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愛流録2――過去からの種――  作者: 夢見歩人


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31/45

page31「事件の犯人は――」

「あんたに言われたこと、確かに調べたわ」

 夢見警察署の会議室で、里奈は愛流に紙の束を渡した。そこには愛流に頼まれた内容が書かれている。

 普段なら喫茶「私生活」で捜査報告をしているところだ。今回会議室を使っているのは、愛流の提案だ。

 なぜなのか聞いてはみたが、愛流は答えようとはしなかった。里奈としても必ずや「私生活」で話さなければならないと言う訳ではないと思い、安田に頼んで署内にある会議室の一部屋を貸してもらえることにした。中に愛流を通している間、警視庁の人間に愛流の存在がバレるのではないかとヒヤヒヤしたが、何とか杞憂に終わってくれた。

 資料を読んでいる間、愛流はずっと黙っていた。不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、目を左から右にと、忙しなく動かす。

 愛流が調べるよう言ったのは、とある人物の経歴だった。しかし調べた後も、里奈には疑問が残っている。

 愛流はなぜ、この人物の過去を調べたがっているのか。そして調べることで、一体何が判明すると言うのか。

 里奈には何もわからない。ただ一つだけ、確信にも似た思いがある。

 愛流が調べろと言ったということは、何らかの理由があるはずだ、と。

「そう言えば、あんたに一個言わなきゃいけないことがあるわ」

 ふとあることを思い出し、里奈はそう言った。愛流は聞いているのかいないのか、資料から顔を上げる様子はない。

「加藤夫妻の死体なんだけどね。ちょっと妙なの?」

「妙って?」

「実は加藤夫妻双方の腹部には、刃物で刺された傷痕があるの。監察医によると、おそらく致命傷はその傷だろうって。つまり加藤夫妻の死体は、死んだ後に身体を焼かれたってことになるわ」

「それ、マジで言っているの?」

 そこでようやく愛流は紙をめくる手を止めた。視線をわずかに上げ、鋭い目つきで里奈を見てくる。その圧に委縮してしまうが「えぇ、もちろん」と頷く。

「実際、現場には刃渡り十五センチメートルほどの包丁が二丁落ちていたの。さすがに火が移って指紋は調べられなかったけど、死体の傷口とは一致するって。それに死体の肺は健康そのもの。煙を吸った痕跡は見られなかったということよ。それと鑑識が言うには、死体から数メートル離れたところに蚊取り線香の灰と、焼け焦げた紐を見つけたって」

「とすると、こう言いたい訳? 舞優ちゃんの両親は娘の死に倣い、焼身自殺を考えた。でも火で身体が焼かれていく痛みを想像して恐れた。だから互いに包丁で刺してから、時間を置いて周囲に撒いたガソリンに火がつくような仕掛けを施した。それが蚊取り線香に火を点けて、ある程度燃え進んだらガソリンを染み込ませた紐に移るようなもの。紐が焼かれたら自分達がまいたガソリンに火が燃え移り、自分達の死後に身体が焼かれるようなものだった、と」

「まぁ、そういうことね」

 里奈としては、このストーリーに違和感はない。不自然さは特に感じられないし、筋は通っているように思える。

 里奈は愛流の反応を待った。しかし愛流はそれ以上この話題に興味はないのか、資料を再び読み始める。

 何だか肩透かしを食らったような気分だ。わずかに気分を害した里奈は「ねぇ」と愛流に呼びかける。

「そろそろ教えてくれる? なんでこの人のことを調べろって言ったのか? 私にもそれぐらいの権利はあると思うけど?」

 机に手を突いて里奈は訊ねた。愛流は答えず、ただ資料を何度も読み返している。しかし沈黙に耐えられなかったのか、大きくため息を吐いて資料を机に放り投げた。

「ここから話すことは、誰にも漏らさないって約束できる?」

「誰にもって、父さんや陽子ちゃんにも?」

「あぁ。絶対にだ」

 そう言った愛流の顔は真剣そのもので、どこか殺気立ったものも存在するように感じられた。そのことに里奈はちょっとした恐怖を覚えるも、黙って頷く。

「今回の事件は、まだ終わっていない。たぶんまだ人が死ぬ」

「そんな、なんで? だって加藤夫妻は、死んだのよ」

「その点については、何の関係もない」

「どういうこと?」

「言葉通りの意味だ。今回の事件は、舞優ちゃんの両親が起こしたものじゃない」

 愛流はハッキリと言い切った。その目の鋭さと、至って真面目な顔つき。それ以上否定することも、疑問を持つことも、里奈には許されないように思えてしまう。

「舞優ちゃんの両親の自殺方法を聞いて確信した。もし娘の後を追うのなら、どうして同じ焼身自殺を選ばない? なぜ互いに互いを刺し殺してから火を点けるなんて面倒な真似をした?」

「それは、焼かれる痛みが怖かったから――」

「娘のために、三人の人間を殺したんだぞ? 後追い自殺だとしたら、やり方が最後になって中途半端だ」

「じゃあ何? 真犯人が別にいて、そいつが加藤夫妻双方を自殺に見せかけて殺したって言うの?」

「あるいは二人は本当に自殺して彼らに罪を着せるためにその死体を利用したのか――たぶん俺が言った方だろうね。もし殺すのなら、拘束してから焼き殺せばより偽装も完璧になる」

「あんたには、検討がついているの? その、真犯人が一体誰なのか?」

 愛流はすぐには答えなかった。ただ黙って資料を掲げ「あぁ」と頷く。

 ここに来てようやく理解した。愛流がどうして、その人物の経歴を調べろと言ったのか。

 つまりその人物こそが、真犯人だからだ。

「この事件を引き起こした犯人。それは――」


(続)


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