↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛流録2――過去からの種――  作者: 夢見歩人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/45

page32「呼び出し」

 大学の講義室に入って席に座るなり、陽子は腕に顔を埋めた。少しでも眠れれば気も紛れるかもしれないと思ったのだが、微塵も眠れる気がしない。むしろ頭の中のモヤモヤが膨らむばかりだ。

寝ることを諦めた陽子は、窓の外を眺めることにした。陽子の心境とは反比例し、空は雲一つない晴天だ。

この三日間、ろくに眠ることができていない。気にしないようにと努めているが、そう意識すればするほど考えてしまう。

自分は結局、誰一人守ることができなかった。大平も、そして舞優の両親も。

 自分は愛流のように頭脳明晰な訳ではない、ただの愚鈍な女子大学生なのだと痛感せざるを得なかった。

 一体自分は、何の役に立ったと言うのだ。積極的に関わっておきながら、ただ周囲の状況に振り回されていただけではないか。

 思い上がっていたのだと、陽子は自分の浅はかさを恨まずにはいられなかった。

 愛流が戻ってきて、気持ちをぶつけ合って、また助手として認めてもらえた。それが嬉しくて、自分ならばきっとできると思って――その結果空回りし、何もすることができなかった。

 ――本当に、情けない。

 陽子は窓の外を眺め、再びため息を吐いた。その時、誰かに肩を叩かれる。

 振り返ると、そこで葵が隣の席に座る姿が目に映った。

「おはよう」

「うん、おはよう」

 葵の声は、いつもと違って沈んでいた。しかしそれも無理はないと思う。

 大平と加藤夫妻の死は、既に報道されている。葵が知っている可能性は高いし、だとしたらこのように気分が落ち込んでいるのも当然だった。

「大丈夫?」

「うん。陽子こそ」

「えぇ。大丈夫よ」

 二人の会話はそれ以上長くは続かなかった。チャイムが鳴るまでの間、他の学生が世間話をしている中、陽子と葵の間に流れる空気は、まるでそこだけ別の空間に切り離されたかのように沈んでいた。

 おそらくはたったの一分程度。その短い時間が、陽子は十分にも二十分にも感じられた。その思い沈黙を破ったのは、葵の第一声だった。

「明日さ、吉田さんの葬儀が行われるんだって」

「うん。そうみたいだね」

「陽子の所にも、案内が来た?」

「うん」

 陽子は自分でもわかる暗い声で答えた。葵もまた沈んだ表情で俯いている。

 昨晩になって吉田咲の通夜、葬式の案内状が届いた。彼女だけではない。郵便受けには、大平理香の葬儀に関する葉書も入っていた。七海に関しては、家族全員が亡くなっているので、そのせいで遅れているのだろう。

