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愛流録2――過去からの種――  作者: 夢見歩人


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page26「養子」

 大学で葵達から話を聞き終えた陽子は、喫茶「私生活」を訪れていた。陽が沈んだ空は青さに黒色が混じっており、星もいくつか輝いていた。

 話を聞き終えたら「私生活」で合流するよう、愛流と別れる前に話をしていた。茂もその事情を愛流から聞いていたのか、陽子が来ても驚く様子はなく、ただ「やぁ、陽子ちゃん」と笑みを浮かべて迎え入れてくれた。たったそれだけのことなのだが、それが精神的に疲れ切った陽子には妙に嬉しく思えた。

 愛流は既に店内に入っていた。いつものようにカウンター席に座り、茂が淹れたであろうレモネードを啜っている。

「どうだった、陽子ちゃん?」

「とりあえず、愛流さんが訊くように言ったことは訊くことができました。ただ、愛流さんが求めている答えかどうかは――」

「そんなの誰にもわからないって。それよりもありがとうね」

 愛流は笑みを浮かべて軽く手を振った。その仕草が妙に陽子には可愛らしく思え、笑みを漏らす。

「じゃあ、とりあえず聞き込みの内容を報告しますか?」

「うん、そうしたいけど、ちょっと待っていて。もうすぐ姉貴も来るはずだから、その時一緒に――」

 愛流が言い終わらないうちに、店内に来店を知らせる軽やかな鈴の音が鳴った。ドアを見てみると、里奈が店に入ってきたところだった。気のせいかその顔色は悪く、疲れ切っているように陽子には見えた。

「よぉ、姉貴。どうしたよ、なんか十歳ぐらい老けたんじゃねぇ」

 愛流があまりにも失礼な発言を口にする。しかしいつもならツッコミを入れそうな里奈が、今回はため息で返してきた。言い返す気力もないようだ。さすがに空気が違うと感じたのか、愛流は目を細めて真面目な顔つきとなる。

「何かあったのか?」

「色々とあり過ぎた。うん、本当に色々と、ね」

 里奈は近くのテーブル席に座ると、背もたれにグッタリと身を預けた。かなり消沈しているらしい。

「とりあえず、直近で起こったことを話すわね」

「時系列順で訊きたいところだけど――」

「大平理香が逃げ出した」

 その言葉によって、店内は一気に静まり返った。外から聞こえてくる車の走行音がうるさく響き、陽子の鼓膜を震わせる。

「逃げたって言うのはどういうことなんだい?」

 茂が食器を洗っていた手を止め、キッチンから娘に訊ねた。里奈はまた大きくため息を吐いて「言いたくないけど、言葉通りの意味よ」と呟くように言う。

「七女署の刑事二人が大平理香の家に向かったんだけどね。聞き込み中、大平がトイレに行きたいって言って、部屋を出たの。でもいくら待っても来ないから、様子を見に行ったらトイレの中には誰もいなくて、逆に隣の部屋の窓は開け放たれていた。そこで逃げられたことが発覚したって訳。靴は持って行った形跡がなかったから、たぶん靴下の状態で外に出ている。だから警察は今、靴を履いていない女性の目撃情報を探したり、周囲の防犯カメラを確認したりしているわ」

