page33「真相」
「――犯人は、黒子学。陽子ちゃんが中学二年の頃の、担任だ」
愛流のハッキリとした言い方に、里奈は口を閉ざした。ある程度予想はできていたが、実際に言葉として聞くとやはり衝撃がある。
今、愛流が手に持っている資料。それは黒子の経歴をまとめたものだった。
愛流は黒子こそ、この事件の黒幕であると、既に気付いていたのだ。だからこそ里奈に彼の経歴を調べさせた。
おそらく、更なる確信を持ちたいがために。
里奈の調べた限り、黒子の過去は、決して明るいものではなかった。むしろ絶望に満ちていたと言ってもいい。
黒子は五歳の頃に両親を交通事故で亡くしている。旅行の帰り道、薬物中毒者が乗るトラックが蛇行し、黒子が乗る自動車に衝突したのだ。奇跡的に助かった黒子は、その後児童養護施設に引き取られている。
そして黒子は成長し、都内の大学に奨学金で入学。そこで教職員免許を取り、卒業後は国語の教師としての道を歩んだ。
大学を卒業してから約一年後、学生時代から交際していた女性と籍を入れている。このまま上手くいけば、順風満帆な人生を送れていただろう。
しかしそうはならなかった。
愛流が訊いた噂通り、身体が弱かった妻は出産の負荷に耐えられず、死亡した。ただここで噂とは相違点が発生する。
黒子の子供は、死んでなどいなかった。その証拠に、赤子を乳児院に預けたことを、市役所に確認することができた。
つまり黒子が子供と一緒にいる姿を近所の人々が見かけなかったのは、生まれてすぐに市内の乳児院に預けたからだったのだ。その理由は、黒子の病にある。
黒子は妻を亡くした直後、白血病にかかった。
頼れる親戚もいない以上、黒子に赤ん坊を育てることは不可能だった。だから彼は、我が子を乳児院に預けることにした。妻を亡くし、自身も病にかかって、忘れ形見とも言える娘を早々に手放さなければならなかったのは、身を引き裂かれるような思いだっただろう。
その後黒子は、約一年間治療に専念した。そして無事に教師として復職している。
ただ調べていて里奈が気になったのは、預けた娘のその後の動向だった。
どうやら黒子は、預けた娘をその後も引き取った様子はないようだった。件の乳児院が既に潰れてしまったため、娘が現在どうしているのかも判然とはしない。
そして黒子のことでもう一つ、里奈は驚くことがあった。
七海らの両親と同様、黒子もまた「正通道」に加入していたのだ。それも加藤舞優を失ったおよそ一年後に。ただ違う点としては、彼は二年前に既に団体を抜けている。それ以降「正通道」の信者と何らかの接触をした様子はない。
子供を持つ親が主に「正通道」の信者だと言う話を聞いていた里奈としては、微妙に納得できない部分ではあった。果たして赤子の頃に生き別れた子供の父親も、その対象には入るのだろうか。
「どういうことか、説明して」
自分の声に緊張が混じっていることが、里奈自身にもわかった。愛流は神妙な面持ちで頷き、資料を指で軽く叩く。
「まず、ハッキリとさせなくちゃならないことがある。どうして黒子は、七海ちゃん達を殺害するに至ったのか。自分の教え子をだ」
「それは、舞優さんが七海さん達に虐められていたって言う話があったからよね? 事実かはわからないけれど」
「俺は実際にあったことだと思っている。その点については、今までの話から信憑性が浮かんでくる」
「今までの話って」
「悪いけど、それはまた後から説明する。とにかく、今上げるのは、なぜ黒子は舞優ちゃんの復讐に走ったのかという点だ」
里奈としては不満だったが、黙っていることにした。確かにこのまま気になることを口に出し続けていると、キリがない。話を脱線させないためにも、話を聞くようにするべきだろう。
「明らかに違和感がある。いくら仲が良いとはいえ、たった一人の生徒に黒子は入れ込み過ぎじゃないか? 俺は黒子に初めて会ったあの時から、二人には先生と生徒以上の何か深い関係があるんじゃないかって疑っていた」
「それって、二人が恋人関係だったってこと?」