「陽子は、参加するの?」

「うん。そのつもり。学生課にも相談に行ったし、たぶん明日、講義を受ける予定の先生達には伝わっていると思う」

 本心を言えば、陽子としては葬儀に行くことに抵抗を覚えていた。七海達への苦手意識や、もしも本当に彼女らが舞優を虐めていたのだとしたら? という疑いが理由ではある。

 それでも、彼女らが同じクラスメイトであることに変わりはなかった。そして、自分が関わりながらも、救うことができなかった命。

 だからこそ葬儀ぐらいには参加し、目を背けるべきではないのだと、陽子は使命感にも似た気持ちを抱いていた。

「葵はどうするつもり?」

「うん、私も参加しようとは思っている。何だか、無視する気分にもなれないし」

 いつも明るい葵が、ここまで沈んでいる姿を見るのは、非常に珍しいことだった。身近な人間の死がこんなにも大きいことを、陽子は改めて痛感する。

 その時、陽子達の机が軽く振動した。それは机の上に置かれた、葵のスマートフォンによるものだった。

 葵はスマートフォンを手に取り、画面を見つめる。そして「あっ」と声を漏らした。

「矢尾君からだ。何だか話したいことがあるんだって」

「矢尾君から?」

 そう言えばと思い、陽子は周囲を見回した。この時間の講義はマーケティング論で、矢尾も受けている。しかし今この講義室内に、彼の姿は見当たらなかった。

「何だか亡くなった七海さん達の弔いのことで、黒子先生も交えて話をしたいんだって。今は先生と一緒に大学の近くに来ているみたい」

「講義をさぼって、何をしているのよ」

 そう言いながらも、陽子は矢尾の気持ちが何となくだがわかるような気がした。

 沢良木達の死は、自分達にかなりの精神的ショックを与えた。正直このまま講義を受けたとしても、頭に入ってくる自信はない。

 ここでふと、陽子の頭に疑問が浮かんだ。そしてそれを確認するため、自分のスマートフォンを確認する。

 やはりだ。自分には葵と同じメッセージが送られていない。

 同じ講義を受けている以上、矢尾も陽子が大学に来ていることは把握しているはずだ。しかし声をかけられたのは葵だけ。

 単純にうっかりしていただけなのか、それとも避けられているのか。後者に関しては心当たりがないので、陽子の被害妄想だと思いたい。

 しかしもう一つ気になることがある。

「これってさ、私達が中二の頃のメッセージグループで相談しても良さそうな内容だよね? 何でそうしなかったんだろう」

 そう言った途端、葵がようやく顔を上げ「確かに」と目を丸くして共感した。

 沢良木達の弔いに関することとなると、矢尾や葵個人の問題ではない。むしろ当時のクラス全員の問題であるはずだ。

 五年前に作ったメッセージグループだ。既に退会した者や、他県に引っ越した者もいるだろう。それでも、そちらで今葵が言ったような内容を流すべきではないかと、どうしても陽子には思えてならない。

 自分が考え過ぎているだけなのだろうか。それとも――

「ねぇ、そのメッセージ、私にも送ってもらってもいい?」

「良いよ」

 そう言って葵は矢尾とのメッセージ画面をスクリーンショットし、陽子のメッセージアカウントに送信した。その写真を受け取った陽子は、そこに書かれた内容を確認する。

 自分の杞憂だとは思うのだが、どうしても気になってしまう。一度愛流に相談した方が良いかもしれない。

 そう思いながらメッセージを読み進める。文末に差し掛かった時、陽子は「あれ?」と思わず声を漏らしてしまう。

「ねぇ、葵。メッセージを最後まで読んでないでしょ」

「えぇ、読んだよ」

「じゃあ、最後のこの文は何?」

 陽子がそう言うと、葵がこちらのスマートフォンを覗き込んできた。陽子は送られてきた写真の下部を指さす。そこには次のように書かれていた。

〈このことについては、とりあえずは他の誰にも言わないように。もちろん、伊勢にも〉

「あっ、本当だ」

 葵はばつが悪そうに目を逸らした。陽子はため息を吐きそうになるが、何とか堪える。

 葵は良い人ではあるのは間違いないのだが、どうにも抜けているところがある。これでは内緒話など、簡単に彼女に打ち明けるのは難しそうだ。

「まぁいいや。とりあえず、会いに行ってみよう」

「えっ?」

 葵が信じられない者を見るかのように陽子に目を向けた。陽子は立ち上がり、友人を見下ろす形となる。

「良いの? これから講義だよ?」

「いやまぁ、そうなんだけどさ。正直、授業を受けても上の空になるばっかな気がするし、それだとここに来ている意味がないような気がするんだよね。ズルで出席登録だけするって訳でもないし、今回はそれで勘弁してほしいって言うか――」

「でも、矢尾君は陽子にはこのことを秘密にしてって言っているんだよね?」

「それに関しては、あれよ。私が葵のスマホを横から見たって言うことで」

 そう言いながら陽子は立ち上がった。

 今、葵に言った言葉に嘘はない。それにこのメッセージは、どうにも気になる。

 文面からだと、矢尾は陽子にひた隠しにしたいかのような意思が感じられる。しかしその理由が陽子にはわからない。だからこそ本人に問いただしたいのだ。

 以前の陽子からでは、考えられないことだ。特にメンタルが弱っている今のような状態なら、例え思っても実行には移さなかっただろう。

 これもまた、愛流から受けた影響の一つに違いない。

「どうする? もちろん講義をサボれって言うつもりはないし、葵が単位を優先するのなら、私はそれを決して否定しない」

「それ、逆に断りにくいよ」

 葵がやや恨めしそうに見上げてきた。そしてトートバッグを持って立ち上がる。つまり陽子と共に行くということだ。

 ――そうだ。一応報告しておいた方が良いか。

 歩き出す前に、陽子は葵に少し待ってもらうよう言ってからスマートフォンを取りだした。

 舞優の両親が見つかったあの日以来、愛流にはまだ会っていない。また何か進展があれば連絡する、ただそれまでは自分がこれからどこに向かうのか、メッセージを送るように言われているのだ。

 単に心配してのことなのか、それとも何らかの意図があるのか、陽子にはわからない。しかし愛流がそう言っている以上、そうした方が良いのだろう。

 陽子は愛流にこれから矢尾と黒子に会うことをメッセージで伝えると、葵と共に教室を後にした。


(続)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。