて言わせてもらうよ。何でも一人でできると思っているのは、ただの傲慢でしかない。息苦しさやつらさを覚えた時に頼ることができる仲間を見つけないと、君は刑事としても人としても、ただただ哀しい存在となる」

「――あんたに言われたくはない」

 気付けば九十九は喋り出していた。黙っているつもりだったのに、怒りが自制心を麻痺させ、言葉を発していた。

「かつてのあんたも、俺と同じだったはずでしょ。一人で捜査をする。その活力があったからこそ、強盗殺人事件の犯人を追って、東京中を走りまわっていたんじゃないんですか? じゃなきゃ、警視庁の刑事が、たった一人で聞き込みをしませんもんね」

 そこで初めて、茂の目が大きく見開かれた。明らかに驚愕の表情だ。ようやくこの男のペースを乱すことができたらしいが、自分を制御できなくなった九十九には、そこに嬉しさも何も覚えない。

 ただここまで話してしまった以上、自分の過去も話さない訳にはいかなくなっていた。

「俺は一度、あんたに会ったことがある。都内で発生した、強盗殺人事件の犯人。その男が、港区に逃げ込んだ時だ」

 もう二十年以上も前になる。ここ夢見市内の銀行に強盗が侵入し、現金一千万を盗んで逃走した。その時、犯人は人質に取っていた来店客の一人を拳銃で射殺したのだ。

 強盗犯はおよそ一か月間、都内を逃げまわった。その時に逃げた地域の一つに、当時九十九が住んでいた港区も含まれている。

 あの時、九十九はまだ小学五年生だった。授業中、教頭が入ってきて急きょ帰宅するように言われた。その強盗犯が九十九の住んでいる地域に逃げ込んだ可能性があるという情報が、警察からもたらされたそうだ。そこで学校側は、生徒の安全を守るために、授業を中止する決断をしたのだ。

 クラスの反応は、それぞれだった。

 早く帰れてラッキーと笑う者。非日常を味わえて、目を輝かせる者。そして、強盗殺人犯に恐怖し、泣き出す者。

 この時、九十九にはこの泣いている生徒達の涙が妙に忘れられなかった。そして次のように思ったのだ。

 ――守らなければならない。

 殺人犯から、父を、母を、友達を、そして犯罪者に恐れる人を、自分が守らなければ。

 今にして思えば、本当にガキだったのだと、九十九は心の中で苦笑した。たった一人の子供が、強盗殺人犯を見つけて一体どうすると言うのだ。しかし当時の九十九は、それこそ正しいのだと、信じて疑わなかった。

 家に帰り、両親がまだ仕事で出ていることを確認すると、九十九は木製のバットとヘルメットを持ち出し、街中を走り回った。指名手配もされていたので、交番前のビラで顔を確認することはできている。後は見つけるだけだった。

 そして探しているうちの一か所、住宅街を走っている時に、スーツ姿の男とぶつかった。

「君、大丈夫かい?」

 男はしゃがむと、手を差し出してきた。しかし九十九は反射的に身構える。

 今、自分が探している強盗殺人犯ではないかと疑ったのだ。しかし顔を見て、すぐに違うと判断する。

 男の顔は角ばっており、肌は浅黒く、えくぼのシワから年齢は四十代ぐらいであることが推察できた。指名手配の写真とは、似ても似つかない。

「こんなところで走り回って、どうしたんだい? 遊びに行く、という恰好ではなさそうだが」

 男は九十九のことを、上から下まで、じっくりと見回した。何だか値踏みされているようで居心地の悪さを覚えたが、それに負けるものかと少年時代の九十九は胸を張る。

「強盗殺人犯を捕まえに行くんだ」

 言ってからしまった、と思った。

 こんなことを言えば「何を子供じみたことを」と大抵の大人が嘲笑うことぐらい、十歳の九十九にも理解できた。この男もきっとそうで、何とも言えない屈辱を味わうかもしれないと、反射的に身構える。

 しかし男の反応は、思っていたものとは違っていた。

「何だって?」

 男は至って真剣な表情で、眉間にシワを寄せる。恐いとも思えるほど目つきは鋭くなり、九十九は思わずたじろいでしまった。しかしそのことに気付き、自分を奮い立たせる意味も込めて前のめりな姿勢となる。