「最初はそう思っていたさ。けど黒子の身辺をいくら探ってみても、そう言った不祥事らしき影は見当たらなかった。舞優ちゃんと仲良く話していたのも、あくまで教室内でのこと。どこかへ出かけたと言う噂もないし、そもそも二人がそういう関係なら、恋人であることを隠すために、教室内でも余所余所しくしようとするはずだ」
「何が言いたい訳?」
「答えは一つ。二人は親子の関係だったって訳さ」
里奈の思考が、一瞬だが停止した。愛流の言葉を理解するのに、何十秒と言う時間を必要とした。
「それって、比喩とかでも何でもなくて、言葉通りの意味?」
「あぁ。黒子が乳児院に預けた赤ん坊。それが舞優ちゃんだ」
「そんな、あり得ない。だって舞優さんには、ちゃんと両親がいるのよ」
「乳児院で引き取ったね。姉貴が前に言ったことだぜ」
愛流の鋭い言葉で、里奈は自分がかなり動揺していることに気が付いた。
加藤夫妻と舞優に、血の繋がりはない。そして舞優や陽子が生まれた年に、黒子は白血病を理由に我が子を乳児院に預けている。
今思えば、黒子が預けた乳児院も、加藤夫妻が舞優を引き取った乳児院も、いずれも潰れていた。黒子の経歴を調べている時に違和感は覚えたが、よくよく考えればどちらも同じ名前の乳児院だったのだ。
それならば、確かに愛流の言うこともあり得ない話ではないのかもしれない。しかし――
「そんなことってある? 生き別れた父親と娘が、中学校で先生と生徒として再会するなんて、そんな偶然――」
「何もあり得ない話でも、出来過ぎた偶然でもない。黒子は舞優ちゃんを七女市内の乳児院に預け、それを市内に住んでいる加藤夫妻が引き取った。それに公立の中学校なら、地区によってどこの学校に行くのかが決まっている。同じ学校になる可能性としては、十分にある」
愛流の顔には、自分の推理に対する迷いが一切なかった。彼の中では、この事件が完全に読めているようだ。
「黒子や舞優ちゃんは、知っていたの? 自分達が実の親子だったってこと」
「舞優ちゃんは知らなかっただろうね。陽子ちゃんや姉貴が調べた感じからも、自分が加藤家とは血の繋がりがないって疑っている様子は見られなかったし、仮に考えたとしても自分の妄想程度で終わらせていただろう。ただ黒子に関しては、赤ん坊の舞優ちゃんを知っている訳だから生まれながらの痣だとかちょっとした面影だとか、そういう所でもしかしたらって思うきっかけはいくつかあったのかもしれない。舞優ちゃんの出生についても、興信所に依頼したりして、調べることはできる」
そこで愛流は一呼吸置き「それに」と言葉を続けた。
「こういうのはすごく曖昧な言い方になるから好きじゃないんだけど、目には見えない絆って言うのかな。生き別れた実の親子や兄弟には、センサーのようなものが働くことがある。例え確証はなくても、あぁ、この人は他の人とは違う、何か特別な部分があるんだって言う話はいくつも聞いたことがある。たぶん遺伝子どうこうが働いているんだろうけど、そこは専門家じゃないからあくまで予想で話す。もし黒子や舞優ちゃんにこういうセンサーが働いて、二人が自然と仲良くなったのなら、十分に考えられる話だ」
「それで黒子は、舞優ちゃんが死んだ時に、心の病気になるほどのショックを受けたし、舞優ちゃんの復讐に走ったってことなのね」
「彼女が虐められていたことについては、つい最近知ったんだろう。もしもっと早い段階で知ったのなら、事件は既に起こっていたはずだ」
「黒子は舞優さんが虐められていたという話がデマかもしれないって、疑わなかったのかしら? どこで知ったのかそれとも調べたのかは知らないけれど」
里奈は率直な疑問を口にした。
黒子に会ったことはないが、穏やかな性格の人格者だったという話は聞いている。そのような人間が、いくら娘の死の裏について知ったからとはいえ、安易に生徒を殺すだろうか。
まずは疑い、事実を調べようとするように里奈には思える。それとも既に調べつくした後なのだろうか。
里奈はそのことを愛流に訊ねた。愛流はピンクの髪を掻きながら「姉貴が言いたいことはわかる」とため息交じりに言う。