「それはまぁ、何とも間抜けな話だ」

 愛流が呆れたと言わんばかりに鼻で笑う。口には出さないが、陽子としても同じ気持ちだった。

 近くにいながら、大平を逃がしてしまうなど。しかも大平は七海達と同じく命を狙われている可能性があるのだ。

 あまり言いたくはないのだが、聞き込みに行った刑事達のミスは大きい。

「耳が痛いとしか言えないし、何も返す言葉がない。安田課長としても今回は笑って許す、なんて訳にはいかなくて、七女署にクレームの電話を入れているところよ」

「あのおっちゃん、キレることあるんだ」

「そりゃあ、あるでしょ。人間だもの。私も見たのは初めてだけど」

「けどこれで一つ気になることができたね」

 そう言って愛流はレモネードを啜った。空になったグラスを掲げ「親父、今度はウイスキーをロックでちょうだい」などと厚かましく要望する。

「ここはバーじゃないし、ウイスキーはリビングだ。飲みたきゃ自分で取りに行きなさい」

「んだよ、けち臭い。じゃあ面倒臭いから、レモネードをおかわりで」

「息子じゃなかったら、今すぐ追い出しているところだ」

 茂はため息を吐きつつも、グラスを受け取る。それで満足したのか、愛流は回転椅子の上で足を組んだ。

「なんで大平理香ちゃんは、刑事達から逃げ出したのか」

「何か警察に、知られてはいけないことがあったって言う訳ですか?」

 陽子は思い浮かんだことを口にした。わざわざ警察から逃げ出すのだ。それ以外には考えられない。

「そうだな。その可能性は大いにあるけど――」

 そこまで言って愛流は言葉を止め、ピンクの髪を指先でいじった。そして里奈を指さす。

「ちなみに、大平理香ちゃんに聞き込みをしている時、そこには誰がいたんだ?」

「えっと、大平さん本人と、さっき言った刑事二人。後は、大平さんの母親ね」

「なるほど。となると、その可能性も――だとしても、どうして――」

 愛流がブツブツと聞き取れないレベルの声量で独り言を口にし始めた。その間顔を伏せるようにしていたが、やがて勢いよく顔を上げる。

「他に何か情報はない? 姉貴達の聞き込みの成果も聞いておきたい」

「突然ね。しかも上から。まぁ、あんたに何を言ったところで、だけどさ」

 里奈は大きくため息を吐きながらも、手帳を取り出して今日集まった情報を口にしていった。

 加藤舞優の両親が行方不明であること、沢良木家は正通道という新興宗教団体に所属しており、しつこい勧誘を行った結果、住民達から避けられていたことなど。

 どの情報も陽子には、驚きを禁じ得ないものばかりだった。

 舞優の両親が行方不明になっているなど、夢にも思わなかった。何度か会ったことはあるがとても温和な人柄で、急に姿を晦ませるところなど、想像できなかった。しかし一人娘を亡くしている以上、ないとは言い切れない。

 そして沢良木家が宗教団体に加入しているという情報。これは矢尾が言っていた噂にも共通するところがある。

「実はその宗教団体についても、私から」

 そう言って陽子は、七海だけでなく吉田や大平の両親も同じ団体に参加していたらしいこと、またそれが関係して三人は虐待を受けていたのではないかという噂があったことも話した。そして一緒に、他に愛流が訊くように指示していた内容についても報告する。

 そして七海達と舞優が、夏の間も長袖のシャツを着続けていたことを話した。このことが関係してくるかどうかは分からないが、もし舞優もまた何らかの原因で受けた傷を隠していたのならと思うと、どうしても気にせずにはいられない。

 陽子はチラリと愛流に視線を送る。しかし長袖のシャツの話をしても、彼が表情を変えた様子は特になかった。

「じゃあ、七海さん、吉田さん、大平さんには個人だけでなく、家族ぐるみで共通点があったって言うこと?」

 この情報は里奈にとってもあまりにも予想外だったらしく、声を上げて訊いた。陽子は「そうらしいです」と答える。愛流は考え込んでいるのか、黙ったままだ。

「そうなってくると、やっぱり正通道が怪しくなってくるわね」

「それってつまり、その団体が何らかの理由で七海さん達を始末し、今度は大平さんを狙っているっていうことですか?」

「まだ証拠はないけど、状況的に無関係とは思えないでしょ。でもそうなってくると、なんで子供の方を狙うんだろう。沢良木家は家族全員殺されたけど、吉田家は殺されたのは咲さん一人だし――」

 里奈が天井を仰ぎ見て、腕を組む。陽子としてもわからず、頭を抱えるしかなかった。

「とりあえず、また新しい情報が入ってこないことには、これ以上ここで話をしても進まなさそうだね」

 考え込む陽子達を見かねたのか、茂が陽子達を見回しながら言った。すると里奈が「あっ、それで思い出した」と顔を上げる。

「私とはまた別の刑事なんだけど、新たな情報を掴んだってさっきの捜査会議で言っていたの」

「はぁ? そういうのは早めに言えよ。というかまず忘れるな」

 愛流が目を大きく見開いて悪態を吐いた。里奈は頬を引きつらせて「あんた、はっ倒すわよ」と威嚇する。しかしそれ以上口論するつもりはないらしく、軽く咳払いをした。そして陽子に視線を移す。

「陽子ちゃんは、知っていた? 加藤舞優さんが、養子だったってこと」

「え?」

 突然の情報に陽子の思考は追いつけず、それ以上の言葉が出てこなかった。

「養子って、じゃあ、舞優はご両親と血の繋がりがなかったってことですか?」

「どうやらそうらしいの。舞優さんは赤ちゃんの頃に乳児院に預けられていたんだけど、その時に加藤夫妻が引き取ったらしいの。加藤夫妻には子供が出来なくて、それで養子になる赤ちゃんを探して乳児院を訪問した時に、舞優さんを一目見て気に入って受け入れたって、近所の人に話していたようよ。ただ舞優さんがどういう経緯で預けられたかは、今はまだわかっていないわ。その乳児院が潰れてしまったからって言うのが大きいんだけど」

 里奈はそこで大きくため息を吐いた。やはり相当疲れているらしい。しかし今の陽子には、彼女を気遣えるだけの余裕はなかった。

 舞優が養子であるということを、この場で初めて知った。舞優自身は、自分が親と血が繋がっていないことを知っていたのだろうか。

 愛流ほどの推理力が無い陽子には、何もかもがわからないままだった。


(続)


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