page27「酩酊の悪夢」
夜の道を岡島直樹は千鳥足で歩いていた。会社の飲み会ですっかり飲み過ぎてしまった。先ほどから胃がグルグルといって気持ちが悪い。
正直に言うと、会社の飲み会には参加したくなかった。中間管理職という立場上、上司の顔色をうかがわなければならず、部下達にゴマすりをする姿をさらさなければならない。板挟みとも言える、窮屈な状態だ。酒だって十分に楽しみながら飲むこともできない。四十代を目前にして、どうしてこのような状態にならなければならないのかと、虚しさすら感じる。
だから飲み会が解散となった後、泉市駅に着いてから近くの居酒屋で飲み直した。ストレスからなのか酒はグイグイと進み、気付けば歩くことすら覚束ない状態に陥ってしまった。
スマートフォンを取りだす。時刻は二十二時三十四分となっていた。終電までまだ時間があるので、少し休んでから家に帰っても良いかもしれない。
ふと視界の端に、公園が見えた。帰り道にいつも前を通る、大井公園だ。
丁度良い。この公園にはベンチがあったはずだ。少し座ってから家に帰ろう。そう思った岡島は足を公園の入り口に向けた。
夜の公園は、思ったほど暗くはなかった。街灯や近くの家から漏れる照明が、薄っすらとではあるが公園を照らしているのだ。おかげで遊具や砂場を避けて、ベンチまで赴くことができる。
その時、岡島の目に一棟のマンションが映った。五階建てのワンルームマンションで、アーチ形の門が公園内からも目立って見える。
詳しくはなかったが、どうやらこのマンションは若者が多く住んでいるそうだ。通勤中に何度かエントランスから出てくる人間を見かけたことがあったが、そのほとんどがパッと見て二十代だと思われる男女ばかりだった。この前など、マンション前で周囲を気にせずキスをしているカップルまでいた。岡島としては呆れたとしか言えず、なぜ家の中であやらないのかと疑問に思ってしまう。
などと考えていると、岡島の胃に限界が来た。酸っぱい物が喉にまで逆流してきていることがすぐに感じられる。
岡島は周囲を見回した。しかしこの公園にはトイレなどなかったことを、今になって思い出す。
――仕方ない。
岡島は心の中で謝罪を述べながら、近くの茂みに入った。四つん這いになり、土と雑草の上で、嘔吐する。先ほど食べた焼きほっけも胃液に混じって地面に落ちたことだろう。鼻腔を独特な臭さがつく。
一通り吐き終え、岡島はようやく立ち上がった。吐いたからか、少しだけすっきりした。理性もいくらか落ち着いたような気がする。
今度こそベンチに座って一休みしよう。そう思って振り返ろうとした、その時だった。
茂みから何かが突き出ているのが見えた。暗がりで分かりにくいが、枝の類ではない。
人の手だ。
自分以外にも酔っぱらった人間がいたのだろうか。岡島はそう思って首を傾げる。しかし項垂れる声もいびきも聞こえてこない。それどころか、暗闇の中にある腕は、一ミリも動いていないように見えた。
頭の中で、警報が鳴り響く。覗いてはいけない。これは、見てはいけないものだ。
岡島は顔から血の気が引くのを感じた。しかし好奇心は時に冷静な判断を抑えつけてしまう。
岡島はおそるおそる茂みの中を覗いた。そしてスマートフォンを取りだして、ライトを点ける。
一人の女が、仰向けになって倒れていた。
白いシャツの中心は真っ赤に染まり、腹部から流れたであろう血はすっかり乾ききっている。空に向けられた目からは生気が感じられず、半開きになった口の端からは血が流れていた。
死体を見たことがない岡島でも、死んでいることが一目でわかった。
岡島の酩酊した世界が、一瞬にして恐怖へと変わる。近所への迷惑など考える余裕はなく、悲鳴を上げて助けを求めた。
しかし今この空間内で岡島の姿を見続けているのは、眼球を動かせない女の目だけだった。
(続)