「そう思うのも、無理はないと思う。これについては、二つの経路が考えられる」
「二つの経路って?」
「一つは、黒子自身が舞優ちゃんの死に疑問を持っていた場合だ」
「それってつまり、加藤舞優さんが誰かに殺害されたかもしれないって、疑っていたってこと?」
「いや、状況から考えて、自殺なのは間違いない。ただ舞優ちゃんの自殺方法については、俺も話を聞いた時から疑問には感じていた」
「どういうこと?」
訳が分からず、里奈は訊ねた。愛流の鋭い目つきは、一切変わることはない。
「考えてもみなよ。もし自殺するのなら、どうして首吊りじゃなくて、自分の身体を焼くなんて方法を取ったんだ? 明らかに手が込み過ぎている。俺はここに、何らかの意図を感じずにはいられない」
「何らかの意図って、何よ」
「炎で焼かれれば、その身体はどうなる?」
「それは、全身火傷になるのはそうだし、想像を絶する痛みだって聞いているわ」
「それから?」
「それからって――全身黒焦げになって、歯型からじゃないと誰かわからないような状態になって、指紋も人相も、傷跡すらわからなく――」
そこまで言って、里奈は言葉を止めた。それと同時に、全身にゾワッと鳥肌が立つ。
愛流の言いたいことがわかったのだ。
「つまり、舞優さんが焼身自殺を選んだのは――」
「おそらく、虐められた傷を隠すためだ。自分の死後も、周囲に虐めの事実を知られたくなかった。知れば心配させたり、あるいは七海ちゃん達に何らかの不都合が起こると、そう思ったのかもしれない。もっとも、そこは俺の想像に過ぎないけれど――ただ、もし黒子が俺と同じような疑問を持ち、似た結論に至ったのだとすれば、筋は通る。陽子ちゃんが言っていた、夏でも長袖を着ていたっていう話。あれも虐めで受けた傷を隠すためだろうな」
愛流の言葉に、里奈はただ押し黙るしかなかった。黒子の気持ちを考えると、絶望を覚えざるをえなかったのだ。
生き別れた娘に再会したと思ったら、その娘は自分のクラスの生徒に虐められ、さらにはその事実を隠すために自殺した。それを察したのだとしたら、虚しさとやるせなさで自分を呪うに違いない。
黒子は一体いつになったら救われるのか。里奈は被疑者に同情することが刑事としてご法度と認識しながらも、そう感じずにはいられなかった。
「もう一つの経路って言うのは?」
自分の気持ちを誤魔化す意味も込めて、里奈は愛流に話の続きを促した。愛流は前のめりな姿勢になり、手を合わせる。
「宗教団体だ」
「それって正通道のこと? でも、黒子はもう既に脱退して――」
「また関係を持ったのさ。黒子が再加入したのか、それとも向こうから接触してきたのか。いずれにしろ、奴らが背後にいるのは間違いない。それも、かなりヤバい連中だ」
「ヤバいって?」
「黒子の殺人が、手際が良すぎるんだよ。黒子は今まで、殺人を犯したことはないはずだ。それなのに沢良木家では多少の荒っぽさこそあれど、父親と母親を流れるように殺害し、七海ちゃん達に関しては肺に穴を開けて拘束し、徐々に死を味わわせると言う、残酷な手段を取っている。殺害の流れが完璧過ぎるし、相手を苦しませる方法も十分に知っている。とても黒子一人でやったとは思えない」
「じゃあ、裏で正通道が指示をしていたってこと?」
「奴らは直接手を下してはいない。おそらく助言や物資を渡す程度だ。犯行のほとんどは、黒子一人にやらせて、自分達はギリギリ手の届かないところでその様子を眺めている。全く、ここの教祖は、良い性格をしているよ」
自嘲気味に愛流が笑う。彼の中では「正通道」が関与していることは、確定事項らしい。
しかし里奈にはまだ納得できない。
「仮に正通道が関与しているとして、なんで黒子の復讐を手助けするのよ。それに、沢良木七海さん達の両親は、信者なんでしょう? 自分達の信者を殺させるなんて――」
「簡単に言えば、目障りになったからだろうな」
さも平然とした調子で、愛流が答えた。
「目障りって、どういうことよ」