「そいつを捕まえれば、クラスの皆も、安心して生活できる。だから今、探しているんだ」

「――そうか」

 九十九の言葉に、男は神妙な顔つきで頷いた。それからしばらくの間、考え込むように黙る。かと思うと九十九の肩を叩き、白い歯を見せて笑いかけた。

「今、家にお父さんかお母さんはいるかい?」

「今は二人とも、仕事に行っている」

「そうなんだね――わかった、それじゃあその役目、僕に任せてくれないか?」

「えっ?」

 最初、九十九は何を言われたのかわからなかった。かと思うと男に引っ張られて立ち上がらされる。そこでようやく、今まで尻もちをついた状態で会話していたことに気付いた。

 男は口元に薄っすらと笑みを浮かべたまま、ジャケットの内ポケットから黒い何かを取りだした。それが警察手帳であることは、九十九にも理解できた。

 つまり九十九は、人生で初めて刑事という人種と対面したのだ。

「僕が犯人を必ず捕まえる。その代わり、君にしかできないことがある。お父さんとお母さんが帰る家を、守ってほしいんだ」

「家を?」

「そうだ。犯人は、どこかの家に強引に潜入する可能性だってある。つまり家族の平和が脅かされるんだ。だから君は、君の家族の平和を守ってほしい。頼めるかな?」

 そう言って男は再び手を差し伸べてきた。それが握手を意味するのだと、九十九は悟る。

 指切りなどではなく、握手を求める。それは自分を子供として扱っているのではなく、対等な人間として協力を求めているようで妙に嬉しく感じ、昂る鼓動を意識しながらその手を握り返した。

 自分よりも一回りも大きい手は固くて、子供の九十九では上手く握り返すことが出来なかった。それでもこの嬉しさは、微塵も陰ることはない。

 その後九十九は帰宅し、家の中を一通り確認した後、バットを持って玄関の前に立っていた。男が言う通り、家に強盗犯が押しかけてくるかもしれないと思ったからだ。

 結局その日は、母親が帰ってくるまで玄関に立ち続けていた。母がドアを開けた瞬間に緊張の糸が解け、何年振りかに泣いて抱き着いたことを、恥ずかしくも今でも覚えている。

 それから数日後、強盗殺人犯が練馬区で逮捕されたというニュースが、世間に流れた。それを知った時、九十九はあの刑事が逮捕したのだと、信じて疑わなかった。

 自分が約束を守ったように、彼もまた九十九との約束を果たしてくれたのだ。それから九十九の夢は、自分が会った男のような刑事になることとなった。

 そして警察官になり、警視庁に配属となった後、天馬茂の噂が耳に入った。先輩刑事から見せてもらった写真を見ると、九十九は衝撃のあまり呆然となってしまった。

 歳こそ取っていたものの、茂は間違いなく、九十九が子供の頃に会った、あの男だった。

「――それからずっと、俺はあんたに会いたいと思っていた。もちろん、一人で活躍していく術を知りたかったと言うのもあるが、礼を言いたかった。あんたは、俺の人生の道筋を示してくれた人だから」

 語り終えてから、九十九は真っ直ぐに茂を見つめた。その顔には先ほどの軽蔑した表情は見られず、代わりに古傷が痛んでいるかのような、そんな苦しそうな表情を見せている。

「覚えているよ。恐くて当たり前だろうに、犯人の捕獲に乗り込むなんて、随分と勇敢な子だって、あの時は思ったね」

 茂の言葉に、九十九は胸が高鳴るのを覚えた。

 覚えていてくれたのが嬉しかったのだと、自分でも認めざるを得なかった。しかしそれを素直に受け入れることはできない。

 今と昔では、自分は大きく変わってしまったのだ。

「あの時のあんたは、他の刑事を同行させず、一人で行動していた。あんたも俺と同じで、誰も信用せず、独断行動をしていたんじゃないのか?」

 自分の感情を打ち消すように、九十九は言葉に圧を込めて言った。

 ここには昔話をしに来た訳ではない。目的をはき違えてはいけないのだ。

 九十九の問いかけに、しかし茂はすぐには答えようとはしない。先ほどまでとは違い、そこには明らかな戸惑いが生まれている。

 九十九が昔会った少年だと知って、驚いているのか。九十九は違和感を覚えながらも、言葉を続ける。

「今のあんたが何と言おうと、俺はこのスタンスを変えるつもりはない。あんたが教える気はないって言うのなら、それでも構わないさ。俺は俺なりのやり方で、一人で刑事をやっていく方法を見つけてやる」

 そう言うと九十九は茂の顔をそれ以上見ることもなく、ドアへと向かって店を後にした。

 ただただ、心が乱れていた。一体自分は、どうして言う必要のないことまで茂に言ってしまったのか。気付いてほしかった訳ではないのに、なぜ自分と彼との出会いまで語ってしまったのか。九十九自身、混乱していた。だから気付けば、店のドアに身体を向けていた。

 外に出ても九十九の頭は、相変わらずグチャグチャだ。一体自分は、どうしてしまったと言うのか。

 訳が分からずイライラしながら九十九は車道を横切って、夢見署に入って行く。

 その時、署から出てくる二人の姿が目に入った。


(続)


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