page29「事件のその後?」
その日の夜、里奈は再び喫茶「私生活」を訪れた。今回は九十九は同行していない。事件の処理で人手不足ということで、そこに回されたのだ。
結局、九十九が一般人に暴行を加えたことについては、安田にまだ報告できていなかった。
九十九の過去に戸惑い、わずかにではあるが同情する気持ちが芽生え、彼を貶めるために告げることは憚られてしまったのだ。おまけに事件がこのように急展開を迎え、話す余裕がなかったというのも理由の一つだ。
店の中では茂と愛流、そして陽子の三人が待ち構えていた。
陽子の憔悴具合は、見ていられないものだった。この一日でゲッソリと痩せたように見える。顔色はまだ戻っておらず、目は虚ろで焦点が定まっているのかもわからない。
ここまで落ち込んだ陽子を、里奈は今まで見たことがなかった。しかしこのような状態になるのも、無理はない。
この数日間で、自分が知っている人間が五人も死んだのだ。それで通常通りでいられる方がどうかしている。
それでも事件について知りたいと言ったのは、陽子自身だった。彼女なりの筋の通し方なのだろう。自分が関わった事件を、決して半端に投げ出そうとはしない。以前の事件でもそうだった。
こういうところは本当に愛流に似ていると里奈は思う。影響を受けたのか、それとも元々そういう面があったのかは、里奈には計り知れない。
「今朝見つかった焼死体だけど、損傷がひどくて、写真で本人か見比べることはできなかった。ただ歯型から、あの死体は加藤夫妻であると断定されたわ」
「まさか、これで事件の捜査を打ち切る、なんて言うつもりじゃないだろうな」
愛流の鋭い目つきが里奈を射抜いた。里奈はただ、拳を強く握ることしかできない。
図星だったからだ。
「残念だけど、そうなるわ。加藤夫妻は娘がいじめられていたという事実をどこかで知り、主犯である三人の復讐に及んだ。そして対象の人間全員を抹殺し終えたことで、警察から逃れるために自殺をした。それが警視庁が考えた事件の筋書きよ」
「そんな!」
陽子が勢いよく立ち上がった。大きく見開かれ、口を半開きにするその表情からは怒りと失望が読み取れる。
里奈としても同じ気持ちではある。しかし残念なことに、警察は一つの事件に掛かり切りになることはできない。
一つ終われば、間髪入れずに次の事件へ。それが警察の現状だ。里奈一人納得できなくても、どうしようもない。
だからこそ安田は愛流を頼るのだ。
警察がこれ以上動けないのなら、後に頼れるのは愛流しかいない。里奈は期待のまなざしで弟を見つめた。
「愛流。あんたはどう見ているの?」
里奈の質問に、しかし愛流は答えなかった。思い悩むように唇に手を当て、視線を目の前のテーブルカウンターに向けている。
「愛流さん?」
陽子も様子がおかしいと感じたのか、愛流の肩に触れて呼びかけた。愛流はゆっくりと振り返り、里奈達を見回す。
「正直に言うと、俺も警察と同じ意見だ」
里奈は自分の耳を疑った。陽子としても同じ気持ちらしく「どういう意味ですか?」と目つきを鋭くして訊ねた。
「そのままの意味。俺の推理も、警察と同じ結論に達しているって言う訳」
「そんな――」
「もちろん、舞優ちゃんが本当に虐められていたかどうかは調べるさ。だけどそれが事実だとすれば、復讐の理由としては、十分に成り立つ。陽子ちゃんにはあまり聞かせたくない話だけど、娘が虐められた末に自殺したと知ったのなら、どんなに穏やかな人間でも憎しみを抱かずにはいられない。それ相応の罰を与えてやるって思う方が、よっぽど自然だ」
愛流の言葉に、陽子は黙るしかなかった。納得したと言う顔つきではないが、愛流の言葉は理解できるらしい。唇を強く噛むも、反論をする様子は見られない。
里奈としても、愛流の発言には言葉を失うしかなかった。
養子だとしても、加藤夫妻は舞優を愛情を持って育てたのだろう。その子が虐められていたと知ったら? そしてその末に自殺したのだと判明したのなら? 里奈は自分ならどうするか考える。
少なくとも、虐めの実行犯をそのままにしておこうとは思えない。何らかの処罰を望む。それが加藤夫妻の場合、直接的に殺す復讐だったということだろうか。
だとしたら、殺害方法にも納得できる。
被害者は全員、肺を刺された状態で死亡した。呼吸もままならず、死がジワジワと近づいてくる恐怖を味わいながら意識を失ったことだろう。
復讐としては、十分過ぎるぐらいだ。その後に、自分達も娘と同じ焼身自殺をしたというのも、説得力を補強している。
陽子も同じ結論に至ったらしい。口にこそ出さないものの項垂れ、顔を下に向けている。
どれぐらいの重い沈黙が店内に流れただろうか。響く音は茂の食器を水で洗い流している音ぐらいだ。時間的にも店は既に閉店しており、今は閉め作業中なのだ。
「店長、最後の片づけ、手伝います」
そう言って陽子はカウンター内に入って言った。そしてダスターとアルコールスプレーを手に取り、冷蔵庫を開ける。
今まで黙っていた茂が振り返り「休んでいていいんだよ」と穏やかな口調で陽子に言った。しかし陽子はダスターで汚れを拭き取りながら、首を横に振る。
「今は、少しでも体を動かしていたいんです。迷惑じゃなければ、このまま手伝わせてください」
「わかった。僕としても、手伝ってもらえるとすごく助かるよ」
そう言って茂は前に向き直った。それ以上言葉を発する様子はない。
茂は陽子の好きなようにやらせた方が良いと思ったのだろう。今の陽子は精神的にかなり疲弊しているのは間違いない。それを回復させるのは、何もジッとしていることだけではない。
何らかの仕事をして気を紛らわせるのも手段の一つなのだ。
その姿を見て、里奈はやるせない気持ちになった。結局事件を止められなかっただけではない。自分は妹分のように可愛がっている、陽子の顔を曇らせてしまったのだ。
もし自分が、最初から最後まで完璧にこなせていれば――そんなことが不可能なことぐらいはわかっている。しかし里奈は、そう思わずにはいられない悔しさを胸に抱いていた。
その時、里奈のポケットから軽快な音が流れた。里奈はスマートフォンを手に取り、画面を見る。
思わず声が出そうになった。通知は、愛流がメッセージを送ってきたことを教えている。
どうやら周囲には知られたくない内容らしい。里奈はちょっとした緊張感を覚えながら、スマートフォンのロックを解除した。
愛流から送られてきたメッセージを読み、思わず二度見してしまった。そして愛流に目を向ける。義弟は真剣な面持ちで黙って頷いた。
一体愛流は、どうしてこのようなことを自分に頼んでくるのか――その意図をはかり知ることはできなかった。
(続)