「奴らの団体は、そこそこの信者がいる。にも関わらず、知っている人間の数はたかが知れている。俺達が正通道のことを知ったのも、七海ちゃんの両親がしつこく勧誘していたって言う話を、近所から聞いたからだろ」
「だから?」
「つまり「正通道」としては大きく宗教勧誘をするつもりはない。水面下で、加入させようと思った人間を選出して密かに接触するタイプなんだろう。けど沢良木家の信者は、大っぴらに勧誘活動を行っていた。近所トラブルになるレベルの、ひどい活動をね」
「それが目障りだったから、黒子を利用して殺したって言うの? 吉田咲さんや、大平理香さんも殺したのに?」
「理香ちゃん達については、向こうとしてはどうでも良かったんだろう。好きにしてくれぐらいの感覚なのか、それともついでとして手を貸したのか、そこまでは何とも言えないけれど」
首を横に振り、愛流は額に手を当てた。その姿は絶望で苦しんでいるようにも見える。
里奈としても、言葉を失うばかりだ。
もし愛流の推理が全て正しいのだとすれば「正通道」はかなり危険な集団だ。人の命を奪うことに、何の躊躇いもない。どうしても三十年前に起こった、有名な新興宗教団体のテロ事件を思い起こさせる。
しかし愛流が今取り上げた推論には、無理があるようにも思える。
「それって「正通道」が舞優ちゃんの虐めを知っていることが前提になるわよね。ちょっと考えにくいんだけど」
自分の信者の子供たちが主犯者だったとはいえ、一女子中学生のいじめ問題を、宗教団体が把握しているとは思えない。黒子が加入したのも、舞優が死んだ後だ。
信者の過去を細かく調べるほどの手間を、組織が行うとはどうしても思えなかった。
「まぁ、そこについては大体の見当はついているけどね」
そう言って愛流は大きくため息を吐いた。目を細め、嫌悪感を露わにしている。
「見当って、一体何なのよ」
「それより、話が大きくずれている。今は事件を一つ一つ整理していくことが重要だ」
愛流が手を擦って顔を上げた。先ほどの嫌悪感をむき出しにした表情は、今は消え失せている。
里奈としてはごまかされたような気がしてやや腹が立ったが、それ以上何かを言うことは辞めた。こういう時、愛流は頑なに何も話そうとはしない。何より、今はこの事件の真相を知ることが重要だ。
「次に発生したのが、吉田咲ちゃんの事件。おそらく黒子は、以前から彼女のことを尾行して行動パターンを把握していた。そして死体が放置されていた公園を通ることを知った。街中にある防犯カメラの位置なども確認し、公園内で殺害した方が良いだろうと判断して、スタンガンで動けなくした後に猿ぐつわをくわえさせ、肺を刺して殺した」
「七海さんを殺してから吉田さんを殺害するに至るまで、随分早かったわよね。こういうのって、たいてい日を空けるものじゃない?」
連続殺人において、連日で人を殺害するというパターンは、かなり珍しい。犯人は少しでも自分の犯行だとバレないようにするものだ。だから日を空けて、自分が犯した事件との結びつきを少しでも気付かせにくくさせようとする。
ただ黒子の犯行には、そう言った隠そうと言う意思がかなり希薄に思える。捨て身にも思えるが、無計画な犯行と言う訳でもない。どちらかと言うと――
「焦っているって、姉貴は言いたいんだろう」
里奈の言葉を引き継ぐように愛流は言った。里奈は静かに頷く。
「まぁ、それに関しては姉貴にもわかるんじゃない?」
そう言って愛流は資料を指さす。最初、里奈は何のことを言っているのかわからなかったが、資料をしばらく見つめているうちに、思い出した。
なるほど。それならば、黒子が殺人を焦っているのも無理はない。彼にはそれだけの理由が確かにあるのだ。
「そして大平理香ちゃんの事件。彼氏の家の前の公園に死体が置かれていた」
「問題はこれよね。死亡推定時刻、黒子にはアリバイがある」
大平の死亡推定時刻は十八時から二十二時の間。その間、黒子はアルバイト先にいた。そして発見現場から黒子のいた場所までは、片道でも四十分はかかる。とても途中でこっそり抜け出して殺すことなどできる距離ではない。
この矛盾点について、果たして愛流はどのような答えを出すのだろうか。
「それに関しては、単純さ。大平理香ちゃんが殺されたのは、あの公園じゃない」
「え?」
愛流の言葉に、里奈はただ短く声を漏らすしかなかった。
「あの公園じゃないって、だって、大平さんは警察から逃げて、助けを求めて彼氏の家に行ったんじゃないの?」
「そこだ。場所が場所だけに、そう思い込んでしまった」
「場所が場所って――」
「理香ちゃんの彼氏が住んでいるマンションの前で理香ちゃんの死体が発見された。でも実際には、理香ちゃんは刑事達から逃げた後、別の場所に向かっていたのさ。その証拠に、駅などの公共交通機関に設置された防犯カメラにも映っていなかった」
「別の場所って――」
「黒子の家。そしてその後、黒子のバイト先周辺で殺された。殺害現場は、おそらく黒子の車の中だ」
あまりに予想外の言葉に、里奈はすぐに言葉を発することができなかった。
「それって、黒子が理香ちゃんを車内に拘束して、他の二人と同じように殺したって言うこと?」
「そうだ。ただし、黒子の車に乗ったのは、理香ちゃん本人の意思によるものだろう。その証拠に、理香ちゃんの体内からは睡眠薬等の薬物は検出されなかったし、彼女に関しては拘束された痕も見られなかった。せいぜい口周りに抑えられた痕が残っている程度。つまり強制的に車に乗せられた形跡がないって言う訳だ」
「でも、そうだとして、なんで大平さんは黒子の車に乗ったの? そもそも、どうして大平さんは黒子を頼ったの?」
あまりにもわからないことばかりで、里奈はヒステリックにならないよう注意して言葉を発した。愛流は冷徹とも言える眼光で里奈を見つめる。
「黒子と理香ちゃんは、おそらく恋人関係にあった」
「恋人関係?」
「そう。もっとも理香ちゃんには既に彼氏がいる訳だから、浮気関係、と言い換えた方が良いだろうけど」
「だから大平さんは黒子を頼ったって言うの? でもそれって――」
あまりにも突飛だ。そう言おうとした時、愛流が右手を挙げて制した。
「確かに一見するとぶっ飛んだ推理に思えるかもしれない。けどちゃんとした筋道は存在している」
「どういうこと?」
「まず、理香ちゃんと黒子の関係が始まった時期について。これはおそらくつい最近のことだ。黒子が復讐のための計画を立ててからになるだろう。黒子から理香ちゃんに接触して、色々と言いくるめて恋人関係になった。理香ちゃんの彼氏とは関係を継続させた上でね。そして理香ちゃんは度々黒子の家に訪れるようになった。実際に、近所の人間から俺が聞き出した情報だ。元教え子だと言う若い女が、この一か月間で黒子の家に何度も入って行ったってな」
「でも、それが大平さんだと断定できる訳ではないでしょ」
「確かにそれだけだったらな。もう一つは、理香ちゃん自身の話からだ」
「大平さん自身の話って――」
「彼女は、刑事達にこう話している。ここ一か月の内に、窓ガラスが割られたり、変な手紙が届いたりするなどの嫌がらせを受けているって」
「一か月?」
そのワードが、里奈の中で大きく引っ掛かった。その反応に満足したのか、愛流は大きく頷く。
「そう。期間が被っているんだ。これは偶然なんかじゃない。おそらく理香ちゃんに嫌がらせをしていたのは、黒子自身だ。黒子は理香ちゃんに嫌がらせを行うことで、あえて助けを求めさせた。そして何か困ったことがあれば、自分の所に来るようマインドコントロールしたんだ」
「どうして、そんなことを――」
「全部、今回のアリバイ作りのためさ」
そう言って愛流は椅子を窓越しに移動させた。外を眺めながら、話を続ける。
「今回の事件を計画するに辺り、黒子は理香ちゃんにアリバイトリックを仕込むことを考えた。そのために彼女に近づき、浮気関係を築いた。その後、理香ちゃんに嫌がらせを行って、彼氏より自分の方に頼るよう優しく、そして弱った心につけ込んで彼女にマインドコントロールを仕込んだんだ。自分が事件を起こせば、刑事達は必ず理香ちゃんに接触してくる。けど理香ちゃんとしては自分が虐めを行っていたことを、知られたくない。それが黒子にはわかっていた。だから刑事達が来たら、自分の元に逃げてくるよう、種を撒いておいたんだ。そして理香ちゃんは、実際に黒子を頼った。そして黒子は、車で理香ちゃんと共にアルバイト先へと向かった。バイト中、理香ちゃんは車内で待つこととなった。家にいるより、自分が近くにいる車内の方が安全だ、とか何とか言って彼女を納得させたんだろうね。そしてバイトの休憩時間を利用して車内に戻り、理香ちゃんにスタンガンを使って動けなくさせてから拘束し、肺を刺した。黒子としては自分の娘を死に追いやった主犯格の一人が苦しむ姿を見届けたいところだったんだろうけど、そうするとせっかく仕込んだアリバイトリックが失敗する恐れがある。だから今回に関しては、死んでいく様を見るのは諦めたんだ。そしてバイト終わりに、彼女の死体を彼氏がいるマンション前の公園の茂みに棄てて、さも理香ちゃんが彼氏の家に逃げてきたかのように仕込んだんだ」
愛流が一息で語った長い推理を、里奈はただ黙って聞いていた。それと同時に恐怖し、背筋がゾッとする。
黒子の執着心が、恐ろしかった。
娘の復讐のためとはいえ、かつての教え子を洗脳し、恐怖させ、少しの希望を与えたかと思えば裏切りと言う形でまた絶望の淵に落とす。人は憎しみによって、ここまで変わってしまうのかと、ただただ恐ろしい現実を突きつけられたような気がする。
「じゃあ、証拠は――」
「おそらく黒子の車には、理香ちゃんの血痕が残っているはずだ。それを調べれば、黒子の犯行は証明できるだろう」
会議室の中に、一瞬の間、沈黙が訪れた。里奈は渇いた舌を唾で濡らし、窓越しに立つ義弟を見つめる。
黒子にも恐怖したが、今はこの愛流もまた、恐ろしい存在に思えた。
時々、愛流が昔に戻ったように感じられることがある。今まで何度か一緒に事件を追ってきたが、そう思う時は決まって推理を語っている時だった。
感情が希薄で、心があるのかどうかすら疑わしくなる。今の愛流は、まさにその状態だった。
人並の感性で、果たしてここまでの推測を作り上げることができるものなのだろうか。
「じゃあ黒子は、全ての復讐を遂げた後、その罪を加藤夫妻に擦り付けて、自分は疑いの目を免れたっていう訳なの?」
「いや、それは違う」
首を振りながら、愛流は里奈を見つめた。その目はどこまでも虚無で、黒い瞳は何もかも飲み込んでしまいそうに里奈には思えた。
「違うって――」
「確かに黒子が火を点けて、舞優ちゃんの両親の身体を焼いた。けどそれは、ただ罪を擦り付けるためのスケープゴートという意味だけじゃない。一時的にでも、これから行う犯罪が自分のものだと気付かれるのを、遅らせるためだったんだ」
「どういうこと?」
「姉貴が作った資料に書いてある通りなら、黒子は復讐を遂げた後、ただ自分の身を隠すだけでも良かったはずだ。それなのに黒子はそうせず、舞優ちゃんの両親としてSNSアカウントを作成し、自殺宣言をしてから焼くという手間まで取っている」
そう言って愛流は苛立たし気に髪を掻き回した。
「俺が思うに、舞優ちゃんの両親もまた、黒子の復讐のターゲットだったんだ。彼女の身近にいながら、虐めの事実に気付かなかった。そんな彼らを、黒子は許すことができなかった。だから最も憎い三人を殺した後、舞優ちゃんの両親を利用する道を選んだ」
「ちょっと待ってよ。いくら何でも、それは乱暴過ぎる推理じゃない? それに、その理屈が通るのなら――」
「そう。同じことが他の生徒全員にも言える訳だ」
里奈は身体中から血の気が一瞬で引いていくのを感じた。脳の活動が鈍り、理解することを拒む。
「ねぇ。それって、嘘、よね?」
里奈は愛流が嘘だと言ってくれることを望んだ。いつものような軽い調子で放った冗談だと、そう言って欲しかった。
しかし愛流の表情は、至って真面目だ。そして里奈を憐れむように目を細めると、口を開いた。
「黒子のターゲットは、もはや七海ちゃん達だけじゃない。陽子ちゃんを含めた、舞優ちゃんのクラスメイト全員だ」
(続)




